ルノー EV事業分社化戦略から見えることー地政学リスクを追い風に変えた戦略

今年で23年になるルノー・日産自動車と三菱自動車のアライアンスが新たなステージに進もうとしている。ルノーがEV(電気自動車)事業と内燃機関事業を分離させ、2023年にEV事業会社をパリ証券取引所に上場させる計画を進めている。ルノーの戦略転換から見えることは何か、読み解いてみたい。

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ウクライナ侵攻に即応 構想実現へ加速

ウクライナ侵攻に即応 構想実現へ加速

ルノーの計画が日本国内でも報じられるようになったのは今年5月。同社のルカ・デ・メオCEOらが来日してアライアンス・パートナーの2社とEV事業会社構想を協議し、出資を要請したタイミングだった。しかしルノーはそれに先立つ今年2月18日、2021年度決算とともに、EV事業をフランス国内に置き、内燃機関事業を国外の拠点に移す構想を発表していた。

1月27日には日産、三菱自動車とともに2030年までに共通プラットフォームをベースに35車種の新型EVを投入するなどの目標を掲げたロードマップを打ち出していた。特に日産はルノーに取締役を送り込んでいるが、2月に発表されたルノーの分社化構想には虚を衝かれたのではないだろうか。

ルノーの決算発表から約1週間後、ロシアがウクライナに侵攻し、今も止まない戦火の火ぶたが切られる。米英とEUがロシアに対する経済制裁を強めていくのに呼応して、ルノーはロシア事業の停止を早々と表明。最終的には、連結子会社だったアフトワズの株式をロシア政府系機関「中央自動車エンジン研究所」に、ルノー・モスクワ工場の全株式をモスクワ市に売却することで、ルノーにとって第二の市場だったロシアから撤退した。他方で、EV分社化構想の実現へ向けてスピードを上げた。

ルノーの脱ロシア・EVシフト戦略

ロシアによるウクライナ侵攻後、日本の報道機関の論評の中に、ルノーは地政学リスクによって市場の一部を失ったという指摘が見られた(※注1)。その指摘を額面通りに受け取って良いものだろうか。上述の通り、ルノーはロシアのウクライナ侵攻前の時点ですでにEV事業と内燃機関事業の分離の方針を掲げていた。世界で最も環境規制が厳しく、EVシフトを強力に進めるEU域内を主戦場とするルノーにとって、ウクライナ戦争とロシアへの経済制裁は、EV事業分社化のきっかけではなく、追い風、あるいは“時の利”と映ったのではないか。欧州の厳しい環境規制をクリアするための内燃機関を開発するには、多大なコストがかかるという指摘もある。

ルノー経営陣はロシア・ウクライナ戦争という地政学的リスクに即応し、そのリスクの高まりをEV事業分社化という戦略遂行の推進力に変えたと言えるだろう。ロシアの侵攻から約8カ月の今となっては、ルノーに続く形で、トヨタ、マツダ、そして日産自動車もロシア市場からの撤退を表明している。ルノーは、ロシアのウクライナ侵攻によってEV事業へ一気に注力する経営判断を下したのだろう。

※注1 中山淳史「日仏『車連合』は続くのか」日本経済新聞、2022年6月2日付朝刊

伏線は1年前のGeely とのMOU締結

伏線は1年前のGeely とのMOU締結

ルノーのEV・内燃機関事業分社化の伏線は2021年にあった。それは2021年8月、ルノーと中国の浙江吉利控股集団(Geely)との間で交わされたHV車(ハイブリッド)開発などを含む長期的戦略関係に関するMOU(基本合意書)の締結だ。

ルノーのEV分社化構想が明らかになった後の2022年5月、Geelyグループの吉利汽車はルノー・コリアの株式34%を取得し、ルノーとともに2024年中に韓国・釜山においてHV車とガソリン車の製造を始めるとする計画を打ち出し、戦略的提携関係を一歩進めた。

そして現在。ルノーが事業分割後、拠点をフランス国外に置くと計画している内燃機関事業の株主として、Geelyの名前が取り沙汰されている。国内外の報道を総合すると、内燃機関事業会社の株式はルノー40%、Geelyグループ40%、そしてサウジ・アラムコが20%保有する案が協議されているという(※注2)。

遅くとも2021年8月にはルノーにじわじわと接近してきた中国のGeely。ルノーとアライアンスを組む日産と三菱自動車の目には、“伏兵”と映っているかもしれない。実際、日産はルノーの内燃機関事業分社化に絡んで、知的財産の扱いが協議の課題の一つとなっているという。推測だが、日産のHV技術で代名詞とも言える”e-POWER”を、Geelyグループはルノー経由で入手できうる可能性が、協議の課題の一つとなっているのではないか。

ルノーによるGeelyとの戦略的提携関係の構築、EV・内燃機関事業の分社化戦略という時系列から理解できるのは、大事は突然やってくるのではなく、事前に伏線や兆候があるということだ。日産と三菱自動車にしてみれば、アライアンス・パートナーのルノーとGeelyの接近は、競争力の補完関係にあっただけではなく、自分たちの生命線をも脅かしかねない戦略的提携関係だったのだ。

自社の状況を、競合他社、友好的な提携先を含めて俯瞰し、変化に敏感でなければならない。同じことは、EVシフトにより他業種からの参入と事業環境の変化が激しい自動車業界に属する企業には広く当てはまるレッスンと言えるだろう。

※注2 Reuters、2022年8月31日、Automotive News Europe、2022年9月1日、日本経済新聞、2022年10月16日付朝刊など

“見えない敵” 隠れたリスクと戦え

Geelyがルノーに接近した確かな理由は判然としない。しかし、最近もGeelyは英アストン・マーチンの普通株式7.6%を取得し、第五位の株主になったことが報じられた。これで、ボルボとロータスを傘下に置くGeelyはルノーの内燃機関事業に加えて高級スポーツカーメーカーの事業、経営に関わることにもなる。Geelyグループの2021年のグローバルでの新車販売台数は220万台超だが、今後の動きに目が離せない。

翻って日産はどうか。ルノーとのEV事業会社への出資を巡る交渉で、ルノーの日産に対する持ち株比率を現在の約43%から、日産のルノーに対する持ち株比率と同じ15%まで低下させられる可能性が出てきている。ルノーに振り回された観のある日産だが、同社にとって宿願だった“不平等条約”の解消が視界に入ってきた。宿願が達成されれば、過去23年間と比べてより自由度の高い事業、経営のハンドルを握った先の戦略が問われてくる。

アストン・マーチン、ジェームス・ボンドの愛車に触れたついでにシリーズの映画からあるセリフを紹介したい。映画「SKYFALL」で、ボンドの上司であるMI6長官の“M”(ジュディ・デンチ)が、かつての部下に襲撃されたシーンで力強く語った言葉だ。

“I’m frightened because our enemies are no longer known to us…Our world is not more transparent now. It’s more opaque. It’s in the shadows. That’s where we must do battle.”

映画で最後の一言は、「我々は見えない敵と戦っている」と翻訳されている。「見えない敵」は、“ビジネスにおける隠れたリスク”と置き換えられるだろう。”Our world is not more transparent now. It’s more opaque”は、昨今の自動車業界や他の業界にも当てはまるのではないか。

今年9月29日、フォルクスワーゲン傘下のポルシェがフランクフルト証券取引所に単独で新規上場し、時価総額が750億ユーロ(約10兆5000億円)規模に達した。過去10年間で欧州最大の新規株式公開(IPO)となった。ルノーが計画しているEV事業会社の上場目標は2023年の後半だ。今年11月8日には投資家説明会が予定されている。

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