プロップテックがもたらす不動産の変化

不動産の分野でテクノロジーを活用してイノベーションを引き起こす「プロップテック」(PropTech)という概念が知れ渡りつつある。米国や中国と比べて規模は小さいが、日本でもプロップテックのスタートアップが増えている。課題もあるが、将来に向けて不動産や不動産業界を変化させるだろう。

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プロップテックとは

プロップテックとは

プロップテック(PropTech)とは、プロパティ(不動産:Property)とテクノロジー(技術:Technology)を組み合わせた造語で、金融サービス(Finance)とテクノロジー術(技術:Technology)を組み合わせたフィンテック(FinTech)と似た概念だ。4-5年前から、フィンテックに続くイノベーションの潮流として注目されはじめた。

フィンテックが金融サービスの分野でテクノロジー、特に情報技術を活用してイノベーションを引き起こすことを目指すのに対して、プロップテックは、不動産の分野で、AI(人工知能)等の最新のテクノロジーを活用して、既存の不動産関連のサービスやプロダクツおよび不動産関連業務にイノベーションを引き起こすことを目指している。

デジタル化を推進する概念としてはDX(Digital Transformation)が一般化している。

筆者の考えでは、DXは企業の事業組織の業務・製造プロセスのデジタル化に主眼を置く。それに対して、プロップテックは不動産業務のデジタル化やイノベーションをもたらすと同時に、消費者や利用者の視点でみて既存のサービスやプロダクツを再定義し、テクノロジーを活用して、利便性に優れた満足度の高いサービスやプロダクツの創出やイノベーションを目指す幅広い概念と位置付けられる。

プロップテックの主役はスタートアップ

プロップテックの主役はスタートアップ

プロップテックの主役はスタートアップだ。

プロップテックで先行している米国では、2004年までは年間数件から10件前後のプロップテックの起業があったにすぎなかった。

それが、住宅ポータル・リスティングサイトのZillowが2005年に設立されると、2006年以降起業の数はハイペースで増加した。2012年から2016年の最盛期には、年間100件を大きく超える起業があり、2017年以降起業数は減少に転じた(「不動産テック」2019年 日経BP社)。

Zillowはプロップテックの代表的な企業だが、2011年にNASDAQに上場以降、同業他社の買収を続けて企業規模が増大している。

GAFAの不動産版「ZORC」

Zillowのみならず、米国のプロップテック企業の中には、企業価値10億ドルを超えるユニコーンと呼ばれる未公開企業が少なからず含まれる。デジタル仲介のRedfinは長らくユニコーンの代名詞とされた後、2017年にNASDAQに上場した。

大手のプロップテック企業4社(Zillow、Opendoor、Redfin、Compass)は、GAFAの不動産版と称され、「ZORC」と呼ばれている。

最近まで高水準の資金流入

最近まで高水準の資金流入

今年に入ってから、米国の利上げやウクライナ戦争を背景に、スタートアップ投資全体が低迷している。しかしプロップテックへの資金流入は、テック系のベンチャーキャピタル等を通じて最近まで増加基調が続いていた。

CBインサイツのデータによると、ベンチャーキャピタリストなどの投資家は、2021年の年初から11月半ばまでに、プロップテックに95億ドル(約1兆2,000億円)を投じたが、これは2019年の90億ドルを上回り、年間の過去最高額を更新した(Wall Street Journal 2021年11月24日)。

世界最大の運用資産を持つ投資ファンド運用会社のブラックストーンは、創業3年目のスタートアップでオフィスビルのオンライン賃貸を行なうVTS(View The Space)に投資して成功を収めた。
ソフトバンクグループが運用するソフトバンク・ビジョン・ファンドも、プロップテックの代表的な投資家であり、AIによる不動産の価格査定で買取再販を行なうOpendoorや高級物件に特化したデジタル仲介のCompassに投資をしている。

このほか、プロップテックに特化したVC(ベンチャーキャピタル)が相次いで設立されている。一方、世界最大の不動産サービス企業であるCBREとそのライバルのJLL(Jones Lang LaSalle)は、プロップテックによる技術革新に積極的に取り組む姿勢を明確にしており、スタートアップの買収を重ねている。

日本でもプロップテックは拡大

日本でも、2012年に、テクノロジーで不動産の賃貸仲介や管理のイノベーションを志向するイタンジが設立され(2018年にGA technologiesが子会社化した)、2013年には住宅のオンライン取引マーケットプレイスの運営を行なうGA technologiesが設立された。

また、2014年にはレンタルスペースのプラットフォームサービスのスペースマーケットが、2016年には住宅ローンテックのiYellが、2018年にはAI査定を活用した不動産買取再販のスムタスが設立され、その後もプロップテック関連の起業は続いている。

米中に比べ起業数、資金調達ともに少ない

ただし起業数や調達資金の量で見れば、日本は米国や中国にはまだまだ及ばない。イギリスの調査会社のUnissuが2019年8月に発行したGlobal PropTech Analysis:Asia によれば、アジアには548社のプロップテック企業が存在するが、そのうちインドが170社、中国が144社で、日本は52社しかない。

更に資金調達で言えば、中国のプロップテックの資金調達額は100憶ドル(約1兆3,000億円)に対して、日本は5憶ドルに満たず、インドの15億ドル弱をも下回る。ここ数年で日本のプロップテックの企業数も資金調達も増えているとはいえ、米国や中国と比べれば、まだ規模は小さいと考えられる。

プロップテックに投資進める国内大手

なお、日本の大手不動産会社である三井不動産と三菱地所は、スタートアップへの直接投資やファンドを通じた間接投資によって、日本のみならず米国を中心とする海外でのプロップテックの分野でのプレゼンスが増している。

プロップテックの事業領域は広がりつつある

米国の大手のプロップテック企業4社(Zillow、Opendoor、Redfin、Compass)はいずれも住宅をメインの事業領域としてサービスを行なっている。ただし、人々の生活に関わる不動産は住宅だけではない。オフィスや店舗、ホテルや物流施設等の商業不動産(commercial real estate)も社会インフラとして重要であり、かつ膨大なストックが存在する。

またこれらの不動産は利用目的と同時に、投資目的でも保有される。更に、不動産投資には、エクィティ資金の調達や負債によるレバレッジがつきものであり、フィンテックとオーバーラップする部分もある。そこで海外では、住宅以外の商業不動産や不動産金融の事業領域でのイノベーションにも注目が集まっている。

米国では、2011年に設立されたLiquidSpaceの事業はオフィススペースのマッチングサービスで、2012年に設立されたFundriseの事業はクラウドファンディングである。日本では、プロップテック関連の上場企業の内、GA technologiesの主たる事業はが住宅のオンライン取引だが、SREホールディングスは、2014年の設立当初は住宅のオンライン仲介とリスティングサイトを目指したが、現在はAIクラウド&コンサルティング事業が主力になっている。

日本のプロップテックは、まだ住宅を事業領域とする会社が多く、中でも賃貸住宅の仲介や管理業務を主たる事業領域とする会社が多いが、住宅以外の領域でのイノベーションを志向する企業も増えてきた。

プロップテックが暮らしや働き方を変える

プロップテックが暮らしや働き方を変える

プロップテックが人々の暮らしや働き方に変化をもたらすのは間違いない。

eコマースがよい例だ。インターネットというテクノロジーを介して契約や決済などを行う取引形態のeコマースは、既にわれわれの生活に深く浸透し、われわれの消費行動を変え、それが店舗という用途の不動産の評価に影響している。

またeコマースに欠くべからざる設備は物流施設であり、eコマースの普及により物流施設がオフィスや店舗と並ぶアセットクラスとして認知され、投資家から多額の資金が流入している。

一方、ZoomやTeams等のWeb会議システムというテクノロジーの進化により、在宅勤務が可能となり、従来の本社オフィスや拠点オフィス等の需要に影響を与える一方、シェアオフィス、サテライトオフィス、バーチャルオフィス等の需要が増加しつつある。

今後もAI(人工知能)、VR(仮想現実)、IoT(モノのインターネット)、RPA(ロボットによる業務の効率化)、ブロックチェーン、UI/UX等のテクノロジーの進化によるイノベーションで、不動産開発、販売、賃貸、管理、流通、金融、投資等の分野で新しいサービスやプロダクトが生み出され、それがわれわれの暮らしや働き方を変化させる潜在性があることは疑いない。

都市をも変えるが克服すべき課題もある

複数の公共交通やそれ以外の移動サービスをICTにより最適に組み合わせて検索・予約・決済等を一括で行うサービスのMaaS(Mobility as a Service)は、プロップテックの中で重視されるテーマの一つだ。

サービスが向上する結果、都市の定住人口や関係人口や交流人口が増えれば、その都市の不動産需要や不動産価値にポジティブな影響を与えるからだ。またMaaSのみならず、自動運転を含む都市交通システムが実用化すれば、スマートシティの主要コンセプトの一つである都市交通のスマート化が実現することになり、都市機能は格段に向上する。

個人情報の取り扱いに課題

しかしスマートシティの実現には超えるべきハードルもある。それは個人情報の取り扱いだ。

かつてGoogleは、同社の持株会社Alphabetの傘下のSidewalk Labsを通じて、2017年からカナダのトロントでスマートシティ構築のプロジェクトを進めていたが、2020年にプロジェクトからの撤退を発表した。

事業の中断に至るまでに、データ収集と活用に関するプライバシー侵害の可能性が問題となっていたと報じられている(The Gurdian 2020年5月7日)。

スマートシティの実現には テクノロジーだけでは十分ではない。プロジェクト推進の際のガバナンスと、地域社会との合意形成がいかに重要かを示している。

プロップテックで不動産は変わる

プロップテックの進展により、特に不動産取引や管理でのデジタル化や住宅のIoT化は急速に進むだろう。

更に、MaaSと自動運転の実用化をベースとするスマートシティの構築は、データ管理等に課題は残るが、都市開発の概念や手法を再定義しよう。

なおこれらの変化をもたらす主体は、必ずしも日本の大手不動産会社とは限らない。それはオープンイノベーションでスタートアップを取り込んだトヨタであり、JRであり、Googleであるかもしれないのである。

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