フィルターバブルとは

フィルターバブルとは

フィルターバブル (Filter Bubble) は、インターネットの履歴が蓄積され、ユーザーの求める情報が自動的に選別されることで、見たくない情報を知らぬ間に遮断してしまう状態を指す。

インターネット活動家として知られるイーライ・パリサー氏による造語だ。2011年に出版した『The Filter Bubble』(日本語版『閉じこもるインターネット』、2012年)の中で、インターネットの影響が大きくなることで、我々各人は知的孤立に陥ると指摘した。

我々が接するインターネットのサイトでは、各人の履歴が残る。検索や閲覧履歴をベースとしたアルゴリズムにより、各人にはレコメンド行為が行われる。同時に、各人が見たくないような情報を遮断する機能(フィルター)が発揮される。すると、まるで「泡」(バブル)の中に包まれたように、自分が見たい情報しか見えなくなってしまう。

フィルターバブル状態が続くと、我々は次第に自分の考えと対立する視点に触れることができなくなる。自分が見たい情報、見ると心地よい情報だけがレコメンドされて、眼前に現れる。最終的には、自分に都合の良い情報しか知覚できず、社会から知的に隔離されるようになる。全員が「裸の王様」になる世界だ。

リコメンドが社会を変えてしまう

リコメンドが社会を変えてしまう

筆者はAmazonの音声サービス“Alexa”を愛用している。

先日、帰宅するとAlexaの端末が黄色く点灯している。荷物でも届いたかなと思い、「Alexa、通知はある?」と質問すると、即座に「先日購入した歯間ブラシがそろそろなくなる頃です。注文してはいかがでしょうか?」と。

事ほど左様に、現代に生きる我々はレコメンド(推奨)機能に囲まれている。日用品など商品・モノだけでなく、ニュースなどの情報獲得においても、レコメンド機能が発達したことで、社会の在り様自体が変化してきた。

あなたが見ている世界は、他人のそれとは異なる

あなたが見ている世界は、他人のそれとは異なる

我々個々人が見ている世界は、客観的に先天的に存在していない。『「クララが立った」を英訳せよ!』(2021年2月26日)で述べた通り、この世界は我々が言葉という道具を使って認識することで、はじめて存在する。言葉が表す事象は人によって異なる。このため、個々人が見ている世界は、個々人が創り出す固有のものであり、万人共通の客観的世界ではない。

通常、我々は、世界が万人に等しく先天的に存在しているように感じている。これは、同じ共同体を形成している多数の個人が、年齢とともに同じような情報を獲得し、同じような経験をするためだ。

「錯覚」が共同体の連帯をつくる

同じ情報や経験を持った個々人が、個々の言葉を使って固有に作り出す世界。これら個々の世界は実は本質的にそれぞれ独立したものだが、同じ情報や経験を基盤としており、相互に類似性が高い。このため、我々は共同体内で皆が等しく客観的な世界を共有しているという「錯覚」に陥ることが“できる。その錯覚によって共同体内での連帯が形成される。

個々人の見ている世界は、個々人に閉じた存在で、個々で独立した存在だ。しかし、同一共同体内での個々人は、知覚方法と知覚対象が類似しており、実際は個々人に閉じた存在である個々の世界が、同一共同体内で開いた共通の存在に疑似的に見えているのだ。

だからこそ、我々人間の共同体が維持され、我々も共同体と共存できる。

見たいものだけを見る私

見たいものだけを見る私

フィルターバブルの怖さは、自分が属している共同体の他者と異なる情報を浴び続けることだ。

個々の世界を創り出す元である情報が類似しているからこそ、共同体は維持される。しかし、個々人固有の選好する情報だけを受けた個人が見る世界は、他者と相違性が上昇し、共同体として(疑似的だが)共有する価値観や座標軸から遠ざかる。

共同体としての価値観や座標軸は、共同体の精神的安定性の要だ。宗教や文化はもとより、君主国における王室、先史民族における聖地、道徳や生き方など、我々人間は、共同の価値観や座標軸を他者と共有することで、精神的に安定した生を生きる。

個々人の見る世界は、それぞれ小さな粒子のようなものだ。それら無数の粒子は、共同体内において共通の経験や情報を接着剤として、共同体全体としての疑似的な共通世界として存在していた。

「接着剤」をなくす社会

フィルターバブルはこの「接着剤」をなくす作用を持つ。

「人間はみな自分の見たいものしか見ようとしない。」というカエサルの名言がある。カエサルの生きた世界から既に2000年余が経過した。フィルターバブルによって、我々は「見たいものだけ見る」時代に迷い込んだ。共同体の価値観や座標軸は希薄化する。

アノミー生成による自殺増、ポピュリズムの台頭

アノミー生成による自殺増、ポピュリズムの台頭

共同体の共通の価値観や座標軸が我々に提供していたのは連帯であり、精神的安定性であり、共通の理性だ。フィルターバブルによって、連帯などは喪失される。連帯の喪失状態を、フランスの社会学者デュルケームは「アノミー」と呼び、「アノミー」の発生が自殺数を引き上げると指摘した。

コロナ禍によって中年の失業者の自殺が増加するという予測がされた。しかし、コロナ禍で最も自殺数が増加したのは、子供や女性だった。ネットに触れる時間が多ければ多いほど、フィルターバブルに陥る可能性が高い。彼ら彼女らが連帯を喪失し、精神的安定性を欠いたことは想像に難くない。

トランプ支持者にはトランプ肯定論しか届かない

トランプ支持者にはトランプ肯定論しか届かない

共同体としての座標軸がなくなることで、政治的な分断も起こりやすくなる。

米国の大統領選挙が好例だ。トランプ前大統領の支持者は、トランプ氏を肯定する情報だけを浴びる。

不支持者はその逆だ。支持と不支持はお互いの接点や合意点を模索することなく、均衡点を見出す努力もできない。フィルターバブルに陥っているからだ。結論は単なる発散だ。

有名なゲーム理論「ビーチのアイスクリーム屋」では、政治的な(イデオロギー)対立はお互いの合理的な行動によって、似通った中立的なものになるという結論だった。しかし、世界で巻き起こっている政治的な対立は、ゲーム理論の帰結とは相反するものだ。

フィルターバブル対策と伝統メディア

フィルターバブル対策と伝統メディア
 
全国紙など伝統的メディアは、ネット時代になって地位低下が叫ばれているが、フィルターバブルの泡をはじく役割として、その重要性はむしろ増している。複数の伝統的メディアの社説を継続して読むことも一つのアイデアだ。時にはネットから離れて、じっくりと講演を聴いたり、古典を読んだりするなど、情報獲得の多様性を確保することも有効だ。

意識的にフィルターバブルからの脱却を

自動的に送られてくるレコメンドを追随する生活は、一見すると楽であり、効率的に感じられる。

しかし、その行動様式こそが、自分の生活のよりどころであるはずの共同体的価値観や座標軸からの脱落を生み出すことになる。

我々は常に、フィルターバブルに自らが陥っていないかということを批判的に自己観察しながら、思考と行動を繰り返す生活を迫られている。

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