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人事部主導で企業風土改革を 改正公益通報者保護法施行を前に
人事部は今まで以上に忙しくなる、あるいは忙しくなるのが望ましい。2022年4月には改正労働施策総合推進法(通称「パワハラ防止法」)が中小企業にも適用され、6月には改正公益通報者保護法の施行が控えている。企業の土壌、風土を改善していくには人事部の大いなる働きが欠かせないからだ。
「ものを言える」企業風土の重要性 内部通報件数ランキング
先ごろ、東洋経済新報社による「内部通報件数ランキング」(22年1月30日)が発表された。
筆者が過去に勤めていた企業も含まれており、記事とともに興味深く眺めた。既にご覧になっている人事担当者、CSRやコンプライアンス担当者も多いだろう。
ランキングを説明する記(注1)は、実際に不正が明らかになった企業名を挙げつつ、不正が生じた背景の一つとして「風通しの悪さ」「ものが言えない<企業>風土」があったと説く。
そして、「社内の問題点を社員が躊躇することなく窓口へ伝えられる」職場環境を作ることが企業風土の改善にもつながるはずだと論を進めている。
企業の内部通報窓口に寄せられた通報の60%超が人事関連という割合も、筆者自身が内部通報の不正調査業務や、企業の外部通報窓口を請け負った経験から違和感はなく、記事には全く異論はない。
しかし、どのように“ものを言える”企業風土に改善していくかという点について知りたいと思った。
さらに言えば、企業で内部通報と調査を担う人事やCSR、コンプライアンスの担当者が顧みなければならないのは、通報件数の多寡やランクではなく、どれだけの通報に対し、いかに対処したかだろう。
社内の危険信号をどう掴むか
パワハラと長時間労働が主な原因で過去8年間に5人の自殺者と6人の労災認定者を出したある大手企業(注2)では、比較的最近になって長年にわたる品質不正が続々と明らかになり、トップの引責辞任にまで発展した。
複数の従業員が労働基準監督署に駆け込み、あるいは自殺に至った異常事態は、この企業にとって大いなる危険信号だった。
後々、白日の下に曝されることになる長年の品質不正行為を示す兆候だったとも言える。この企業が異常事態の兆候にどの時点で気付き、どのような対応を始めたのか気になるところである。
自死を選んだ方々とご家族には心よりお悔やみを申し上げると同時に、この企業には企業社会への重要な教訓、経緯を詳らかにしてもらいたいと筆者は考えている。
社員が人事部を信用しなくなる言動とは
通報窓口業務と調査業務の経験から言えるのは、ハラスメントの被害や不正を訴えてくる従業員の多くは「会社を信用していない」ということだ。
ハラスメントや人事労務問題のケースで言えば、「人事部を信用していない」とも言い換えられる。
「またこの人からの通報ね」「あー、この部署ねえ…」。
ハラスメントや職場の問題を指摘する通報を人事部に報告すると、たまにこんな反応が返ってきた。
この反応は暗に「人事部としては以前から把握しており、本人から話は聞いていた(しかし、特段手を打っていない)」、あるいは「その部署の部長には注意を促している(だけで、その後の職場環境は確認していない)」という事実を仄めかしていたのだろう。
こうした対応の堆積が従業員の会社や人事部に対する不信感を生み、「ものが言えない」「内部通報をしても無駄」と思わせる企業風土を作ってしまう。
もし人事部が、一般社員のケアよりも役職者や経営幹部の方ばかりを向いているならば、風土はさらに荒廃するだろう。
企業風土が荒廃するプロセス
上の図を見てもらいたい。
企業・組織内で不正が発生するときの構図を示している。不正をハラスメントに置き換えてもよい。
①の矢印は幹部職員から従業員への指示を表す。
権限を掌握する幹部職員から無理な指示が出されれば、それは従業員にとってプレッシャーとなる。
②の点線矢印は、本来なら幹部職員の行き過ぎた指示や言動を諫めるべき監視機能が働いていないことを示す。
機能していない内部通報制度や、ガバナンス上の役割を果たせていない社外取締役、監査役が相当する。人事部も当然含まれる。
③の矢印は、監視機能が従業員にだけ働いている状態を示す。
企業・組織がこのような状態にあると、必然、従業員の会社に対する忠誠心や愛情は薄れ、指示されたようにやりさえすれば良いといった、諦念漂う荒廃した職場に陥ってしまう。
同調に支配され、ものを言えない集団圧力も働く。
その状態が長年当たり前になると、それがその企業の土壌、企業風土となってしまう。
風土が変わらなければ、新しい芽は育たない
企業風土を変えるのは難しいー。
不正調査業務経験が豊富な弁護士ですら、そう嘆く。
しかし土壌が悪いのなら、変えていかなければならない。
肥沃でない荒廃した土壌から美味しい野菜や果物は育たない。
人事部は兆候に敏感になるべき
そこで活躍が期待されるのが人事部だ。
「またこの人か」「あの部署ね」といった上述のコメントから分かるように、人事部ほど社員、従業員、部署のことを広く知っている部署はないはずだ。
従業員の性格、職務経歴、評価、出身校、家族構成等々。
だからこそ、人事部には社内の変化や不正・ハラスメントの兆候に対し敏感になってもらいたいと考える。
求められるのは、公平性
通報や相談への対応に当たっては公平性を欠いてはならない。
能力の高い従業員や、高位の役職者に対する指導、処分には躊躇する人事担当者がいるかもしれない。
しかし、そうした不公平な判断、対応をした場合、従業員は必ず見ているものだ。
組織心理学では、嫉妬や妬みは組織において厄介な感情であると分析しており、負の感情をいかに中和させるかが組織を上手く運営するカギだという(注3)。
つまり、妬みや嫉妬という負の感情を、競争心のある切磋琢磨の状態になるようマネジメントするのがコツだという。
感情のすれ違いから訴えてきた内部通報や相談に対し、通報者の感情をさらに悪化させないよう、人事部部員などの通報対応者がとれる方策の一つではないだろうか。
組織活性化にはプレッシャーではなく『熱伝導』
リモートワークが当たり前になった一方で、コミュニケーション不全に陥ったり、孤独感を感じたりする従業員が存在してもおかしくない。
40代、50代が最もリモートワークによる孤独感を感じているというアンケート結果もある(注4)。
人事部にはこうした環境に置かれている従業員たちからの相談、通報にもよく耳を傾けてもらいたい。
今、社内はどのような状態にあるのかを把握するには、パワハラ防止法や、改正公益通報者保護法の施行は良い契機だろう。
声が挙がり、健全なコミュニケーションが活発になれば、熱伝導が生まれ、組織は活性化する。
先の図の矢印が仕事上のプレッシャーや強い指示ではなく、前向きな言葉であれば、“言葉に熱を帯びる”という言い方のように、熱伝導によって組織に一体感が増す。
その結果、組織の土壌が荒廃することはなく、肥沃な風土が作られる。
人事部主導の組織風土改革を
上位者と従業員のコミュニケーションを円滑に、活発にし、熱伝導を伝えやすくするのは、双方に顔が利く人事部の役目だ。
そのためには、人事が公平で冷静な目で社内の人間を見て、社内の微妙な変化に気づかなければならない。
企業の組織風土改革の中枢を担う人事部こそ、これから忙しくなるのが望ましいと考えるのである。
(お知らせ)
フロンティア・マネジメントは2021年2月、組織風土改革のパイオニアである株式会社スコラ・コンサルト(本社:東京都品川区)と業務提携し、この1年間で次世代経営者育成や企業風土改革等、さまざまなプロジェクトを共同で実施しています。企業風土改革等、ご関心のある方はお気軽に当社までお問い合わせ下さい。
(注1)佐々木浩生「最新!『内部通報の件数が多い100社』ランキング」東洋経済新報社、2022年1月30日
(注2)井艸恵美、田中理恵「三菱電機『8年で自殺5人』何とも異常過ぎる職場」東洋経済新報社、2020年3月18日
(注3)山浦一保『武器としての組織心理学』ダイヤモンド社、2021年9月
(注4)日本経済新聞「孤独感、働き盛り40~50代で顕著 リモートなじめず」2021年12月31日付朝刊
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