法改正の背景と課題

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政府は公益通報者保護法改正案について、今国会(第201通常国会)での成立を目指している。2006年に同法が施行されて以来、初めての抜本改正となる。

公益通報者保護法の改正点は次のように大別される。

・法律で保護される公益通報者の拡大

・保護の対象となる通報事実の範囲拡大

・公益通報に対する損害賠償請求権の免除

・従業員数301人以上の事業者に内部通報制度設置を義務付け、及びその実効性確保のための行政措置導入

・内部通報を調査する担当者に対し通報者を特定できる情報の守秘を義務付け、及び違反した場合の刑事罰導入

・行政機関への通報条件の緩和

・報道機関等への通報条件の拡充

・公益通報に対処する行政機関の体制整備

以上8点となる。

消費者庁が2017年1月に発表した公益通報者保護制度に関する実態調査(注1)によると、企業、従業員の多くの割合が通報者の匿名性保護を確実にする措置を求めていた(企業の44%、従業員の27%、以下同じ)。企業と従業員の回答者からはその他、「保護される範囲を労働者のみならず、退職者や役員にも広げる」(21%、39%)、「あらゆる法律違反に関する通報をしたものも保護される」(15%、19%)、「犯罪行為以外の法律違反に関する通報をした者も保護される」(14%、27%)などの要望が挙げられた(複数回答)。法律施行後、初めてとなる法改正には、内部通報制度の運用・利用者側の要望も背景にあったとみられる。

今回の改正案では、通報者への報復や、通報者の保護を怠った企業に対する罰則条項は盛り込まれていないため、公益通報者の保護は未だ不十分との指摘がある(注2)。法律を所管する消費者庁の人員は370名(2020年4月1日時点)しかおらず(注3)、現実的に違反した企業の状況を調査し、行政罰を下すには消費者庁の人員不足の感は否めない。違反企業の調査にはその企業・事業所が所在する自治体と消費者庁、監督官庁が連携して対処できるようにするなど、通報者保護の観点からさらなる制度の強化が必要だ。

他方、内部通報の受け手となる「公益通報対応業務従事者」に対しては、通報者の身元の秘匿を義務付け(公益通報者保護法改正案第12条)、従事者が違反し、通報者を特定できる情報を漏らした場合は30万円以下の罰金が科せられる(同第21条)という条文が加わった。

内緒話
しかし仮に、企業の内部通報対応職員の上位者に悪意のある者がいて、その上位者が対応職員に何らかの理由をつけて通報者の氏名を明かすよう指示し、その結果、通報者にペナルティが加えられたとなったとしたら、法律上、罰せられるのは上位者の指示に従って通報者の氏名を明かさざるを得なかった対応職員のみとなるのだろうか。指示をした上位者や会社の責任はどう判断されるのか。今回の改正案にはそんな矛盾めいた不十分さをはらんでいると考えられる。

そうは言っても、既に内部通報制度を導入している企業の担当者の手元には、日々様々な通報や情報が届き、迅速な対応を求められていることだろう。以下では、企業の内部通報制度を通じて不正やコンプライアンス違反に関する通報や情報が寄せられた場合を想定し、対応担当者や担当部署はどのように通報者の身元保護を徹底しながら調査にあたるか、実務上の注意点をおさらいしたい。

通報者との信頼関係

信頼
不正に関する通報や、コンプライアンス上の懸念を指摘する情報提供に基づいて調査をする場合、現実には通報者が所属部署や氏名を名乗らない匿名通報である場合が多い。当然、通報者が自分自身の身元や勤務先企業での雇用を守るためだが、だからといって、担当者は通報を受けた最初から通報者に身元を明かすよう強く求める必要はない。なぜなら、不正やコンプライアンス問題の調査は、通報者がだれか分からなくても進められるケースが多いからだ。

ポイント①通報者との関係構築

ポイントは、通報者が匿名でも、対応者がやり取りをできる状態、正確な情報を提供してもらえる関係を作ることだ。匿名通報者と連絡を取れる状態にあれば、対応者は通報に関して追加の情報提供を求めることができるし、調査を進めた結果、分からない点を聞くこともできる。さらに、匿名通報者が通報対象となった不正の行為者(以下、調査対象者)について知っているようであれば、調査対象者に近い社員や上司など、調査対象者の人間関係を把握することもできる。こうしたやりとりを通報者と慎重に重ねていく過程で、人によっては後から身元明かしてくれる通報者もいるだろう。まずは、匿名であっても通報者を受け止め、訴えに耳を傾け理解を示し、通報者との間に信頼関係を築くことが重要だ。

ポイント②調査対象者の人間関係を把握

次に、調査対象者の人間関係の把握が2つ目のポイントとなる。調査対象者が誰と近しいかを知ることによって、調査を行っている事実が調査対象者やその他の不正の行為者の耳に入る危険性を抑えることができる。調査とヒアリングは、調査対象者から遠い人から話を聴いていき、情報を確認したり裏付けを取ったりしながら、調査対象者に少し近い人、近しい人、調査対象者とアプローチしていくのが常道だ。

企業の担当者の中には、不正の情報を得たらすぐに調査対象者呼び出し、「こんな話があるけど、本当にやったのか?」などと聞き出そうとする実態を複数の企業から聞いたことがある。あるいは、調査対象者と仲の良い同僚、部下、上司から話を聞き回り、情報が洩れてしまったケースも耳にする。こうしたやり方は、不正の有無を確認できないどころか、運が悪ければ、調査対象者によって“誰が通報したか”悟られ、通報者への報復を招きかねない最悪の手法であることを忘れないでほしい。法改正がされようとされまいと、通報者の身元の保護と通報者に関する情報の秘匿は、担当者の重大な責務である。

ポイント③通報者に「符号」を

そして3つ目のポイントは、通報者が身元を明かしてくれた場合には、その通報者に担当者間でしか分からないコード名や符丁を付ける。スパイ映画の見過ぎでは?とお叱りを受けそうだが、捜査当局、情報機関はもちろん、秘匿業務に携わっている者ならば、当たり前にやっていることである。調査案件に関与する担当者を限定することも有効だ。こうすることで、社内に通報者の名前が不用意に漏れる可能性は防げるだろう。ただし、コード名や符丁をつける際、通報者の名前や所属を類推できるようなものを避けることは言うまでもない。

改正案の第11条では、301人以上の民間企業に内部通報制度の設置を義務付け、300人以下の企業には努力義務を課している。内部通報制度を導入したからといって、狙い通りに不正に関する情報やコンプライアンス上の問題が通報窓口に寄せられるとは限らない。むしろ、社内の人間関係上のトラブルや、文句・苦情、ハラスメントに関する通報の方が多いのが実態と推察される。

大企業の中には、「コンプライアンス関係の通報窓口」と「人事労務関係の通報窓口」で別々に設けている企業もあるが、同様な態勢作りを300人規模、あるいはそれに満たない企業に求めるのは人員的にも厳しい。内部通報窓口にあまり人を割けない組織であれば、一つの窓口の下に「コンプライアンス関係の通報対応者」と「人事労務、ハラスメント関係の通報対応者」と最低2名を配置するのが一つの手だ。担当を分ける理由は、人事労務やハラスメント関係の通報の場合、調査対象者や内部通報者へのアプローチが、不正やコンプライアンス問題に対処するときと若干違うためである。

パワハラ調査の場合

内部調査
長年にわたって内部通報に対応しているベテランの人事担当者は、「ハラスメントの調査の場合では特に、通報者が被害者であっても、氏名や所属を明らかにしてもらってから調査をする」と強調する。ハラスメントは、明らかなケースを除けば、その行為者と受け手(被害者)との間にハラスメントにあたるか否か認識の違いが生じえるからだ。その認識の差異を見極めながら、可能な限り客観的な調査を追求するためには、通報者が匿名を希望していても名前を明かしてもらい、通報者と調査対象者の周囲からも話を聴いて判断しなければならないという。

ハラスメントに関する調査で周囲から話を聴く場合にも、不正・コンプライアンス調査と同様に、通報者の名前はもちろん、通報者が被害者であることを悟られないようにヒアリングを重ねていく。通報者、被害者、情報提供者を悟られないよう慎重にヒアリングを進めていくには、聞き出すためのシナリオを練って臨むなど、多少のテクニックと経験を要する。また、パワハラを調査していたら不正行為の事実も明らかになったという事例もある。ハラスメントを調査する担当者と不正を調査する担当者との連携も重要だ。

まとめ 通報者の不安を理解

改正案では、同法で保護される通報者の範囲が、現職と過去一年以内に在籍した従業員、派遣社員、役員に拡大された(同第2条など)。もたらされる通報によっては、調査する程度の内容ではなかったり、あるいは、会社や職場に対する不平や不満の類で片づけられたりするだろう。しかし、結果的にそう判断されたとしても、通報する者は自分の身元が分かってしまう不安を感じながら、恐る恐る情報を提供してくれている。通報の一声一声に真摯に応えていくことが会社・組織の改善につながっていく。

最後に内部通報制度をより効果的に機能させるために、通報者側にもお願いしたい。たとえ身元の保護がうたわれているとはいえ、特定の人物を貶めることを意図した虚偽の通報や、根拠や事実のない通報を繰り返して内部通報担当者に対応させる行為は、名誉棄損や偽計業務妨害罪に相当しかねない。本当に問題と思える不正の事実や情報について、多少の証拠類と一緒に通報してもらえたら、内部通報担当者は非常に助かることだろう。

注1 民間事業者は全国の約15,000社を対象にインターネットと郵送で調査を実施、有効回答数は約3,500。労働者(従業員)は約3,000人を対象にインターネットで実施、有効回答数約3,000人。
注2 宮崎日日新聞 2020年2月28日付、京都新聞 2020年3月15日付
注3 消費者庁ホームページ

参照 消費者庁ホームページ改正案本文

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