排出権取引とは?

排出権取引とは、二酸化炭素をはじめとする環境汚染物質(以降、温室効果ガスと言います)の排出量低減のための経済的手法の一つです。英語ではEmissions Tadingと言い、同義の和訳として「排出量取引」や「排出枠取引」などがあります。

20世紀末頃から世界的なアジェンダとなった温室効果ガス削減ですが、1997年に採択された国際条約(通称:京都議定書)において初めて各国の具体的な温室効果ガス削減目標が割り当てられました。そこで国全体として削減目標達成のためにこの制度の運用が開始されました。

世界の現状

排出権取引制度は2002年にイギリスにて世界で初めて導入されました。その後2005年にEUが本格的な制度運用(EU-ETS)に取り組み始め、以降世界の取引量の7割以上、EU全体の取引量の4割以上を占めてきた世界最大の制度となっています。

その他、ニュージーランド、スイス、カナダ、カザフスタン、韓国、中国などで制度運用が開始されていますが、いずれもEU-ETSに比べるとかなり規模が小さい状況です。

日本の現状

日本においてはかなり早い段階から環境省主導で制度導入に向けた試みがあったものの、国内版排出権取引制度施行のための基本法案が国会で可決されず、現在においても導入については足踏み状態にあります。

主な理由としては、企業による行き過ぎた介入、成長産業への投資阻害、マネーゲーム助長などといった懸念が挙げられています。ただし、東京都と埼玉県においては独自の削減目標設定と排出権取引制度の導入実績があります。

排出権取引の流れ

排出権取引の制度設計は未だ発展途上であり、既に導入済の国々でも多くがそれぞれ違う内容となっています。ここではその中で最も一般的な形式とされる「キャップ・アンド・トレード型」について解説をします。概ね以下のような流れで行われます。

  1. 排出削減目標の決定及び排出権の発行
  2. 排出権の配分
  3. 実際の排出量と排出権との差分発生
  4. 自力での削減努力または排出権取引の実施
  5. 実際の排出量と排出権の整合

①排出削減目標の決定及び排出権の発行

A国の基準年における排出量を100、削減目標をX%とした時、排出権は100−Xとして発行されます。削減目標値は、前出の京都議定書をはじめ世界各国共同で議論し、定められます。

②排出権の配分

A国としての削減目標が決定した後は、A国内の自治体や企業単位などに排出権を割り振ることで各々の削減目標を明確化します。この際、配分方法にはいろいろな方法がありますが、代表的なものとしては各対象単位(ここでは「施設」と言います)による入札によって決定する「オークション方式」があります。

③実際の排出量と排出権の差分発生

各施設が生産活動を行うとそれに伴って温室効果ガスが発生しますが、想定より多い、少ないなどの差分が生じることになります。

④自力での削減努力または排出権取引の実施

③で生じた差分について各施設は対策を講じなければなりませんが、排出権取引制度が使えない場合全て自助努力で何とかしなければいけなくなります。排出権取引が使える場合、排出権が余っているところから購入することで名目上の目標達成が可能になります。この際、基本的には値段が安いところから排出権が買われることになるため、削減に係る費用が少ない施設から実質的な削減が進むことになります。

⑤実際の排出量と排出権の整合

国などが定めた取組期間が終了すると、各施設が実際の排出した温室効果ガスの量とそれぞれが持つ排出権との整合確認が行われます。排出量が排出権と同一または下回っていればその施設は目標達成となり、逆に上回っていれば罰則を課されます。ただ、目標自体は国などの大きな単位毎に達成度合を測るため、全体を通して排出量と排出権が同一または下回っていれば目標は達成されたことになります。

排出権取引のメリット・問題点

それでは次に、排出権取引がもたらす具体的なメリットと問題点について見ていきましょう。

メリット①:排出権の売却益が得られる

当該制度は商取引ですので、温室効果ガス排出量を商品とした売買が行われることになります。したがって、排出権の余分がたくさんある施設にとっては当然のことながらその分だけ多くの金銭に替えることができます。このことにより経済的インセンティブが働くため、単に各施設に削減目標を割り振るよりもより高い削減努力を促す効果が期待できると言えます。

メリット②:ランニングコストが削減できる

排出量の削減について必要となる手間やコストは各施設によって違いがあります。それを一律に対応させるとなると、削減量あたりの”努力量”に不公平感や非効率性が生まれかねません。もちろん、最初の排出権振り分けの段階でそうした事情を考慮する前提ではありますが、実際にはより手間やコストを掛けずに排出量を削減できるところが率先して削減を進めることで、コスト的にも全体最適な形で運用できます。

メリット③:地球温暖化対策に積極的であるというPRができる

排出権取引制度を導入し各施設が積極的にそれを運用していること自体は、温室効果ガス削減という世界全体の目標に向かって努力している証であるため、対外的にそうした問題に対して積極的な行動を起こしていることがアピールできます。一方、見え方によっては環境問題をマネーゲームのネタにしているだけと捉えられる懸念もないとは言えません。そうした懸念が実際に日本国内で本格的な制度の導入に至っていない原因の一つになっているため、地道な啓蒙活動も必要になってくるでしょう。

問題点①:国際競争力に関する懸念

当該制度最大の懸念は、余力のある国や企業が十分な排出権販売を行うことで、元来多くの温室効果ガスを排出してきた先進国や大企業が積極的な削減に取り組まなくなる恐れです。産業革命以降、経済成長と温室効果ガスの排出量は比例関係にありました。つまり、これから本格的な経済成長を目論む新興国にとってこの制度は成長の阻害要因にもなり得ます。当該制度への過度な依存が起こると、新興国は排出権取引による経済メリットに、先進国・大企業は金で解決すると言う発想に甘んじる懸念があるためです。本来的には今後も持続的な経済成長と環境配慮を両立するための技術イノベーションを促す必要があるはずです。しかしながら、左記のような事態が起こると、実質的な温室効果ガスの削減は愚か、経済格差の是正と言う別の大きな問題にとっても良くない状況に陥る危険性があるのです。

問題点②:排出権価格が不安定

排出権の価格は他の商取引と同様に市場の需給によって基本的には決定されます。従って、供給側(排出権の売り手)が増えすぎると価格が下がり、逆の場合は価格が上がってしまいます。価格が安価になりすぎると削減努力に見合わないと言うことになり、削減余力のある施設が積極的に削減に取り組まないと言う事態が想定されます。逆に価格が高すぎると、買い手企業の負担が大きくなりすぎてしまい、これも制度の持続性が損なわれる危険性があります。

問題点③:行政コストが多大

これまで色々と説明してきてわかる通り、当該制度の設計、導入、運用にあたっては主には国の機関による多大なる労力を要し、結果的にそのことが遠因となって導入自体に二の足を踏むと言う事態が懸念されます。また、今後世界的に排出権取引制度が広まった際、国家間での制度格差が激しくなると、企業はより制度が緩い、あるいはよりその企業にとって有利なところに移転してしまう懸念もあります。こうした事態を招くと、結果的に排出の全体量を増やすなどと言うことに繋がりかねません。これを「カーボンリーケージ問題」と言います。

まとめ

地球環境に関する世界的な意識の高まりは、前述の通り20世紀末に京都議定書の策定という形で目に見えるものとして定着しました。その後、2015年に国連で採択されたSDGsによりその盛り上がりは更に加速していきました。

日本においても温室効果ガスの野心的な削減目標を掲げるなど、向こう10年の脱炭素の流れはかつてなく大きなものになります。そうした流れに伴って当然色々なビジネス機会も発現するでしょう。排出権取引はその代表的な一つと言えます。

しかしこのような制度も前述の通り多くの懸念や問題点があり、そのことにより未だ多くの国で本格的な運用には至っていません。これから色々と議論を深め、より持続性のある制度の登場が待たれます。

関連記事

成長と資本効率重視へ―日立製作所中期計画に見るKPIの変化―

日立製作所は2022年4月28日、小島啓二新CEO主導の日立製作所中期3ヵ年計画を発表した。リーマン・ショック直後、経営危機に瀕し、その後の事業構造・ポートフォリオ改革やESG経営で先行してきた同社の新中期計画の変化を読み解き、今後企業価値拡大にどのような中期計画が必要とされるのか、を考察したい。

高炉各社決算〜22/3期に奪還した付加価値を今期も守れるか?

高炉3社(日本製鉄、JFEホールディングス、神戸製鋼所)の2022年3月期の決算は、軒並み大幅増益を達成した。これまで失ってきた「付加価値」を見事に奪還したと言える。一方、原燃料の高騰や円安を受けたコスト増などの逆風は強まっている。前期に奪還した付加価値を、さらに広げられるのか? それとも、ユーザーからの反発で押し戻されてしまうのか? ポイントと課題を整理する。

料理宅配(デリバリー)の大問題

私は、料理宅配(デリバリー)を使わない。ビジネスモデルに深刻な問題を内包しているからだ。料理宅配業者の多くは赤字で、十分な税金を払っていない。道路など公共財の税負担だけでなく、配達員の交通事故リスクという側面からも、二重のFree Ride(タダ乗り)をしている。それでも赤字続きの料理宅配業界に、健全な発展は可能なのだろうか?

ランキング記事

1

アリババは国有化されていくのか

アリババグループの金融・オンライン決済部門のアント・グループ(前アント・ファイナンス)は、2020年11月に予定されていた上場が延期され、そのまま現在に至っている。ジャック・マー氏の中国金融政策への批判発言から端を発し、アリババは金融業に限らず様々な制限が加えられていると報道されている。この記事では、アリババの現状とともに、中国のモバイル小口決済について考察したい。

2

品質不正多発の三菱電機に学ぶ、あるべき不正撲滅方法

三菱電機の品質不正が止まらない。2021年7月に35年以上に渡る品質不正が公表された。調査を進める中で不正の関与拠点、件数が膨らみ、直近の報告では実に150件近い不正が認定されている。一方で、当社に限らず不正そのものの発生や再発は止まらない。再発防止策がなぜ機能しないのか、当社の取り組みを題材にあるべき再発防止策について解説する。

3

進む地方銀行の持株会社体制への移行

経営統合によらない地方銀行の持株会社体制への移行が増えている。銀行法改正による後押しを受けて、地域の課題に向き合いながら、事業の多角化を進めやすくして収益拡大を図るのが狙いであるが、果たして中長期的な企業価値向上に資する事業ポートフォリオの構築は進むのだろうか。

4

人的資本とは 経営の新しい潮流

人材を資源ではなく付加価値を生む「資本」として見直す潮流が拡がっている。企業の「人的資本」に関する情報開示が制度化されるのに伴い、人事部門は従来の定型業務中心の役割から、企業の中長期戦略を実現するための戦略人事への転換が求められている。

5

村上春樹さんから学ぶ経営㉕ ニッチ再び。大谷選手と「何かを捨てないものには、何もとれない」

私が経営の根幹だと考える「ニッチ」(『隙間』の意味ではありません)について、再び論じたいと思います。大谷翔平選手の活躍が常識外であったため、少々長い回となります。それでは今月の文章です。

人気のキーワード

海外スタートアップ情報はこちら!  寄稿・執筆者募集中