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人権デューデリジェンスとは?事例から国際的潮流を読む
企業活動における人権侵害の解消、解決が国際的に強く求められています。そのための方策として取り上げられる人権デューデリジェンスとは、自社あるいは自社のサプライチェーン上に、児童労働や強制労働といった人権侵害行為による生産活動が含まれていないかを調べ、対応策を講じることです。この記事では人権デューデリジェンスに関する国際的潮流と、日本企業の対応例を見ていきます。
人権デューデリジェンスとは
人権デューデリジェンスとは、企業の事業活動における人権侵害行為の調査、予防または対応策を講じることです。広く認知されることになったきっかけは、2011年に当時の国連特別代表ジョン・ラギー氏によってまとめられた「ビジネスと人権に関する指導原則」が満場一致で採択されたことです。
本指導原則の「原則17」(一部抜粋)
17.人権への負の影響を特定し、防止し、軽減し、そしてどのように対処するかということに責任をもつために、企業は人権デュー・ディリジェンスを実行すべきである。そのプロセスは、実際のまたは潜在的な人権への影響を考量評価すること、その結論を取り入れ実行すること、それに対する反応を追跡検証すること、及びどのようにこの影響に対処するかについて知らせることを含むべきである。
本指導原則の「原則17/解説」(一部抜粋)
▼参考記事はコチラ
ビジネスと人権に関する指導原則:国際連合「保護、尊重及び救済」枠組実施のために(A/HRC/17/31)
これまで企業における人権問題は、人種・民族差別や地域差別、セクハラ・パワハラなどが問題視されてきました。現在では、企業活動のグローバル化に伴い、拠点とする各国の事情や歴史、商慣習を理解した取り組みが求められ、問題は複雑になっています。
特に児童労働や強制労働などによる人権侵害は、大規模な抗議活動や不買運動にまでに発展しているケースもあります。このような背景からも人権デューデリジェンスへの取り組み、改善活動は注目が高まっております。
人権デューデリジェンス 国際的な歩み
人権デューデリジェンスへの国際的な取り組みが顕著となってきたのは、2010年前後に遡ります。
国連特別代表(当時)ジョン・ラギー氏は2008年、国連で「保護、尊重及び救済の枠組」(Protect, Respect and Remedy: a Framework for Business and Human Rights 通称・ラギーフレームワーク)を提唱します。これを基に、国連は2011年に「ビジネスと人権に関する指導原則」を全会一致で採択しました。
この動きに呼応するかのように、まず米国カリフォルニア州が2010年に「サプライチェーン透明法」を制定、2012年に施行しました。この州法は、年間売上高が1億ドル以上の小売業、製造業に対してサプライチェーン内に奴隷的労働の有無とリスクを調査し公表することを義務付けています。
続いて2015年には英国が「現代奴隷法」を制定・施行、2017年にはフランス、2018年にオーストラリア、2019年にはオランダがそれぞれ、企業活動における人権侵害の防止と対応を求める法令を制定または施行しました。
ドイツも2021年3月に関係法令「ドイツサプライチェーン法案」の制定を閣議決定しましたが、同法案には厳しい罰則が定められています。
同法案は、ドイツに本社を置く企業で従業員規模(海外子会社を含む)1,000人以上、または3,000人以上の企業を対象に、人権デューデリジェンスによるサプライチェーンのリスク管理体制の確立を求めています。
これに違反した場合は、最大80万ユーロ、または年間売上高の2%に相当する罰金を科されるほか、公共調達への参加制限が盛り込まれています。
2022年にオランダで施行予定の「児童労働デューデリジェンス法」ではさらに罰則が厳しく、違反企業には87万ユーロ、または売上の10%を上限とする罰金や、刑事責任が科される可能性があります。
人権侵害に対する意識の高まり
上記の他に、人権を意識した国際的な取り組みと法規制に、OECDによる「紛争地域および高リスク地域からの鉱物の責任あるサプライチェーンのためのデューデリジェンス・ガイダンス」(2010年)、そして米国金融規制改革法の紛争鉱物条項があります。
OECDと米国の規制は、武装勢力による紛争が続くコンゴ民主共和国とその周辺国で産出された錫、タンタル、タングステン、金が武装勢力や紛争に関連して産出されていないかを調べ(デューデリジェンスし)、報告することを求めています。
武装勢力が地域住民や子供を動員して強制労働に当たらせ、こうした鉱物を資金源として得ている実態があることから、紛争鉱物のサプライチェーン・デューデリジェンスも人権デューデリジェンスの一つと言えるでしょう。
最近では、中国・新疆ウイグル自治区におけるウイグル族に対する人種隔離政策、強制労働、強制的な不妊治療といった人種差別的な政策への対抗策の一つという文脈で、人権デューデリジェンスが取り上げられる傾向が顕著です。
しかし、これまでに見てきたように、ウイグル族への差別が国際的に広く問題視される前から欧米各国は企業活動における人権侵害を問題視し、規制を整備し、デューデリジェンスを求めてきたことが分かります。
さらに言えば、SDGs、ESGの国際的な潮流が、人権デューデリジェンスにさらなるスポットライトを浴びせ、米中対立がそれに更なる拍車をかけたとも言えるでしょう。
日本政府の人権デューデリジェンス の取り組み
翻って我が国の人権侵害に対する政策はどうでしょうか。ビジネスにおける人権侵害について、米国や欧州先進国のように罰則を伴うような法制化は見られません。
日本外務省は2020年10月、「ビジネスと人権に関する行動計画」を策定しました。
しかし、その中身は欧米の法令のように企業に対する義務を求める、あるいは、違反者に罰則を科すような内容ではありません。
人権デューデリジェンスについても「啓発を図る」程度で、日本政府の行動計画は、これまでの経緯のまとめと今後行っていくとする取り組み、措置の列挙までとなっています。
その理由について、日本経済新聞は「いきなり高いハードルの設定は難しい」という外務省人権人道課の発言を紹介していました。
背景には、米中対立の文脈でクローズアップされてきた人権デューデリジェンスについて、国の対外貿易の半分以上を占める中国を刺激したくない、外交的配慮も難しさの理由となっているように見受けられます。
行動する日本企業
はたして、日本企業は人権侵害に対する取り組みについて、日本政府のスタンスにならって黙ってやり過ごし、人権デューデリジェンスの“ブーム”が過ぎ去るのを待っていればよいのでしょうか。
肌着メーカーのグンゼは2021年6月16日、新疆ウイグル自治区で生産された新疆面の使用を取りやめることを発表したと報じられました。
キリンホールディングスはミャンマーで軍事クーデターが起きた直後の2021年2月5日、国軍と取引関係にあるミャンマー・エコノミック・ホールディングスとの合弁事業解消を発表しました。
その他、アサヒグループホールディングス、伊藤忠商事、東芝といった企業も、サプライチェーンにおける強制労働などの人権上のリスクを精査するとしています。
これらは、日本政府の法制化を待つのではなく、自社の取り組みとして積極的に人権侵害に対峙しています。
なぜなら、ビジネスにおける人権侵害を無視していたのでは、グローバルな市場参加者から自社を評価されず、国際的NGOから人権侵害を指弾されるリスクが生じるからです。
人権問題に対する不作為は、当然、自社、自社グループのレピュテーションにも悪影響を及ぼします。
一過性のムーブメントではなく、継続的に取り組むべき課題
人権と人権デューデリジェンスへの取り組みは決して一過性の課題ではなく、これまでも、これからも続いていく課題であり、解決すべき問題です。
SDGsとESGの潮流の中、グローバルの市場参加者も企業における人権のための取り組みを凝視しています。日本企業にとっての市場は、決して東アジアやアジアに限定されていないはずです。
日本の改定コーポレートガバナンスコードの補充原則2-3①においても、「人権の尊重」という言葉が加わりました。しかし、それも原則であり、義務ではありません。
サプライチェーンにおける人権デューデリジェンスはかつてないほど、今、世界的に求められています。
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