新 CEO の決意表明

決意表明

「異論や反論が許される風土をつくる」。2019 年 12 月 2 日、日産の内田誠新 CEO は就任の記者会見でこのように宣言した。内田氏に促されて登壇した関潤・副 COO=当時=も、「モノを作る現場と売る現場、経営層との間に大きな隔たりを作ってしまった」 と、完成検査問題や排ガス不正問題を引き起こした組織上の要因を示唆した1。

こうした発言から窺えるのは、それまでの日産は“異論や反論が許されず”、“現場と経営層の間に隔たり”のある組織だったという姿だ。経営幹部が決めた車両の製造台数、売上目標などに異論や反論があっても聞いてもらえず、現場と経営陣の間に健全なコ ミュニケーションが成立しない――。そんな実態が浮かび上がってくる。

絶対的なトップダウンの権力構造は、日産社内ではゴーン被告に対する個人崇拝が進み、「CEO 案件」、「CEO リザーブ」といったゴーン被告の活動は不可侵領域とみなされた。一方で、ゴーン被告が理事と執行役員以上の人事と報酬に関する権限を実質的に掌握2 することで成立した。そうした結果の一つが、金融商品取引法違反と特別背任事件だろう。

雰囲気の分析

日産ビル

そんな日産のグローバル本社内の雰囲気は、東京都心の企業と違い、少しゆったりとし て穏やかだ。人事部門のベテラン社員は「良い意味でも悪い意味でも寛大な社風」と語る。日本人、外国人の社員たちも「なんだかんだとあるが、居心地が良い」と話している。

筆者は2017年から2019年にかけて日産に勤務した経歴があるが、観察した限り、日産の従業員には、面倒見がよく優しい人が多い。おそらく、ルノーとのアライアンス締結以降、日産の海外現地法人からの転勤者も含めて、外国人が多い職場となっただけに、多くの日本人がそうであるように、日産の日本人従業員は、親切心を見せることが当たり前の人が多いように映った。そのような振る舞いはごく自然になされており、日産が持つ良い文化だと思う。
しかし、この居心地の良さが、時として不正の落とし穴になる。人間は社会的な生き物であり、個々は弱い存在だ。そのため、自分が安心できる場所、ここに留まっていたい と思える場所、つまり居心地の良い場所が、人間の持つ「所属欲求」を満たす場所とな り、安心感と幸福感を得るに至る。
終身雇用が崩壊して久しいとはいえ、まだまだ特定の企業に長く勤める日本人が多いだ ろう。日産の社員も例外ではない。だが、所属欲求が満たされる幸福な場所の中には、自分の意見を言うよりも周囲との同調を求められるといった「集団圧力」が働くケースがある。
集団圧力が生じると、中にいる人は、幸福感を得られる場所にとどまりたいがために、自分の考えや意見を飲み込んで周囲の意向に合わせ、疑問を持ちながらも「これが 正しいのだ」という集団思考に陥ってしまう。
この集団思考を生んでしまう職場に不正を生む、あるいは、助長させる落とし穴ができる。

集団思考が見過ごす不正

集団思考

例えば、明らかに役員が社内規定以上の経費の使い方をし続けていて、誰もそれを指摘できず、放置されていたとする。その役員が人事権を握っているため、指摘したくても、自分の首が飛ぶことなどを想像すると、支配下にある従業員は怖くて誰も疑義を呈せない。
一方で誰かが、「役員なのだから、一般社員と違って、多少の経費支出は許されているのだろう」「役員なのだから、外部との会食の頻度が高かったり、金額が高額になったりするのもやむを得ない」「業務上、何か特別な事情があったに違いない」などと言ったとしよう。
そうすると、役員の経費を問題視していた人は、そのような根拠のない、都合の良い解釈に納得していなくても、職場の居心地が良いだけに、周囲の解釈に合わせてしまう。つまり、集団思考に陥ってしまった結果、もはや誰も役員の不正を止められなくなってしまう。
行動心理学では、集団思考に陥る要因として3つの条件を挙げている。

  1. 集団が外部から隔絶されている
  2. 集団の中の人間に高いストレスがかかっている
  3. 支持されるリー ダーが存在する

この例に当てはめると、経費の不正支出をしている役員が特定の部門のトップであり、意思決定の権限を握っているとすれば、役員の支配下にあるその集団は①の「外部から隔絶されている」場所とみることができる。他の役員や監督組織からのチェックも入りにくい場所と考えてもよい。
②の「高いストレス」は、不正を指摘すれば首が飛ぶかもしれない、という想像が出てくる時点で、ストレスの高い場所と言えるだろう。③のリーダーであるこの役員が支持されているか否かという点は属人的な要素が影響するが、一般的に役員といった経営幹部に対しては敬意が払われているため、リーダーであるこの役員は支持されているとみることができる。

居心地の良く、同調圧力が働きやすい職場に、強欲や権利・特権意識の強いリーダーがいた場合、不正が起きやすいと推察できる。

そうした環境、職場における不正の構図は、前回記したゴーン被告の分析やグローバル企業の現地法人代表の例からも明らかだ。まとめれば、不正を発生しにくくさせる土壌は、異論や反論、問題点の指摘を受け止める土壌があり、問題があれば、高い透明性をもって解決し、内外に説明責任を果たせる組織作りが重要だといえる。

人事部門の協力も必要

協力

組織作り、土壌改革においては人事部門の働きも重要だ。人事部門は採用や報酬の決定を司る部署であることは言うまでもない。
もし、人事部門がある幹部社員や役員に対し、公表していない採用方法や報酬体系を適用し、優遇したとしたら、何が起きるか。
特別な採用枠、報酬体系で採用されたその幹部・役員は、「自分は特別な社員なのだ」 と自負しておかしくない。採用側や周囲もそのように見ていたら、その幹部に対して物言いをすることをはばかる人も出てくる。そのようなはばかりが、社内あるいは部署・部門内に広がっていったとしたら、その職場は不正が起こり得る環境になる。

総務やコンプライアンス担当部署は、社内で起きた不正に対処し事実確認などを行うのが一般的だ。しかし、会社や組織を不正が起きない、あるいは起こりにくい体質にするには企業文化や土壌改革が必要であり、それを実現するには、人事部門との協同作業が不可欠だと考える。不正対応、コンプライアンス対策は、突き詰めて言えば、いち担当部署だけでできる業務ではなく、部署横断、全社的な取り組みだと考える。

日産に話を戻せば、内田CEOが宣言した通り、社内風土の改革を進め、日本国内でもグローバルでも輝きを取り戻してほしい。口に出せない思いや考えを胸に秘めて働いている従業員は多いと想像する。職位に関係なく、これまでより前向きで建設的な議論をできる組織になってほしいと願っている。

おわりに~横浜マリノスの事例から

日産スタジアム

ゴーン被告が東京地検特捜部に逮捕された 2018 年 11 月 。筆者は日産の子会社の ひとつ、横浜マリノス株式会社の黒澤良二社長らと、同社のコンプライアンス体制強化について、議論をしていた。

私たちは新聞にあった一本のコラム記事に目を止めた。「エモーショナル・コンプライアンス」を掲げる弁護士が投稿したコラムだった 3 。その内容は次の通りだ。

「社員を締め付けるだけのコンプライアンス対策は、かえって隠蔽を蔓延させる。監視・監督を強めることが、結果的に不祥事を誘発しているといっても過言ではない」

つまり、社員が間違ったことをして処罰をするコンプライアンスより、社員が「内発的動機に基づき行動」し、正しいことをしたときに評価をする。それによって、「社員の(嬉しいといった)素直な気持ちを引き出すようにする」コンプライアンス施策を考えるべきだ、とそのコラムは指摘していた。

黒澤社長はこの記事を読んで、「正しいことをするコンプライアンス」について彼なりの実践に取りかかった。具体的には、それまで社員有志がボランティアで続けていたマリノスの地元である横浜の子供たちとの交流活動を、黒澤社長は全社員に対し、必修の活動として取り組むよう求めた。その狙いは、地元の子供たちとマリノスの社員たちが触れ合う交流活動を続けることで、普段以上に「横浜マリノスの社員」であることを意識させることにある。

地元の子供たちと関わる大人が、職場や仕事中、あるいは私生活で、世間から批判、非難されるような振る舞い、行いはできない。当然、社員一人一人も地元の子供たちと触れ合うことに喜びを感じているはずだ。子供たちを裏切るような行為はできない、という自制心が働けば、社員による不正、不祥事もなくなると考えたと筆者は理解している。

その結果ともいうべきか。横浜マリノスは 2019 年シーズンに J1 で 15 年ぶりの優勝を果たした。マリノスというチームを裏から支える社員たちの正しい振る舞いや行いが、シーズン終盤の激戦で連勝を重ねたチームに、見えない大きな力や影響を与えたのだろう。横浜マリノスでの企業文化や雰囲気、土壌改革の試みが、J1 優勝という形となって表れたと、筆者はみている。


【参考文献】
1 日本経済新聞 2019 年 12 月 3 日付朝刊
2 日産自動車 「改善状況報告書」 2020 年 1 月 16 日
3 増田英次 私見卓見「『正しいことをする』を人事評価に」 2018 年 11 月 13 日付日本経済新聞朝刊

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