不正のトライアングル 「動機」「環境」「正当化」

ゴーン被告の不正とされる行為、その要因を分析するにあたっては、「不正のトライアングル」という概念が参考になる。不正のトライアングルとは、不正の発生には「動機」と不正を許す「環境」、不正行為の「正当化」という 3 つの条件、要素があるとする考え方で、アメリカの犯罪学者ドナルド・クレッシー氏とエドウィン・サンダーランド氏が考案した。

日産について言えば、事件前の社内にはゴーン被告とその直属の幹部に人事や報酬を含む権限が集中し、一部の管理部署が外からは窺い知れない「ブラックボックス」と化していた「環境」があった(2)。

幹部版不正のトライアングル

日産本社

その不正のトライアングルを経営幹部の分析に当てはめた考察がある。アメリカ人の公認不正検査士ローラ・ダウニング氏による「経営幹部版不正のトライアングル」だ。ダウニング氏は不正を犯しうる経営幹部に共通する特徴として、金銭、地位、肩書、権威、特権、奉仕などを欲する「強欲」、自分がより優れ、賢く、スキルを備え、優越すると考える「プライド」、そして、自分が金銭、地位、肩書、権威、特権、奉仕などに値すると考える「特権意識」が共通して観察される要素だという。

アメリカ・サウスカロライナ州にあるウォフォード・カレッジのライアン・ジョンソン准教授(会計学)はダウニング氏の考察を深化させ、不正を犯す経営幹部が「強欲」「プライド」「特権意識」を持つに至った理由を次のように分析した。

不正を犯す経営者について、ジョンソン准教授は

  1. 「強欲」になる理由は、「彼らは社会経済的に下位~中位の階層の出身であり、その境遇を克服し、そこに戻ることを望んでいない」
  2. 「プライド」については、「偉大な業績を達成するため大きなハンディキャップを克服してきたことで、常に自分がより優れ、賢く、スキルを備え、優越することを証明」
  3. 「特権意識」については、「彼らは 自力で生きてきたのであり、その報酬(金銭、地位、肩書、権威、特権など)は自らのものであるべきだ」

と、考えると指摘している(3)。

強欲とプライドと“父影”

出荷を待つ日産車

ゴーン被告の言動を考察するとどうだろう。
まず、「強欲」について。ゴーン被告についての書物を読む限り、彼が社会経済的に下位層の家庭環境で育ったという記述はない。

ブラジルで生まれ、両親の故郷であるレバノンで教育を終えた後は、旧宗主国フランスへ渡り、エリートの登竜門であるグランゼコールを卒業した。しかし、ゴーン被告はかつて著書のインタビューで次のように語っていた。

「フランスに落ち着こうと思ったことは一度もありません。フランスでは、私はなにも特徴を生かすことができません。そこでは、学歴が問題になるのです」(4)。

フランス語や英語など複数の言語を操り、エリート養成機関を卒業してもなお、ゴーン被告に「学歴が問題になる」と言わしめた要因は何だったのか。ルノー会長のジャンドミニク・スナール氏が貴族の出身であると報じられているように、フランスには階級社会が存在するが、ゴーン被告が学生時代を過ごした 1970 年代ではどうだったのか。ゴーン被告の家族環境に謎を解く鍵があるかもしれない。フランスの日刊紙「フィガロ」のレジス・アルノー東京特派員は、ゴーン被告の父親はレバノンで一旦は死刑を宣告され、その後も別の事件で逮捕・収監された犯罪者だった事実を過去の新聞報道から明らかにしている(5)。レバノンで父親の起こした事件を報じたのは、フランス語の新聞だったという。

推測になるが、ゴーン被告にとって問題になるのは彼の学歴ではなく、家族環境ではなかったか。そのような事情から、“もう過去の境遇には戻りたくない”とゴーン被告が思ったとしても不思議はない。

「プライド」については論を待たない。フランスの旧植民地で育ったゴーン被告は旧宗主国へ渡り、国を代表する企業でビジネスマンとして成功を収めた後に若くして就任したルノーの筆頭副社長のポジションから、傘下に収めた日産へと転じた。日産在職中や今年初めのレバノンでの会見でメディアに見せた自信に溢れた語り口や振る舞いは、自分が「より優れ、賢く、スキルを備え、優越」していると考えていると推察できる。

最近も「17 年間経営者として日産を導いてきた。業績を上げた。ブランド価値を挙げた」と雑誌のインタビューで答えてもいる(6)。また、上述の父親の過去が落としていた“影”を、ゴーン被告はビジネスにおける奮闘で克服してきたと見ることもできる。

特権意識と正当化

「特権意識」について。ゴーン被告は日産に着任後、リバイバル・プランの実行を掲げ、ステークホルダーと約束した期限を前倒しする早さで日産の業績を V 字回復させた。そうした実績から、2001 年には日産の取締役兼 CEO に就任し、2005 年には親会社のルノーにおいても取締役兼 CEO に就任した(7)。

ルノーと日産のトップに君臨したゴーン被告は、2016 年 10 月に現在の妻との結婚披露パーティーをフランス・ベルサイユ宮殿内のトリアノン大宮殿で開いた。同宮殿を私的なパーティーに利用できたのは、ルノーがベルサイユ宮殿へのスポンサーシップ契約(230 万ユーロ)を締結していたためであり、ゴーン被告らの結婚披露パーティーは約5 万ユーロ相当だったという(8)。さらに、この結婚パーティーから遡ること2 年半ほど前、2014 年 3 月 9 日、ゴーン被告は自身の 60 歳の誕生日の夜、ベルサイユ宮殿に約 160 人の家族、友人、知人らを招き、日産とルノーのアライアンス 15 周年を祝うパーティーを開いていた。その費用は 63万 5,000 ユーロに上ったとされ、ルノー・日産 BV(RNBV)というオランダに設立されていたアライアンス関連企業に支払わせた(9)。

ゴーン被告は 2005 年から RNBV の取締役会長兼社長を務めていたが、日産はゴーン被告が「個人的な費用および RNBV の業務目的と無関係な費用として、少なくとも 390 万ユーロを支出」させたとみている(10)。ゴーン被告は今年初めの記者会見で、これらのパーティーについて、結婚披露パーティーは現在の妻キャロルの 50 歳の誕生日を祝うパーティーであり、5 万ユーロは会を切り盛りした業者への支払いであると説明。また、アライアンス 15 周年パーティーについては、自身によるホスト役も、スピーチも、アライアンスを祝うために集まった客のためにした行為であり、自身の誕生日は偶然重なっただけだとして、いずれも不正の意図を否定した。

加えて、ベルサイユ宮殿を選んだのは、ルノーがスポンサーであったことのメリットに預かったとゴーン被告は説明したが、こうした弁明は上述の不正のトライアングルでいう不正の「正当化」とみることができるだろう。ゴーン被告自身の言葉からは、ルノ ーのトップである自分が、ベルサイユ宮殿にかかるメリットを享受しうる立場であり、私的なパーティーを開くのは当然の権利、特権であろうと考えたとすると、ゴーン被告の「特権意識」が窺える。 なお、ゴーン被告側は最近になって、妻の誕生日の祝宴にかかった会場費5万ユーロの支払いを申し出たと報じられているが、会社として正当な支出であれば自ら弁済を申し出る必要はあるだろうか。

分析の妥当性

日産本社

経営幹部版不正のトライアングルは、かつて不正調査の対象となった経営者、経営幹部の事例にも当てはまる。あるグローバル企業の現地法人トップは、複数の企業を転々としながら、その法人のトップに上りつめた。業界に対するビジネス上の追い風もあり、そのトップが経営する法人は順調に業績を伸ばしていた。

このトップは業界や技術情報にはめっぽう強く、営業姿勢も強気だった。しかし現実には、下請けいじめさながら、取引先に業務を発注する見返りとしてキックバックを要求、蓄財していた。本社には秘密裏に会社の負担で月額 1万ドル相当(約 110 万円)の高級マンションにも居住していた。そうしたトップの振る舞いに、盲目的に従う部長層もいれば、調査のインタビューで憎悪に満ちたコメントを述べた幹部もいた。強欲さ、プライド、権利意識のいずれをとっても、ゴーン被告には及ばないものの、不正の要素を十分に兼ね備えた経営幹部だった。

一方で、ある日本企業の取締役クラスの中には、グローバル企業のトップに比べれば、わずかな金額の経費不正で職と地位を追われた者もいる。この取締役は、自身の力で新規 事業を立ち上げ、当該事業を社内で一番の稼ぎ頭に育てた。その強い自負心に対して、 期待したほどの評価をしてくれない会社への反感から、出張経費をごまかし、高級ブランド品などを経費で落とすようになった。不正経費を認めた取締役は、その動機について、「これくらい良いだろう、という自分へのご褒美のつもりだった」と語った。

程度の差はあるが、筆者は経営幹部版不正のトライアングルには合理性があるとみている。 では、こうした経営幹部による不正を発生させる要因は何か。次回は組織の土壌や制度面から分析を試みたい。


【参考文献】
1 日産自動車 「社内調査報告」 2019 年 9 月 9 日
2 日産自動車 「改善状況報告書」 2020 年 1 月 16 日
3 Ryan Johnson 「アメリカン・ドリームの影」、FRAUD MAGAZINE Vol. 65, Association of Certified Fraud Examiner
4 カルロス・ゴーン、フィリップ・リエス 『カルロス・ゴーン 経営を語る』 日本経済出版社 pp.77-78
5 レジス・アルノ― 「ゴーンがひた隠しにしてきた『父親とその過去』」 東洋経済 ONLINE 2020 年 1 月 16 日
6 週刊ポスト 2020 年 1 月 31 日号
7 日産自動車 ガバナンス改善特別委員会報告書 2019 年 3 月 27 日
8 CNN 「ベルサイユ宮殿の豪華挙式、ゴーン被告のためルノー負担か」、2019 年 2 月 8 日
9 Financial Times, “Lavish Versailles party exposes Carlos Ghosn’s major misjudgment”, 2019 年 5 月 15 日
10 日産自動車 「改善状況報告書」

関連記事

バルミューダ事例に学ぶインサイダー取引対応

2021年11月中頃、洗練されたデザインが人気の家電メーカー「バルミューダ」が華々しくスマートフォン市場に参入といった話題に、冷や水を浴びせるようなニュースがメディアを賑わせた。社外取締役によるインサイダー取引に係る社内規程違反と関係者の処分についてだった。本件を題材にインサイダー取引対応について考えてみたい。

「G」(企業統治)を忘れていないか 日本の脆弱なESG

ここ数年、「ESG」投資という言葉がすっかりと普及した。しかし、E(環境)、S(社会)、G(企業統治)という3の視座が統合されるようになったのは、つい最近の話だ。日本では、「E」や「S」を過度に重視し「G」の軽視が懸念される。株主と経営者の死闘の末、「G」企業統治が醸成された米国の歴史を参考に、日本の企業統治について考えた。

新生銀行の事例に学ぶ「有事導入型買収防衛策」 敵対的TOB過去最多

敵対的TOB(株式公開買付け)が増加している。2021年は10月までに8件と、すでに過去最高の水準となった。コーポレートガバナンス・コード(上場企業のための企業統治の指針)の定着、タブー視されてきた事業会社間の敵対的買収などが大企業でも見られる様になった事、アクティビスト・ファンドの活発化などが背景にある。この記事では、最近の敵対的TOBの動向とともに、敵対的買収の脅威が表面化してから導入する「有事導入型買収防衛策」について考察する。

ランキング記事

1

アシックスの逆襲「箱根駅伝着用ゼロ」から復活

2022年の箱根駅伝は、青山学院大学が6度目の総合優勝を遂げた。記録は自らの大会記録を大幅に更新する10時間43分42秒。この記事では、レースの高速化を支えるランニングシューズを例に、21年の大会で「箱根駅伝着用ゼロ」に沈んだアシックスの巻き返し戦略に焦点を当てる。

2

バルミューダ事例に学ぶインサイダー取引対応

2021年11月中頃、洗練されたデザインが人気の家電メーカー「バルミューダ」が華々しくスマートフォン市場に参入といった話題に、冷や水を浴びせるようなニュースがメディアを賑わせた。社外取締役によるインサイダー取引に係る社内規程違反と関係者の処分についてだった。本件を題材にインサイダー取引対応について考えてみたい。

3

2022年展望 中国 急激な規制から安定的な政策へ

中国は2021年、経済や文化、教育など様々な方面で、規制や制限を強化した。前年の急激な政策の影響を和らげるため、2022年の中国の経済政策は「穏」(安定)に変化していくとみられる。

4

「社史」を読んでいますか?企業分析の基本の「キ」

企業分析をする場合、対象企業の最近の業績動向を分析することは基本だ。同様に、対象企業の「社史」を熟読することも忘れてはならない。我々個人が出自や育った環境から逃れられないように、企業も創業からの歴史的な環境要因から逃れることはできない。

5

2022年展望 不動産 住宅販売のリスクは、金利動向次第

2020年から2021年にかけて住宅の売行きが増加して、特に戸建住宅の売行きが好調だ。しかし、世界各国でインフレが進行しており、各国の利上げ次第では日本の長期金利にも影響し、高額物件の販売にブレーキがかかる可能性もある。

人気のキーワード

海外スタートアップ情報はこちら!  寄稿・執筆者募集中