人事の目的を考える

人事は何を目的とするのだろうか。改めて問いにすると、答えにくいのではないだろうか。

人事の担当者ないし部署が存在する以上、目的がなければおかしい。しかしながら、今までおめにかかった人事関係者の方から、人事の目的についてあまり明確な言葉をいただいたことがない。一方、組織人事コンサルタントも同様で、組織なり人事なりの目的を言葉にする人がほとんどいない。そこで、改めて問いたいのである。

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人事の目的

人事の目的

筆者ならばどのように答えるか。意見は明快である。

人事が存在するのは事業のためである。

事業のために組織が必要であり、組織をつくるから人事が必要なのである。

したがって、事業活動をより効果的にできなければ、組織や人事の施策の意味が薄れる。効果的というのは、もちろん単年度というスパンではない。少なくとも中期計画が想定するような、数年以上のスパンである。

事業とは「資本の回転」

では、事業とは何をすることか、と問われたら何と答えるだろうか。

社会への貢献と答えてもよいし、ビジョンの実現と答えても収益の獲得と答えてもよい。答えは多様であり得る。ただし、事業の継続の観点から答えるならば、事業とは資本の回転である。資本を回転させ、拡大再生産をはかるのが事業の重要な側面である(中学校の教科書にも書いてある)。

資本と名のつくものはいくつもあるが、基本は人的資本、物的資本、金融資本の三つだろう。いわゆるヒト、モノ、カネである。三つの資本のいずれも重要だが、現在の事業活動においては人的資本が非常に重要なことは言うまでもない。

重要な理由は簡単に説明できる。金融資本が最初に必要で、金融資本で物的資本と人的資本を調達する。そして金融資本と物的資本を人的資本が活用し、価値創造を行う。フローにすると、略式で次のような図を描ける。

図表1

図1のように、人的資本しだいで事業成果が大きく変動するのである。工業社会といわれたころは物的資本が大きな位置を占めていたが、現在は人的資本の比重が高い。

人的資本が生み出す無形資産が、事業の栄衰に大きく関わるようになったからである。「金融資本の前に事業構想や事業戦略が必要だ」という向きもあるだろうが、それも人的資本が生み出すものである。

企業組織における人的資本の定義

企業組織における人的資本の定義

それでは、人的資本とは何だろうか。

人的資本は日本国内では比較的新しい話題だが、実は人的資本の議論は半世紀以上に及び、研究者には一定のコンセンサスがある。

例えば、有名な研究者であるフィッツエンツには『人的資本のROI』という著作がある(※1)。この書名が示すように、人的資本とは付加価値創造の手段であり、効果性・効率性を伴うものである。

しかし、このような説明だけでは、人的資本とは何なのかがわかりにくい。そこで、筆者は次のように簡潔に説明する。

人的資本とは能力のことである。

もう少し言葉を補うのであれば、企業組織における人的資本とは、事業に貢献する人材の能力のことである。人的資本に含まれる要素は、熟練した技能であり、業務遂行における判断力であり、また創造の知恵も要素と言える。要素は他にもあるが、人材が蓄積し、保有する能力のことである。能力は人材個人が保有するために区別しにくいが、人的資本は人格としての人材個人ではない。

人的資本は能力だから、人的資本に投資し、向上させることが企業にとってたいへん重要である。先のフローでも言及した通り、事業成果は人的資本によって大きく変動する。したがって投資家が人的資本の開示を求めているのである(なお、投資家が本当に開示を求めているのは人的資本ではなく、組織能力だと筆者は考えている。組織能力については、説明の文脈が入り乱れるので、別途扱いたい)。

人的資本経営は経営手法にあらず

人的資本経営とは、企業が擁する人材が持つ能力のマネジメントである。日本国内には、「人的資本経営はヒトに優しい経営である」という説明もあるが、完全に的外れである。人的資本とは経済学から生じた用語であり、経営はマネジメントという語句の翻訳で、人的資本経営という経営手法ではない。

この数年の傾向として、人材教育に関わる産業、特に研修産業が業績を伸ばしているようである。人材の能力に対する意識が高まっている証左だと言うこともできる。人的資本開示についての関心の余波だろう。どこまで明確に意図しているのかは置くとして、企業は人材の能力を意識しはじめていることがわかる。

ただし、研修を実施すれば、人的資本を向上できるというものではない。なぜなら、企業の人的資本とは事業に貢献する能力だからである。昔ながらの階層別研修を考えてみればわかる。階層別研修の実施すれば、実施しないよりは事業に貢献する能力は高まるが、効果は顕著には表れない。なぜなら、階層別研修の主要な目的は役割認識であり、役割認識は能力の一部ではあるが、事業に貢献する能力に直接影響するわけではないからだ。

また、最近流行しているDX系の研修を見てもわかる。DX系の研修によってデジタル技術の知識や技能は向上するが、それだけでは事業にならない。事業に貢献する能力を向上させるためには、研修だけではなく、別の育成が必要なのである。

事業の能力に対する日本企業の評価は低い

それでは事業の能力はどうなのか。

残念ながら、日本企業に対する国際評価はかなり厳しい。スイスにある世界屈指のビジネススクールであり、研究機関でもあるIMD(注)のレポートを確認しよう(※2)。よく引用される資料なので、ご存じの方も多いだろう。

(注)「International Institute for Management Development」「国際経営開発研究所」略称

図表2

「ビジネスの効率性」の評価は、世界有数のGDPを誇る国としては極めて低い。

筆者が知人から聞いた話だが、勤務先の外国人社員の発言で「日本には生産を分担してほしいが、経営や製品企画は自分たちが担当した方がいい」というものがあったということである。この言葉が、日本企業に対する認識を端的に表しているだろう。

日本企業は、製品生産やサービス提供などの作業品質は高いが、企画品質や経営品質はそれほど評価できない、ということである。別の表現をすれば、日本企業の能力には決定的に欠落している部分があるという指摘である。

それでは、事業の能力、事業に貢献する能力とは何か。次の機会には、その能力について私見を述べたい。

※1 Fitz-enz,J.,2010, 田中公一訳, 生産性出版
※2 https://www.imd.org/news/japan-2023-05-world-competitiveness-ranking/

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