サウジアラビアが挑む本気の「脱石油」 日本にとっても巨大な好機に

中東最大の産油国、サウジアラビア。石油確認埋蔵量は世界第2位で、日本にとってはアラブ首長国連邦と並ぶ最大の原油輸入相手国だ。だが同国は現在、原油に依存する経済からの脱却に向け、大転換をもくろんでいる。一体何が狙いなのか。

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7月の岸田首相訪問で打ち出された両国の関係強化

7月の岸田首相訪問で打ち出された両国の関係強化

アラビア半島の大部分を占めるサウジアラビアはアラブ人の原郷であり、アラビア語発祥の地であり、イスラム教の歴史的中心地である。西を紅海、東をペルシャ湾に囲まれ、イラク、ヨルダン、クウェート、オマーン、カタール、アラブ首長国連邦、イエメンと国境を接し、バーレーン、エジプト、エリトリア、イラン、スーダンとは海上国境を接している。

同国は西アジア最大の国家であり、面積は200万平方キロメートルを超える。これはフランス首都圏の約4倍にあたり、メキシコよりやや大きい。人口は3218万人(2022年)で、首都と最大の都市はリヤド、使用言語はアラビア語だ。

同国民の85〜95%がイスラム教スンニ派で、10〜15%がシーア派。イスラム教の聖地であり、預言者ムハンマドの生誕地であるメッカがある。

伝統的なイスラムの系統に沿ったサウド家によって統治されており、現行経済の主力産業はエネルギー分野。中東最大の産油国であり、同国の石油確認埋蔵量は世界第2位の2660億バレルと推定されている。しかし同国は現在、この地下資源からの脱却に向け大転換を目指している。

2023年7月、岸田総理がサウジアラビアを訪問し、同国のムハンマド皇太子兼首相兼経済開発評議会議長と会談を行った。会談では、両国が戦略的パートナーとして地域の安定化に向けて一層緊密に連携するため、外相級戦略対話を設置することで合意したほか、サウジアラビアが進める社会経済改革「サウジ・ビジョン2030」への揺るぎない日本の支援も改めて表明された。

岸田総理は、2016年に合意した両国の協力枠組み「日・サウジ・ビジョン2030」の第二章を「ザ・ジャーニー」と銘打ち、先端分野や医療・ヘルスケア等の分野における協力を一層拡大させていくとしたほか、中東地域を次世代燃料や鉱物資源供給のグローバルなハブにしていくために同国と協力していきたい考えを述べた。

これに対し、ムハンマド皇太子は岸田総理の訪問を歓迎し、「日・サウジ・ビジョン2030」の下で、幅広い分野で引き続き両国が緊密に連携していきたいという旨を述べ、両国の関係強化を確認した。

今回実施されたトップ会談は、両国の政治的観点のみならずビジネス機会創出においても、大きな飛躍につながる可能性がある。日本がその飛躍に向けたトリガーを引くタイミングとして、「石油大国を脱却したい」というサウジアラビアの転換点は絶好の機会となり得る。

巨大な新都市「NEOM」 規模はベルギー一国に匹敵

巨大な新都市「NEOM」 規模はベルギー一国に匹敵

このトリガーのなかでも大きな比重を占めるのが、「NEOM」(ネオム)と呼ばれるものである。NEOMとはサウジアラビアが「サウジビジョン2030」で掲げる目玉のスマートシティープロジェクトだ。紅海の北、サウジアラビア北西部で計画されている産業都市で、総面積は2万6500平方キロメートルで、ベルギーの国土(3万690平方キロメートル)に匹敵する規模。海岸線は紅海沿いの450キロメートルに及ぶ。

NEOはラテン語で『新しい』を意味し、Mはアラビア語の『未来』を意味する。サウジアラビアはここに未来、それも持続可能な未来を構築するつもりなのだ。広大な敷地で、その40%は飛行機等(空飛ぶ車なども含む)を輸送手段とする。一方、計画の当初から開発に関しては、土地活用は5%に限ると設定し、95%は環境を保存し、自然をそのままに残す計画だ。

スマートシティーは、世界的に注目されている未来プロジェクトだ。日本政府も「統合イノベーション戦略2021」において、第6期基本計画の重点施策の1つとして位置付けている。日本各地でスマートシティーへの取り組みが進められているが、サウジアラビアの巨大プロジェクトの前では国内の取り組みはかすんでしまう。

ただ、サウジアラビアの巨大プロジェクトは日本にとってもチャンスだ。日本企業による製品供給だけでなく、コンテンツやホスピタリティマネジメント等のソフトコンテンツも大いに寄与できるビジネス環境になり得る。大手企業のみならず、中小及びスタートアップ企業等が自社技術を輸出できる機会となる。

日本‐サウジアラビア両国関係強化のそもそもの始まりは、2017年3月、安倍前総理とサルマン国王により、両国の発展の礎となる新たな戦略的パートナーシップの羅針盤「日・サウジ・ビジョン2030」が発表されたことだった。このイニシアティブの下で制定されたのが「サウジビジョン2030」で、活気に満ちた社会、繁栄する経済、そして行動する国家を、石油収入に依存しない形で実現しようと明確な目標が定められている。その中の目玉プロジェクトの一つが、NEOMというわけだ。

NEOMプロジェクト関係幹部は、持続可能性はNEOMの一貫したテーマだという。「プロジェクトが完成する2030年に振り返ったとき、95%の手つかずの自然に対しても、5%の開発した土地に対しても、誇りを持つと確信している」と言い切る。

そしてこの広大な敷地は、既存の政府の枠組みから外れた「準独立」のフリーゾーンになるとされ、そのかじ取りはプロジェクトのために創設されたNEOMという半官半民の会社組織に託されている。

この「準独立」というキーワードは、特に事業運営の観点でユニークといえる。NEOMは、準独立のフリーゾーンとして、独自の法律、規制、当局を持つことが特徴だ。簡単なことではないが、免税等の他多彩なインセンティブを付与した非常に競争力のある自由特区とすることを想定し、実現に取り組んでいる。

また、同地にはビビッドな研究関連施設の設置も検討されている。最先端の発想や技術開発力を保有する各国の大学、研究機関、企業関係者に新規開発を実践する場として研究施設を提供し、研究テーマ等の取り組みに投資を行うことで、脱石油モデルに向けたイノベーションハブを実現していきたい狙いがある。

このNEOMに関与し、準独立型エリアを活用することで、日本企業等にとっても開発促進や様々なビジネス展開が可能になる。具体的には、重要鉱物の探査や精製、太陽光発電の整備、水素・アンモニアの製造・利用、e-fuel の活用といった再エネ分野、交通・インフラ分野、ソフトコンテンツを含めたホスピタリティマネジメント分野(医療施設、商業施設、宿泊施設等)など、多方面の分野でポテンシャルが見込める。

また、巨大なインフラ施設となるため、事業推進にはファイナンススキームも不可欠となり、PPP(官民連携/Public Private Partnership)等は有効な手段となり得る。

クリーンエネルギー協力は両国にとってWin-Win

サウジアラビア側は7月に岸田総理が同国を訪問した際、2国間の協力枠組「クリーンエネルギー協力のための日サウジ・ライトハウス・イニシアティブ」を提案した。これは、バランスのとれたグリーン・トランスフォーメーションの推進のために、緊密に連携していくことを確認する内容だ。

具体的には、両国が、CO₂排出ネットゼロ及びクリーンエネルギーへの戦略を認識し、クリーンエネルギー協力のための日本‐サウジアラビア間のライトハウス・イニシアティブを設立することを目的としている。また、このイニシアティブは、欧米等主要国がネットゼロ戦略に向けた戦略とロードマップを開発する際の道標となることも狙いとして提案され、日本がこれに同意した。

サウジアラビアは、脱炭素化と2060年までのネットゼロの達成に対する強い野心を持っており、グローバルマーケットへのエネルギー製品供給の販売チャネルを武器に、世界的に安価な再生可能エネルギーとクリーンな水素供給をもくろんでいる。

日本も、2050 年までのネットゼロ達成のための脱炭素化への強い戦略を持っており、クリーンエネルギー技術ソリューションの世界的な先駆者でもある。関連技術の提供先として、サウジアラビアが対象国の一つとされており、まさに両国にとってWin-Winな関係を構築した内容となった。

ライトハウス・イニシアティブ推進によるメリットは、クリーンエネルギープロジェクトと持続可能な先端材料におけるサウジアラビアと日本のリーダーシップを示せることが大きい。それは、持続可能なサプライチェーンの強靱性を確保するための橋頭堡ともなり得る。

日本側がクリーンエネルギー、鉱物資源、エネルギー開発に必要なサプライチェーンのビジネス展開を支援することで、サウジアラビアと日本の先進企業の参加が促進され得る。その結果、既に継続中の協力関係が拡大されるとともに、再生可能エネルギーのための新規部材等の開発も可能になる。

このパートナーシップは、先述した関連ポテンシャルビジネスに加え、水素とアンモニア、e-fuel(合成燃料)、カーボンリサイクル、直接空気回収技術(※)、重要鉱物を活用した持続可能な先端材料開発等の分野に焦点を当て、クリーンエネルギーへの移行を導くプロジェクトを形成していくことができる。

また、両国の戦略、先進企業・機関を組み合わせることにより、クリーンエネルギーと鉱物資源のサプライチェーンにおける協力を促し、クリーンエネルギーの市場を拡大してコストを低減させるとともに、サプライチェーンをより強靭なプラットフォームに置き換えていく道が切り開かれることが期待できる。

今後の取り組みを円滑に推進するために重要なのは、両国政府がロードマップの共同策定を進め、アクションプランを明確化することだ。それにより、グローバル及び国内法人、研究機関等に対してインセンティブを付与しつつ参画参加を働きかけることができる。日本企業等が脱石油の新しいビジネスチャンス創出に寄与していく環境整備が急務であり、国家が本気になったこの脱石油大事業転換を絶好のチャンスを、是非各企業の事業機会創出に結びつけていきたい。

※直接空気回収技術:大気中から直接二酸化炭素(CO₂)を回収する技術。回収されたCO₂ は、再生可能エネルギーや廃棄物エネルギーとして利用されたり、地中貯留によって大気中のCO₂濃度の削減に用いられたりする。

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