非難を浴びた横浜市の初期対応

ウィルス感染

報道によると、保育士の感染が判明したのは2020年4月8日夜。この保育士は3月30日に発熱や頭痛の症状があったが、熱が下がったため31日から4月3日まで保育園に勤務し、その後は自宅待機していたという(①)。感染判明後の8日夜から9日未明にかけて、市は保育園と協議。休園を求める保育園に対し、市は9日に通常通りの開園を指示する一方で、「<保健所による>保育士の行動調査が終わるまで、保護者に感染者の発生を知らせないよう求めた」(②)とされる。

この「保護者に感染者の発生を知らせないよう求めた」横浜市の対応が、隠蔽や情報操作との非難を浴びた。問題が明らかになった15日、市は「濃厚接触者を特定した上で、閉じる範囲をクラス単位とするか園全体とするかなど決める必要があった」(③)として、隠蔽や情報操作の意図を否定した。

しかし、ウイルスに感染した保育士との濃厚接触者が同じ保育園の職員37人全員と園児13人に上ったことに加え(④)、感染の自覚がないまま広がっていく新型コロナウイルスの特性を併せ考えれば、横浜市の初期の指示は危機管理上、リスクを増大させる指示だったと言わざるを得ない。

林文子市長も同日の会見で「保育所が閉めたいといったら、ただちに閉めるべきだった」と、初動対応の誤りを認めている(⑤)。

不正・不祥事対応と、異なる優先順位

なぜ横浜市の担当者は閉園の要請を受け入れず、保護者への連絡にも待ったをかけたのか。企業における不正・不祥事の危機対応と比較して考えてみたい。

不祥事:事実確認後、速やかに公表

企業不正・不祥事の場合、日本郵政グループや関西電力の例が示すように、発覚後に対外発表を怠ったり、説明が不十分だったりした場合、その企業は「隠蔽体質」の烙印を押される。また、時間の経過とともに新たな事実が掘り起こされるたびに批判の声は強まり、さらなる謝罪と事実の徹底開示を求められるようになる。度重なる会見と謝罪で、レピュテーション上もダメージを受ける。

不正・不祥事の危機では、調査を尽くして事実を確認し、ステークホルダーや所管官庁、報道機関等との質疑に堪える情報が揃った段階で対外公表に踏み出すのが望ましい。

余罪等、さらなる事実関係の調査結果や関係者に関する処分がすぐに定まらない場合は、後に追加で発表することもあるだろう。求められるのは、明らかになった不正・不祥事に的確に対処し、説明を尽くし、襟を正すべきは正すという真摯な企業姿勢と透明性だ。

感染症:人命を優先

横浜市の担当者は、目下は制御不可能なウイルスの蔓延と感染者の判明という危機に対し、不正・不祥事対応と同様に事実確認を優先しようしたことで初動対応を誤ったと考えられる。上述の「濃厚接触者を特定した上で、閉じる範囲をクラス単位とするか園全体とするかなど決める必要があった」(下線は筆者)という説明にある通り、事態の全容を確認し、正確な情報を提供できるようになるまでは保護者への連絡、つまり公表はしないという方針を取った。慎重すぎたのだろうか、この誤った危機のとらえかたに問題の根源がある。

企業での不正会計や粉飾決算といった不正の場合、それにより従業員など人が死傷するという事態は起こらないケースがほとんどだ(⑥)。他方、新型コロナウイルスの場合、いまだ特効ワクチンがなく、感染は自覚なきまま広がり、世界で14万人を超える死者(2020年4月17日時点)が出ている人命を脅かすウイルスへの感染である以上、優先すべきは詳細な事実関係ではなく、感染者発生の公表による注意喚起と休園指示であったはずだ。

第一報を公表後、情報のアップデートを

謝罪

感染者発生の連絡と休園指示を出した後、感染した保育士との濃厚接触者や感染経路といった事実が判明すれば、それは追加の情報としてアップデートすればよい。人命のかかった危機において、事後に情報を更新して伝えること自体は批判を受ける行動ではないだろう。

東京都内の認可保育園で4月上旬、職員が発熱し自宅待機となったことがあった。その職員の感染の事実は判明していなかったが、その段階で保育園は保護者に発熱の事実を伝え、多くの保護者が子供を家に連れて帰った。結果的に職員は新型コロナウイルス感染していないことが分かり、その検査結果も保護者に伝えられた。

新型コロナウイルスの場合、感染から発症、PCR検査の受診と検査結果の判明、感染経路と濃厚接触者の把握までの時間は一定でなく、人為的なコントロールは不可能だ。この点、不正の発覚から調査、事実確認、対外公表の準備まで、当事者がコントロールしうる不正・不祥事の危機管理とは外部とのコミュニケーションのタイミングが異なってくる。

失敗と過去の経験から学ぶ

ここまでお読みなった読者の中には、「結局、後知恵の批判ではないか」と思われた人がいたかもしれない。しかし危機管理は、過去の危機と失敗の分析、換言すれば、後知恵の積み重ねのプラクティスだと筆者は考えている。例えば台湾では、2003年にSARSを経験したことが新型コロナウイルス発生への迅速な対処に役立った。日本も1995年の阪神・淡路大震災以降、災害時における民間のボランティアと自治体、警察・消防等との連携は、かつてより迅速、緊密になっていることは私たちがよく知っているだろう。

まとめ

もし、あなたが勤める企業でウイルス感染者が判明した場合、どのように対外的なコミュニケーションをとるか。横浜市の事例はその教訓を示唆している。判断に迷いそうな場合は、早い段階で顧問弁護士や日頃から付き合いのあるアドバイザリー・ファーム、危機管理の専門家に相談しておくのも一つの手段だろう。終息の見えないウイルス禍にあって、優先すべきは人命と感染拡大の防止である。社内は言うまでもなく、グループ会社、取引先、クライアントとその家族への感染拡大も視野に入れたコミュニケーションが求められる。
(了)

【脚注】
1 日本経済新聞 2020年4月15日夕刊
2 朝日新聞 2020年4月15日 ウェブ版
3 朝日新聞 2020年4月16日付朝刊
4 日本経済新聞 前掲
5 朝日新聞 前掲
6 乗用車などの製品・品質不正による事故の可能性とリコールといった事例は除く。

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