M&Aを活用したグローバル戦略 ~Nidecの事例に見る目的や特徴

2024年6~7月における当Frontier Eyes Online(FEO)論考記事へのアクセス件数を見ると、以前執筆した古い記事である“日本の産業は真のグローバル競争力を獲得しているか~世界における日本の産業力凋落の原因とは”※1に注目が集まったようだ。

真意は不明であるが、中国、北朝鮮、ロシア、中東に代表される、高まる“地政学リスク”、先行きが見えず進展する“円安リスク”、2024年2月22日に、日経平均株価終値の史上最高値を更新後、4万円を突破して以来、同年7月上旬まで振るわなかった株価など、グローバル事業やグローバル展開を見直す局面に来ていることもあるのではないだろうか。

本稿では、上記旧記事終盤に取り上げたNidecを事例に取り、小職が過去に執行した案件からの“学び”も踏まえ、関連テーマを考察してみたい。

※1:2023年11月17日公開 『日本の産業は真のグローバル競争力を獲得しているか~世界における日本の産業力凋落の原因とは

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Nidecの企業及び事業の概要

Nidecの企業及び事業の概要

和名ニデック株式会社。実は、2023年4月1日に、旧日本電産株式会社から社名変更をしている。※2
英語名は、以前からNidec Corporationだった。

近年、こうした電子部品製造業や化学品製造業などのB2B系製造業やゼネコン企業はTV CMにも力を入れていることはご存じの方も多いだろう。同社もしかり、共通項は知名度の低さを“自虐的に”取り上げ、社名を打ち出す戦法だと思われる。※3

1973年7月設立、京都府京都市南区に本社を構える同社は、元々、幅広い工業用モータを主要製品としていた。※4
現在、同社の代表取締役グローバルグループ代表に就かれている創業者永守重信氏の企業といった方が、納得感は高いのではないだろうか。

※2:https://www.nidec.com/jp/corporate/new-company-name/
企業サイト/企業情報/「ニデック株式会社」への社名変更について。
グローバルグループ一体経営をさらに進化させることを意図している。
また、https://www.nidec.com/jp/、企業サイト(ホームページ)の最上段では、TV CMの広告を紹介、キャッチコピーは「ニデックって、なんなのさ?」(2024年6月13日現在)
※3:同社サイトのトップページは、TV CMの紹介 https://www.nidec.com/jp/
https://www.nidec.com/jp/nidec/
※4:企業情報/企業概要は https://www.nidec.com/jp/corporate/about/outline/
また、企業サイトの「製品情報」https://www.nidec.com/jp/product/ では、中・大型モータ、小型・精密モータを最初に挙げている。

Nidecの経営戦略

Nidecの経営戦略

本稿のタイトルにも記載させていただいたように、同社経営戦略において、M&Aは重要となっている。実際、同企業サイトのトップメッセージのカテゴリーには、“M&Aの歴史”とあり、同社が同アプローチにより成長の軌跡を描いてきたことをうかがい知れる。※5

日本の製造業の特徴は、一貫生産(垂直統合型)とも言える。欧米の半導体事業、特に、アメリカのQualcommやNVIDIAなどに代表される、研究開発や設計を重視する、いわゆる“ファブレス”モデルと異なっていることだ。

戦略理論的には、“スマイルカーブ”※6という言葉があるにもかかわらず、実践している日系企業は少ないようにも感じる。伝統的な理念として、“モノづくり”があるからだろうか。

部品メーカーは、部品群から構成される一つの “塊”である“モジュール”、さらには“複数モジュール”の総体である最終製品といった、バリューチェーン上で川下、最終(利用)顧客へ直接販売(見方を変えると、“下請け製造から脱却”)できるものの方が、付加価値を提供できる(収益力を高められる)という戦法が、小職の長年の経営コンサルティングから導かれた示唆だ。

同社のM&Aの歴史を詳しく見てみよう。

前述の“M&Aの歴史”のサイトの冒頭には、同社が「M&Aを戦略的に活用」、「『回るもの、動くもの』に特化し、技術・販路を育てあげるために要する『時間を買う』」、すなわち、“Time to Market”という考え方を重視していることが述べられている。

1984年という早期、日本の製造業の大半が国内市場を主戦場としていた時代から同社はM&Aを開始し、2023年11月までの40年間に、合計73件を手掛けている。中には資本参加した複数社を統合し、傘下に収めるといった案件も含まれているようだ。

図表1_同社のM&A件数推移

年度別に見ていると、(円高であった1997年度を除き)2010年代初頭までは、各年1~3社程度であったのに対し、2012年度以降(2018年度まで)は、おおむね年間5件以上と件数が増加しているのがわかる。

図表2_地域別

地域別では、2010年代初頭までは、国内が7割であったのに対し、以降、国内は2割弱へ減少、欧州を始めとした海外への買収案件が8割を占めるまでに変化している。別稿※7にて説明したように、M&Aのイン・アウト件数の増加傾向と合致している。

※5:https://www.nidec.com/jp/corporate/about/ma/
※6:スマイルカーブ理論。2000年代前半に電機産業で流行した付加価値分析。製品の製造工程は利益率が低く、上流の部品と下流のサービスの付加価値が高いというもの。横軸に製品の一生、縦軸に付加価値をとると、人が笑ったときの口のような形をした曲線を示す(日経ビジネス電子版)。
https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/00107/00132/
※7:「【回想録】 内側から見た経営コンサルティング(MC)の歴史 (後編) ~世界を巻き込んだリーマンショック フリーランスを経て、再びファームへ」の「FASやTAS、DXコンサルティングの拡大」の中での、MARR Online記事によるイン・アウト件数の増加を引用。

NidecのM&Aの目的

買収対象とした企業または部門の事業内容を見てみよう。

企業を丸ごと一度に買収するのみではなく、その一部門や地域会社を買収しているのも同社のM&Aの特徴だ。
例えば、1992年や2000年のシーゲート社の国内部門やタイのモータ部門の買収、登記上の拠点が北米であるEmerson Electric社からの2010年のモータ&コントロール事業、2017年の欧州モータ事業、ドライブ事業の買収などが挙げられる。

図表3_製品移行

また、従来のモータや電子部品といった部品よりも、FA・産機(産業機器)、車載、プレス機といった製品を買収対象とし始めていることも顕著だ。2011年度までは、モータや周辺部品が全体の8割以上を占めていたのに対し、2012年度以降は、これらが約半数へと減少し、製品が全体の5割を占めるに至っている。

モータは超小型から、産業用途の大型(発電機含む)まで多種多様であり、同社はその製造販売を担っている。また、意外と知られていないのかもしれないが、自動車はもとより、FA・産機には多数のモータやサーボモータ※8が使用されている。

実際、“中長期戦略”※9のサイトにおいても、「M&Aを重要戦略と位置付けて」と同社は強調。単なる売上規模の拡大を目指したものではなく、繰り返しとはなるが、「モータ他、車載や家電・産業・商業用途の市場へ進出するために、従来持っていなかった技術、製品、商流を獲得すること」と、目的を明示※10。以前の「グローバル競争力」に関する論考記事※11で仮説として位置付けていた“市場参入の時間的価値を重視”とも一致している。

※8:サーボモータとは、一般的なモータと比べて指示(電子信号など)に対し、忠実に、俊敏かつ高速で正確に動くモータ。サーボモータは、モータ単体のみではなく、モータを動かすドライバ(駆動装置)、位置(角度)/速度/回転力(トルク)を指示するコントローラで構成される。モジュールとして、モーション・コントローラと呼称されることも。コントローラは、シーケンサーやPLC(Programmable Logic Controller)と呼ばれることもある。
※9:同社企業サイト、株主・投資家情報/経営情報/中長期戦略目標 https://www.nidec.com/jp/ir/management/strategy/
※10:本記事執筆開始当初(2024年6月)の同サイトの記載事項。現在は、この表現が割愛されている。
※11:前述※1と同様、「日本の産業は真のグローバル競争力を獲得しているか~世界における日本の産業力凋落の原因とは」(2023年11月17日公開)

M&Aによる連結売上高へのインパクトや特徴

図表4_買収企業売上高合計(年度別) 図表5_買収企業売上高合計

連結財務情報が公開されている2005年度から2023年度について、買収企業の売上高※12をグラフに示してみた。単年度では、買収は、件数にして年数件、金額では3桁億円(数百億円規模)が一般的であり、同社連結売上高に占める比率は数%~十数%と2割以下。買収による売上高増加の影響は少ないように見受けられる。

しかしながら、買収当該年以降も同等の売上高を上げていくという前提を置いて累積で見ていくと……。

2023年度時点で、買収案件の売上高合計は、9,700億円を超過。連結売上高に対する比率も4割を超えるに至っている。同数値は2005年度以降についてのため、1983年度から2004年度にかけてもざっと概算してみた。

3分の1程度のペース(各年度約170億円)で買収が発生、買収が発生した同12カ年(M&Aを行っていない年数を除く)の間で合計2,000億円程度の売上規模の買収がなされていたと置くとM&Aによる相当売上高は合計1兆1,800億円となり、2023年度の連結売上高2兆3,500億円のうち、約5割が買収からの売上となる。同社の成長はまさしく、M&Aを起点としたものであることが明白となる。

同社の多数のM&Aについては、しばしばメディアや大学講義などで取り上げられている※13が、小職が同社のM&Aの特徴に気付いたのは、とあるコンサルティング案件の市場調査においてだった。同社は、(超)大規模な買収を仕掛けるのではなく、国内外問わず、中小規模で“手頃な”規模の企業を探索しているようにも見える。

図表6_2021年プレス機グローバル事業規模

上記は、主用途が自動車製造向けであり鋼板を圧縮して成型する、プレス機の主要プレーヤーの例だ。Nidec社が買収したArisa(スペイン)は、相対的に中小規模であることがわかる。

その他の特徴としては、買収後、同社は企業へ「日本電産」または「ニデック」という社名を冠づけることや、既存の事業会社の傘下へ併合することが挙げられる。例えば、2023年3月に買収した緑測器という企業は、日本電産コパル電子(コパル電子は、日本電産が1998年に買収した企業)の傘下に併合された。現在は、ニデックコンポーネンツとなっている。

※12:同社ニュースリリース記事を主参考とした。買収完了年(記事公表年)ではなく、前年の売上高(概算額)の場合もある。
※13:「日本電産、過去最大買収の先に見据えるもの 約50件のM&Aを成功させた永守流の秘訣は?」(東洋経済オンライン、2016年8月3日)https://toyokeizai.net/articles/-/130091
や「M&A(Merger and Acquisition)と企業成長戦略」(神戸大学MBA経営戦略講義録、2013年)https://www.rieb.kobe-u.ac.jp/research/publication/newsletter/mba_back-issues/file/mba11-attached.pdf
「本業を通じたグローバルなCSR推進活動 - 日本電産の事例 -」(龍谷大学政策学部、2011年5月)https://www.policy.ryukoku.ac.jp/department/pdf/04document.pdf
など。その他、日本経済新聞、日刊工業新聞、日本M&Aセンターなどの記事。

統合後、元の企業はどうなっているのか?

統合後、元の企業はどうなっているのか?

日本企業が手掛けるM&Aについて、しばしば言われているのは、「統合後のシナジー効果が出ていない」こと(買収の失敗)だ。

例えば、日本の企業が海外企業を買収した後に、経営や事業の在り方・やり方を日本式に組み替える、外資系では当然のように行われる人員削減の効率化などを実施しない、など。

逆のパターン、すなわち、海外企業の傘下に入った国内企業においては、業務や同システムを“グローバル標準化”(世界市場を対象に、同一製品の製造・販売・メンテナンスなどには、企業グループ内で統一された業務プロセスや同情報システムの“標準”が存在している)することに、かなりの抵抗感を示すケースが多い。

そもそも日本企業は、対顧客サービス、同付加価値創造を理由に、「標準化を行うことによって同価値が損なわれるのではないか」という懸念を示す。

情報システムにおいても、メインフレーム時代の“作り込み”の特性からか、パッケージソフトにビルトインされたテンプレートへかなりのカスタマイズを施すことが、通例とされてきた。

標準化を行うことにより、機能(数)が低下し、これまで自動処理されていたものが手動化されるため、難色を示すのだろう。そのためなのか、外資系企業の場合、 PMI(買収後の経営統合)では、“チェンジ・マネジメント”※14を重視しているのかもしれない。

一方で、同社のM&Aの実績については、成長減速が行き過ぎた買収に起因するものだと揶揄したり、「失敗は存在しない」と豪語するグループ会長に対して「実は失敗であった」と公言したりする経営幹部もいるようだ。※15 例えば、子会社であるドイツの自動車部品メーカーGPM社が起こした顧客との賠償問題、TAKISAWA社に対する “同意なき”買収などだ。

※14:変革(移行)管理。一種のコミュニケーション戦略。変革受容度としての心理の遷移を統制する手法。当事者に対し、変革の必要性の認識や理解を起こしていくことから始まり、他人事ではなく当事者であるという意識を醸成、不足する能力や知見に関しては研修などを通して、意識だけではなく行動の変革までを達成していく。最大の障壁は、「どうしても受け入れ難い」という確固たる決意、意思だ。
※15:「ニデック、TAKISAWA買収で合意 『事前同意なし』で突破」(日経電子版、2023年9月13日)https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF129E70S3A910C2000000/
「日本電産、業績急悪化に潜んだ巨額買収のツケ ヨーロッパ買収企業が顧客とトラブル、損失に」(東洋経済オンライン、2023年2月10日)https://toyokeizai.net/articles/-/651556?display=b
「日本電産M&A戦略に異変!永守会長は大黒柱の車載・家電より『工作機械』に執着」(ダイヤモンド・オンライン、2022年12月2日)https://diamond.jp/articles/-/313407

最後に

Nidec社の内情は計り知れないが、M&Aが主流となる1980年代から脈々と受け継がれてきた買収が根付いていることから推察すると、日本式の経営にはそこまで“こだわり”なく、現地式のやり方を踏襲しているようにも見受けられる。

また、日本企業では再建型買収(買収企業の業績V字回復)や事業承継も手掛けているようだ。今後の同社の行く末を見つつ、またの機会に同社の動向からの示唆をご報告できればと思う。

(追記)
記事を書き終え、数週間経ったある日。

「ニデックの24年度Q1決算は過去最高、精密小型モータが好調

ニデックの2025年3月期第1四半期(2024年4~6月)決算は、売上高、営業利益ともに四半期業績において過去最高を更新」
と発表された。※16

※16:EE Times Japan記事(2024年7月24日) https://eetimes.itmedia.co.jp/ee/articles/2407/24/news084.html

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