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高専が大学を先行 経済安全保障と産学連携のその後
産学連携において、営業秘密・機密情報の漏洩防止策への取り組みが進んでいる。数字上は、利益相反の防止などリスクマネジメント体制が整い始めているように見えるが、取り組みが進んだのはもっぱら高専で、大学はまだ大きく進んでいない事が分かった。
情報管理の取り組みに死角はあるか
2020年9月、筆者は「カウンター・インテリジェンス 産学に求められる、経済安全保障対策」と題して、産学連携に日本企業の情報管理の死角があると述べた。それから約1年。日本政府も経済安全保障法制を進めており、日本企業においては営業秘密・機密情報の漏洩防止策への関心の高さがうかがわれる。直近のデータを基に、死角を検証したい。
産学連携のランキング
(文部科学省「大学等における産学連携等実施状況について(令和元年度実績)」概要版を参照)
上の表は、民間企業との共同研究実施件数が多い20大学を、民間企業から受け入れた共同研究費とともに一覧にしたものである。そのうち、2019年度末において「利益相反防止」「安全保障貿易管理」「営業秘密管理」の全てを整備済みとしている大学については、赤字でハイライトしてある。あなたの勤務先が連携する大学は含まれているだろうか?あるいは、連携する大学のリスクマネジメント体制は十分か?
文部科学省の調査結果を一度ご覧になることをお薦めする。(注1)
注1:文部科学省:「令和元年度 大学等における産学連携等実施状況について」 このうち、「様式12(リスクマネジメント体制)のエクセルファイルを参照
一見進んだリスクマネジメント
(出所:文部科学省平成30年度と令和元年度の「大学等における産学連携等実施状況」)
▼参考資料はコチラ
文部科学省:令和元年度 大学等における産学連携等実施状況について
文部科学省:平成30年度 大学等における産学連携等実施状況について
文部科学省が大学、短期大学、高等専門学校、大学共同利用機関を対象に2019年度のリスクマネジメント体制の整備状況をまとめた調査結果によると、2019年度末において利益相反を防ぐポリシー・規程等の整備を済ませている大学等は、回答した758機関のうち354(46.7%)。安全保障貿易管理体制を整備していると答えたのは265(34.9%)、営業秘密管理体制を整備していると答えたのは121(15.9%)だった。
この結果を2018年度末の整備状況と比べると、上図のように全項目で大幅に整備が進んでいる。
整備が進んでいるのは、大学より高専
数値だけを見ると、大学等研究機関におけるリスクマネジメント体制の整備は進んでいるように見える。「利益相反防止」「安全保障貿易管理」「営業秘密管理」の全てを整備済みと回答した大学等機関は、2018年度末の28機関から、85機関へと増えている。
しかし、この数字にはちょっとしたトリックがある。
それは、2018年度末でほとんど未整備だった高専(高等専門学校)が前回調査から1年の間に体制整備を進め、2019年度末の数字全体を“かさ上げ”しているのだ。
例えば、2019年度末に「利益相反防止」「安全保障貿易管理」「営業秘密管理」の全てを整備した85機関には、高専が52校含まれている。それに対し、大学・短大・研究機関は33機関であり、前回調査の28機関(うち、高専は1校)と比べると、ほとんど体制整備が進んでいない実態が浮かび上がる。
全国の高専においてリスクマネジメント体制の整備が進んでいること自体は良いニュースだ。
大企業と地方企業の中には、高専が持つ技術力に注目し、高専との産学連携・共同研究に着手している企業もあるからだ。(注2)情報等の管理が十分に整備された高専に企業との連携がさらに広がれば、地域の産業活性化、教育の活性化にもつながる。
注2: 佐賀新聞(2021年7月25日)「佐賀エレクトロニックスト有明高専 製品開発で産学連携」
福島民友新聞(2021年7月17日)「『水底作業ロボ』開発に着手 福島高専、産学連携」などの例がある。
情報漏洩の穴を塞ぐ
対して、大学には一層の体制整備を求めたいところだ。例えば2021年1月、中部地方の国立大学病院の元教授が機器調達における第三者供賄容疑で警察に逮捕された。元教授は自身が代表理事を務める一般社団法人名義の銀行口座などに、複数の企業から賄賂を振り込ませたとして起訴された。(注3)
注3:日本経済新聞(2021年1月7日付朝刊、同夕刊、1月28日付朝刊)
人事情報を把握せず
この大学が所属する研究者・教員の利益相反関係や兼業の有無を調べていたのなら、贈収賄事件を防げた、などと言うつもりはない。
しかし、この大学では文科省の2018、2019両年度の調査において「臨床研究における利益相反防止の規程等を整備している」と答えていたものの、所属研究者の兼務状況など、人事情報を把握する仕組みを整備しておらず、利益相反関係のマネジメントが不十分であったことが確認できる。
研究者の兼務状況やバックグラウンドを調べ、利益相反関係の有無を確認するのは、上記のような刑事事件となるような不正を防ぐだけが目的ではない。企業にとって虎の子の最新技術やその開発に関わる情報、製造ノウハウ等が共同研究を通じて外国政府に、あるいは外国企業を通じて流出するリスクがあり、その穴を塞がなければならない。
米・司法省とFBIの取り組み
米中対立の中、アメリカ司法省は、国内の大学・研究機関から先端技術に関する情報の窃取・漏洩の懸念を強めた結果、”China Initiative”を展開。大学・研究機関に対し、情報漏洩を防ぐための教育やカウンター・インテリジェンス(防諜)意識の醸成を図るなどしている。司法省のホームページには、FBIなどが2018年以降に手掛けた中国関連の産業スパイ事件に関する情報が掲載されている。(注4)
日本人研究者のバックグラウンドも注意
アメリカ政府はすでに外国から研究資金を提供された事実を報告しなかった研究者に対し、研究費助成を停止するなどの措置を講じているが、日本政府も最近になり、研究者の国外における研究活動や資金の情報を開示する指針を定めると報じられた。(注5)ということは、大学と共同で研究開発を行っている企業は、関係する外国籍の研究者だけでなく、日本人研究者のバックグラウンドにも注意を払わなければならない。
注5:日本経済新聞(2021年6月21日付朝刊)「先端技術で1000億円基金 政府 半導体など開発後押し」
オンライン会議で秘密情報の共有に注意
大学と研究開発を共にする企業の担当者に、提携先の大学・研究機関の情報漏洩対策について聞くと、「問題ない」あるいは「守秘義務があるので答えられない」と返ってくることがほとんどだ。
深刻な情報漏洩事案や、利益相反関係によって不利益を被ったケースがなければ良いのだが、コロナ禍でオンラインでのミーティングやプレゼンテーションが当たり前となった今、スクリーンに営業秘密や機微な技術情報を投影、画面共有していないか、改めて確認する必要があるだろう。
秘密情報を配布資料から外し、本人は一瞬投影しただけのつもりでも、簡単にスクリーンショットをすることができる。
ウェビナー参加への御礼
筆者は2021年7月14日、フロンティア・マネジメント主催のウェビナーで「営業秘密と機密情報を守る」と題して講演し、約120名の企業の方にご参加いただいた。終了後のアンケートに回答した65名のうち、7割が好意的な評価を下さり、改めて心より御礼申し上げたい。
アンケートのコメントや質問を通じて窺えたのは、厳しさを増す経済安全保障環境の下、国内外からいかに優秀な人材を確保し、国家間のリスクに向き合いながら事業を成長させていくか苦心している様子だ。リスクとベネフィットの狭間に立ちながら、日々、決断を迫られている経営陣も多いかもしれない。
経済安全保障にご興味のある方は
筆者は今後も経済安全保障とビジネスについて情報収集と思索を続けていきたい。この分野における悩みや課題、考えを共有して頂ける企業関係者がいたら、是非、フロンティア・マネジメントか筆者までご連絡頂きたい。
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