リクルート社の「遺伝子」 起業家を生むのに不可欠な風土とは

人材ビジネスやITソリューションなど、国内外で幅広いサービスを展開する株式会社リクルート。よく知られる社風として、メディアなどでは「新規事業」と「起業家輩出」がセットで語られることがあります。しかし、起業家の輩出と新規事業開発には、もう1つセットで考えた方が良い風土があります。この点はあまり認知されていないかもしれませんので紹介しつつ、起業家輩出が企業にもたらす意義を考えてみたいと思います。

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会社の危機的状況が新規事業を加速

会社の危機的状況が新規事業を加速

私は1987年にリクルートに入社し、社会人としてのスタートを切りました。

当時は創業オーナーが代表で、新規事業の起案などは現場から行われていたものの、オーナーの影響力が絶大でした。ところが、1988年に起きたリクルート事件や1992年のダイエー社による経営支援等で状況が大きく変わります。

創業者は経営から離れ、残った社員が立て直しをしなければならない状況となりました。この時期に「じゃらん」「ゼクシィ」など新規事業が続々と立ち上がり、その事業が収益を大きく支えることとなりました。

自分も「アントレ」というベンチャー支援の情報誌を創刊しましたが、新たな事業を作らないと銀行借り入れも返せない。社員の給料も出なくなるかも?くらいの危機意識から、短期間で立ち上げて、収益化を図る必要があると感じていたことを覚えています。

そもそも、リクルートには新規事業提案 Ring(旧New RING)というコンテストが1980年代から存在しており、こうした企画が新規事業を生み出す側面支援をしてきたと語られてきました。

ちなみにRingは仲間探しのためのワークショップやツールの整備、役職者のサポート強化などに進化を続け、数多くのビジネスプランが作成され、事業化されています。最近であればオンライン学習サービス「スタディサプリ」。「神授業、見放題」というコピーを聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。

当時もRingは存在していましたが、Ringに応募してプランを考える時間がもったいない。会社が危機的状況でしたので、1日も早く事業を起こさなければならないという必要に迫られ、Ring経由でなく、経営会議に直接持ち込まれて決済された新規事業もたくさんありました。

もともとあった新規事業立ち上げに対する意欲の高さがさらに加速した時期に、当事者として新規事業を考える機会を得たのはかけがえのない経験かもしれません。

もちろん、現在でも新規事業を立ち上げる風土は健在だと思いますが、危機意識から差し迫って取り組んでいたので、違いはあるかもしれません。

もう1つ、有名な風土が起業家輩出ではないでしょうか。

不動産関連の情報サイトで有名な株式会社LIFULLや地域密着型のクラシファイドサービスの株式会社ジモティー、(人事戦略コンサルなどの)同業でもある株式会社リンクアンドモチベーション、ネット調査の株式会社マクロミルなど、挙げればきりがありません。

確かに同世代でも株式公開した起業家はたくさんいます。こうした起業家の輩出は、リクルートの新規事業を生み出す風土が大きく影響している、などと語られてきました。

そして、多くの起業家を生んできた根本には、実はさらにもう一つ、次に挙げる重要な要素があるのです。

取引先の事業支援までやる「本気の顧客接点」

取引先の事業支援までやる「本気の顧客接点」

リクルートの社員から起業家が輩出されてきた大きな要因となる風土。それは本気の顧客接点です。

リクルートの代表的なサービスメニューで、リクナビやIndeedなどに代表される採用メディアがあります。このサービスメニューを扱う営業担当は「採用メディアの営業」ではなく「企業の採用支援」が仕事であると認識しています。

メディアを売ることで仕事は終わらない。採用が成功するまでが仕事であると考えているのです。

ただ、採用の成功だけでなく、企業がめざすことの実現に向けてより深く理解して、可能な限りお役に立てる存在になることが重要。そのためには企業の行う事業も理解して、事業の支援もやれるならやるべき。これくらいの認識がリクルートの営業にはありました。

こうした事業支援は取引先の理解度・信頼関係の向上につながる。将来的には自社サービスの拡大につながる、との発想です。

自分も取引先の事業支援を行ったことが何回もありました。例えばある小売業で、売上が伸びないとの悩みを社長から聞いたので20代向け新商品を起案。その企画を考えるにあたって、リクルート社内でアンケートやグループインタビューを実施。商品化が実現して、売上拡大に貢献したことがありました。

でも、それくらいは当たり前。過去の諸先輩の伝説は、そんなものではありませんでした。

その代表が関西を拠点としたアパレルメーカー。当時は女性向けのブランドだけしかありませんでしたが、当時は少子化が社会問題化する前で、子供の人口はまだ増加傾向にありました。そこで、新たな事業の機会としてリクルートの営業担当が「子供服事業」を起案したのです。具体的なロゴやプロモーションプランまで作成して事業承認を得ました。

もはや、事業開発コンサルのような仕事ぶりですが、費用をいただいたわけではなく、手弁当で取り組んだようです。

でも、何も得ることがなかったわけではありません。この子供服ブランドで新規店舗のスタッフを大量に募集することになり、その採用支援で数億円の新規取引が始まることになったようです。ついには社内で専任チームを立ち上げるまでになったと聞いています。

本気の事業支援が知見を積み、起業の萌芽に

本気の事業支援が知見を積み、起業の萌芽に

じゃらんやゼクシィのような販促メディアであれば、さらに当たり前のように事業支援が行われてきました。

あるときは、いわゆるレストランウエディングを取引先に提案。具体的な立地の確保や価格帯の設定を行い、ゼクシィで集客。事業の成長に大きく貢献したあと、自分で起業して株式公開までした経営者もいます。

あるいは、地域振興の担当として集客プランを提案したものの、魅力的なコンテンツが不足していたので、自分が起業して体験ツアーの会社を立ち上げた後輩もいます。

こうした「本気の事業支援」に取り組むためには、準備=知識が必要。成功に向けて、事業計画・マーケティングと幅広い知見を備える必要があります。

こうした準備も、起業を考える準備の機会になるはずです。このようにリクルートの起業家輩出は、社内のビジネスプランコンテストに加えて、現場の営業担当として本気の事業支援を通じて増えてきたと考えます。やはり机上の空論だけでは、実践に踏み出せない人が多いと思うからです。

自社からの起業家輩出 マイナスとは限らない

自社からの起業家輩出 マイナスとは限らない

最近は起業家輩出を応援する会社も増えつつあります。

ちなみに米国ではGoogle、オラクルが、10億ドル達成企業の創業者を特に多く輩出している企業の代表と言われています。

日本であれば代表格がリクルートかもしれませんが、サイバーエージェント、楽天も多くの起業家を輩出しています。この2社はリクルートに似た風土があると言われていますね。

加えて、業歴の長い企業でも、起業家輩出を厭わないと発言する企業も出てきています。

知人が勤務している大手不動産会社では、起業した社員と連携するケースが出ているとのこと。この例では、自社が直接取り組むには市場規模が小さい都市の街づくりに、間接的に関わることで知見を得たいと考え、この社員に出資。共同事業を開始しました。起業家の輩出は企業にとってマイナスとは限らず、双方が連携して成長に貢献できる場合もあるのです。

このようには「連携するケースもある」とのスタンスは有意義ではないかと考えます。例えば、起業を前提に退職を申し出た社員がいたときに、引き留めが前提ですが、難しい場合にどうするか?

  • 辞めた人材とは二度と会わない、出入り禁止
  • 一緒に仕事をする方法を考えてみる

感情的に前者を選ぶ人もいると思いますが、後者を模索することで、企業として仕事の幅を広げると考えるべきではないでしょうか。

例えば、自社では対応できない小口の仕事を任せるパートナーになっていただく。自社開発が難しいサービスに取り組むのであれば、提携して取り扱うことで双方がプラスになることはよくあります。

起業家輩出は企業にとっても機会 経営者は容認する度量を

自分がリクルートで役員時代に起業した元社員の会社に仕事をお願いして、助かったことは何回もありました。もちろん、完全競合の会社とか、事業領域的に接点が難しい起業であれば、一緒に仕事ができないと思います。ですから、起業後の事業計画を確認したうえで、連携も検討してみてはどうでしょうか。

連携が出来た起業家との取り組みを社内外に周知することで、企業としての可能性の広がりを伝える機会となり、採用力の向上、社員のエンゲージメント強化にもつながると思います。

ちなみにソニー生命の調査で、2023年春から働き始める社会人1年生、または就職してから1年が経つ社会人2年生で20~29歳の男女に対し行った「社会人1年目と2年目の意識調査2023」によると、将来は副業・兼業をしたいとの回答は約6割。起業したいとの回答は3割以下でした。

若手社員のなかで、起業までのリスクを覚悟したキャリアを希望する人が爆発的に増えている状況ではありません。社員が起業に肯定的な発言をしたからといって、人材流出が大きく加速するまでには至らないと思います。企業の経営者は、起業を多様なキャリアの1つとして容認する度量をもったスタンスで向き合ってみてはどうでしょうか。

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