2023年、ESGの「S(Social/社会)」はどうなるか。景況感がSの行方を左右する?

「ジェンダーの公平性」や「マイノリティの権利保護」といったESGの「S(Social/社会)」に関する動きは、アメリカの歴史に鑑みると好況時に進展している。その背景には、世論を形成する中間層の経済的・精神的余裕度の改善があると考えられる。逆に言えば、不況時にはESGのSに関する動きが後退する可能性があると言える。果たして、2023年のSの動向はどうなるのだろうか。

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景気に左右されやすいESGの「S」

景気に左右されやすいESGの「S」

ESGのSの進展には、すべての人を社会に包摂(インクルージョン)するという観点から、人類共通の重要性がある。道徳性と規範性がその原動力であり、崇高な目標と言える。

ただし、道徳性と規範性に原動力を求めるがゆえに、中間層が形成する世論に大きく影響を受ける性質を持つ。つまり、ESGのSは中間層の経済的・精神的余裕度に左右されやすいのだ。

アメリカの過去100年の歴史を振り返ると、好況時、つまりニューヨーク・ダウ(ダウ工業株30種平均)が継続的に上昇しているときにマイノリティの権利保護は進展している。

本稿では、アメリカで道徳性と規範性を必要とした諸運動が成功につながった時代の世相、経済状況を振り返りながら、今日への示唆(インプリケーション)を考えたい。

100年前からESGの動きはあった

100年前からESGの動きはあった

今から約100年前の1920年、道徳性と規範性という観点で2つの大きな動きがあった。

1つは禁酒法だ。禁酒法は、アルコール飲料の製造・流通・販売を禁止するものだ。

禁酒法を推し進めたのは、旧イングランドからの移民、清教徒(ピューリタン)だ。彼らは、旧イングランド中のオルガンを破壊し、ミサでの音楽を禁ずるなど極端な急進性を持っていた。清教徒らは、禁酒法を「人類史上初の高貴なる実験」と呼び、国民を扇動した。婦人キリスト教禁酒同盟(WCTU)の禁酒運動・教育も若年層の禁酒同意を促進した。

もう1つの大きな動きは、婦人参政権だ。テネシー州がアメリカ合衆国憲法修正第19条を批准する36番目の州となり、女性の参政権が認められた。

都市部限定ではあるが、マイノリティの受容も進んだ。マイノリティと白人との映画や劇場での共演が可能となった。性的マイノリティとのパートナー関係を公言する俳優も出てきた。

こうした禁酒法と婦人参政権が施行されるまでの20世紀初頭の20年間で、ニューヨーク・ダウは3倍に上昇している。1920年代に向けた好況が100年前のESGのSを後押ししたと言えよう。

不況が招いたSの逆回転。1930年代に起きたこと

不況が招いたSの逆回転。1930年代に起きたこと

1920年代までの好景気を支えたのはグローバリズムだった。3700万人の移民が1920年までの80年間でアメリカに入国。巨大企業が誕生し、自動車やラジオ、映画の発達が経済を刺激した。現代とも似た事象が多い。

脱線するが、同時期の1918年、パンデミック(スペイン風邪)が発生している。当時の世界人口18~20億人のうち5億人が感染したと言われ、終息に3年を要した。これもどこか現代と重なる印象がある。

1920年代の好況バブルは1929年に弾けた。ニューヨーク・ダウの大暴落で「大恐慌」時代が到来し、ダウはその後3年間も下げ続けた。1929年の高値から90%近い暴落だった。

アメリカは1930年にスムート・ホーリー法を定めて保護貿易政策を採用し、ブロック経済に突入。1933年には禁酒法が廃止された。社会のモラルよりも酒税が必要だったのだろう。

また、麻薬規制の強化を通じて、マイノリティへの差別も苛烈なものに逆戻りしてしまった。1930年に連邦麻薬局が設立され、初代長官としてアンスリーガーが選ばれた。

アンスリーガーは、アフリカ系、メキシコ系に人種差別的指弾を行った。特に、アフリカ系とジャズを侮辱的に名指しした。イエロー・ジャーナリズム(大衆向けに煽情的記事を掲載する新聞)は多くの大麻特集を組み、メキシコ系・アフリカ系などマイノリティが意図的に悪者扱いされたようだ。

不況の継続は中間層の家計を苦しめた。マイノリティへの寛容さは喪失され、イエロー・ジャーナリズムがストレス発散のはけ口となった。そして、ESGのSは後退した。

再びのダウ上昇と公民権運動の高まり

再びのダウ上昇と公民権運動の高まり

第二次大戦直後のニューヨーク・ダウは冴えなかったが、1954年から1965年にかけてダウは4倍近く上昇した。ESGのSの季節の到来である。

第二次大戦中もアフリカ系アメリカ人への差別は続いていた。彼らは一般の軍隊への参加は認められず、アフリカ系アメリカ人のみで構成する部隊で戦うことを余儀なくされた。

1950年代のSの胎動は、1955年の「バス・ボイコット事件」から始まったと言えるだろう。アフリカ系アメリカ人の女性が、バス乗車中に運転手から白人に席を譲るよう強要され、それを拒否したところ、逮捕されたのだ。これを機に、「バス・ボイコット運動」がアメリカ中に広がった。運動の指導者はキング牧師である。翌1956年に連邦最高裁は「バスにおける人種隔離は違憲」という判決を下した。

ニューヨーク・ダウの上昇、そして中間層の経済的余裕や教養水準の上昇は、世論を反人種差別運動のサポートに導いた。政治も公民権運動に対してポジティブに傾いていった。

そして、1963年8月28日に「ワシントン大行進」を迎える。20万人以上の参加者がワシントンD.C.で大行進し、人種差別や人種隔離の撤廃を求めたのだ。

そのときキング牧師が行った「I Have a Dream」という20世紀の奇跡とも呼べる演説は、世界中の心を震わせた。翌1964年、「公民権法」が成立した。

1965年には、アフリカ系アメリカ人の投票権に関する差別を禁ずる「投票権法」が成立。「バス・ボイコット運動」から「投票権法」までの10年間、ニューヨーク・ダウは大相場となっている。

21世紀の大相場は休止するのか? その時ESGは?

アメリカの過去を眺めると、ESGのSの亢進(こうしん)は好況時に観察される。逆に不景気時は中間層の経済的・精神的余裕がなくなり、Sは後退している。

好不況のサイクルとともに、ESGのSのレベルも前進と後退を繰り返す。ただし、ESGのSのレベルは同水準に留まらず、サイクル毎に上方に遷移している。

100年前、1920年のESGでは婦人参政権が導入された。また、公民権運動で有色人種など他のマイノリティの権利保護に光が当たったのは1960年代半ばだ。

それからさらに60年が経過した現代。2020年代に入り、主要先進国でESGが推進されている。その中身は公民権運動の際よりもさらに複雑で高度なSの追及となっている。

21世紀の世界の株式市場は大相場となった。GAFAなど大手IT企業が誕生し、スマホをきっかけとした新サービスが生まれ、新型コロナの影響も受けた。100年前のアメリカと似ていなくもない。

そのような環境のなか、2022年は様々な経済指標に黄色信号が灯り始めた。ニューヨーク・ダウも日経平均も冴えない。

2023年以降の景況感は果たしてどうなるのだろうか。景況感次第で、ESGも大きな影響を受けることだろう。

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