AOYAMA Houseの実質的所有者

AOYAMA Houseの実質的所有者

探し求めたビルは渋谷区と港区の境界に近い入り組んだ路地の奥に建っていた。ビルの名前は”AOYAMA House”。

週刊新潮(※注1)によると、ロシアのセルゲイ・ラヴロフ外相が来日時にセーフハウスとして利用していたビルがAOYAMA Houseであり、物件の実質的所有者(Beneficial Ownership, “BO“)はロシアのオリガルヒ(政権に近いとされる富豪)、オレグ・デリパスカ氏であると報じた。

記事はさらに、このビルを管理する東京都内に本社を置く企業がデリパスカ氏を介したラブロフ外相のマネーロンダリングのダミー企業になっていたのではないかと指摘している。

※注1 週刊新潮2022年3月24日号

デリパスカ氏とは

デリパスカ氏はアルミ製造業「ルサール」のオーナーであり、米国では2018年から制裁対象となっている。

不動産登記簿謄本によると、ビルと土地の所有者は英国領バージン諸島に本社を置く「AMTEC SOLUTIONS株式会社」であり、そのBOがデリパスカとされる。

AMTEC社は2005年に日本の不動産関連企業から土地を購入、2008年に地上5階、地下2階、延床面積1,270㎡余りのAOYAMA Houseを新築した。

ICIJ、国際調査報道ジャーナリストのデータベースでAMTECを検索し関係する法人を追っていくと、株主、役員、仲介企業として何十もの法人・個人の名前が現れてくる。

その中には、「デリパスカ」姓の個人名もあれば、その他のロシア系とみられる名前が確認できる。

この件ついて、米国のマネロン・テロ資金供与対策(AML/CFT)分野の研究者や弁護士に伝えると、強い関心を示していた。

実質的支配者(Beneficial Owner)とは

実質的支配者(Beneficial Owner)とは

本稿では2021年8月に金融活動作業部会(Financial Action Task Force, “FATF”)が指摘した日本のAML/CFTの脆弱性の一つであるBOの把握・確認と、経済安全保障上の意義について考察したい。

FATFの対日相互審査報告書には、次のような一節がある(※注2)

「日本は、全ての金融機関とDNFBPs(筆者注:Designated Non-Financial Business and Professions=指定非金融業者及び職業専門家・※注3)が実質的支配者情報を保持することを義務付けられ、当局が実質的支配情報を入手可能とするシステムを実施することに向けて重要なステップを踏み出した。しかしながら、法人について、正確かつ最新の実質的支配者情報はまだ一様に得られていない。」

※注2 財務省「対日相互審査報告書の概要(仮訳・未定稿)
※注3 FATF勧告の12では金融機関以外に次の非金融業者及び職業専門家に顧客管理義務と記録保存義務を求めている。すなわち、カジノ、不動産業者、貴金属商及び宝石商、弁護士、公証人、他の独立法律専門家及び会計士、トラスト・アンド・サービスプロバイダーの各業種である。

実質支配者の考え方

Beneficial Owner(実施的支配者)の例

日本におけるBOの解釈は「法人の議決権の総数の4分の1を超える議決権を直接又は間接に有していると見られる自然人」を指す。

例えば、企業Aの発行済み株式の30%を保有する株主が法人Bであり、法人Bには株式の51%を保有する株主Cが存在する場合、CがAの実質的支配者となる。(50%超の株式を持つ場合は「支配法人」として、「100%」で計算する)

実質的支配者リストの届け出

FATFの審査報告後、法務省は2022年1月末、上場非上場を問わず株式会社に対し実質的支配者リストを登記所へ届け出、登記官による確認と認証文付きの「実質的支配者リスト」の写しの交付を受けられる制度の運用を始めた(※注4)。

現時点で株式会社によるBOリストの届出は任意であるため、銀行等取引金融機関が企業にリストの届出と提出を促し、企業側がそれに応えることで、株式会社の透明性を高める努力が必要となるだろう。

BOの把握は、以前からFATF40勧告に含まれていた項目の一つに過ぎない。日本では2016年10月施行の犯罪収益移転防止法において、既に金融取引の確認事項の一つとして定められた。

※注4 法務省:実質的支配者リスト制度の創設(令和4年1月31日運用開始)

不動産取引による資金洗浄(マネロン)

不動産取引による資金洗浄(マネロン)

FATFの相互審査報告で日本と同じく「重点フォローアップ国」の評価を受けた米国では長年、不動産取引を介したマネロンの現実と、制度上の脆弱性が専門家から指摘されていた。

米国において、不動産取引業者は銀行秘密法の対象外であり、FATFが勧告している顧客管理義務や疑わしい取引の報告を法律上、義務付けられていない。そのため、ニューヨークやマイアミ、サンフランシスコなどの高級住宅地では、不動産売買・投資を絡めたマネロン(資金洗浄)のリスクがある。(※注5)

それらの事情が、ウクライナ侵攻に際し、米国がロシア高官やオリガルヒに対し、素早く経済制裁を課した伏線にもなっているだろう。

※注5 Newsweek、2022年4月20日配信、及びGeorge Mason University, the Terrorism, Transnational Crime and Corruption Center, “Money Laundering in Real Estate – Conference Report”, March 25, 2018も参照

昨今の東京都心の再開発と不動産価格の高騰、さらに為替相場の円安基調も相俟って、海外から東京、日本に流れ込む投資マネーはさらに旺盛になるだろう。

リスクやコンプライアンスに携わる者としては、不動産業者等のDNFBPs(指定非金融業者および職業専門家)には取引相手に対し目を光らせてもらいたいものだ。

経済安全保障上の意義

AML/CFT(マネーロンダリング及びテロ資金供与対策)において脆弱性の高い不動産取引だけに目を向けていたのでは、木を見て森を見ずになってしまう。ここでは経済安全保障の文脈で考えてみたい。

経済安全保障政策の一環として、政府は防衛施設、重要インフラ、離島に隣接・所在する不動産への外資規制に着手している。また、指定するコア業種に該当する上場企業に対しては、外国人投資家が発行済み株式の1%以上を取得する際に事前の届け出を義務付けている。

ここでカギとなるのは、先にも述べたBOである。企業や不動産に投資をしてくる、あるいは事業を持ち掛けてくる外国資本の法人が、Shell Company、ペーパーカンパニーの仮面をかぶっている可能性があるとするならば、そのBOまで遡って真の投資家=受益者を特定する必要がある。その作業は金融業界やDNFBPsに限らず、事業会社にも当てはまる。

新しい冷戦への対応

なぜか。ロシアによるウクライナ侵攻と今も続く戦火は、世界をさらに分断させたと見えるからだ。識者によっては新たな冷戦に入ったと主張する。(※注6)

新たな冷戦、“第二次冷戦”は、戦後から1991年までの第一次冷戦と様相が異なり、両陣営でビジネス・経済がつながり、絡み合っている。

※注6 セルヒ・プロキア「冷戦後の国際秩序に終止符」、日本経済新聞経済教室、2022年3月30日付朝刊

複雑化するリスクに対応可能な体制が必要

それでも、米国をはじめ、英国、EUなど日本の同盟国・友好国は、現時点で経済制裁の手を緩めることはない。

日本政府がロシアなどに対してプロアクティブな手を打てていない以上、日本企業は各国の制裁の範囲にかからないよう、ビジネスの成長と権益の保護を図っていかなくてはならない。BOの見極めはその手段の一つである。

企業にとって、今まで以上に複雑な環境でリスクを把握し、それを見極める機能、その上で事業を進める体制が求められている。

(了)

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