河合隼雄に会いに行く

河合隼雄に会いに行く

ぼくが日本の社会を見て思うのは、痛みというか、苦痛のない正しさは意味のない正しさだということです。

たとえば、フランスの核実験にみんな反対する。たしかに言っていることは正しいのですが、だれも痛みをひきうけていないですね。文学者の反核宣言というのがありましたね。あれはたしかにムーヴメントとしては文句のつけようもなく正しいのですが、だれも世界のしくみに対して最終的な痛みを負っていないという面に関しては、正しくないと思うのです。 

河合隼雄氏との対談集「村上春樹、河合隼雄に会いに行く」(新潮社)からの引用です。2013年、村上春樹さんは京都大学の「河合隼雄物語賞・学芸賞」創設記念において講演をし、「(隼雄さんとは)『物語』というコンセプトを共有していた。物語というのは人の一番深い場所になりますから、それを共有することは、人を深いところで結びつけることができる。そんな深い共感を持てた相手は、河合先生以外には一人もいませんでした」と述べたと報道されています。

ご子息河合俊雄氏には著書「村上春樹の『物語』」(新潮社)があります。

電気を使わずに生きる?

電気を使わずに生きる?

閑話休題。30年以上前のこと。ある家族が、原発に反対し電気料金の支払いを拒否、数か月後に電気を止められ蝋燭とランプの生活になり、家族の会話が増えてよかった・・・との報道がありました。

学生だった筆者は単純に「すごいな」と感心したのですが、のちに読んだ曽野綾子さんの「夜明けの新聞の匂い」(新潮社)には、水だって電気がなければ供給できない。この家族が通うかもしれない病院も電気が必要。アフリカなど電気がない地域で、人々がどれだけの苦労をし、時に人命も奪われてきたことを目の当りにした立場から「安易なセンチメンタリズムが社会主義の表明になる、という軽薄な風潮に困惑する」と指摘していました。

※文字数の制約で一部しか引用できないため、恣意的な印象操作にならぬよう留意していますが、出来ますれば、村上春樹さん、曽野綾子さんが本当に伝えたいことは両氏の作品をご一読いただければと思います。

自然エネルギーは理想だが…

自然エネルギーは理想だが…

原発の爆発の映像に恐怖を感じなかった人は皆無でしょうし、何より、福島の方々は筆舌尽くしがたい苦難を経験されました。

一方で、原子力が日本の生活を支えてきたことは否定しようもない事実です。スイッチを押すだけで24時間365日電気が保証されている。停電もまずない。これは驚くべきことです。

誰がどうみても、自然エネルギーが一番良い、このことに議論の余地はありません。原発はひとたび間違うと甚大な被害を与えることがはっきりしました。

核廃棄物の処理技術も人類はまだ有していない。しかしながら、電気を使いながら支払いを拒否することは「最終的な痛み」を負っていないのです。

太陽光発電は晴れの日しか発電しません。一般に「太陽電池」といいますが発電機能しか無いため、電気を貯めておくことはできません。発電量は時間毎に変わるためどうしても、送電網の周波数などが不安定になり、トラブル(停電など)が起きやすくなります。

電気を蓄えれば良いのでは?もちろん可能ですが、蓄電池はとても高価で、送電網全体を安定させるには相当のコストがかかります。

雨の日、夜間は電気を使わないという覚悟も必要になります。

ushiイメージ

少し話がそれますが、環境保全のためには穀物の消費が多く、温室効果ガス排出など環境負荷(水、穀物、温暖化等)が極めて大きい牛肉を食べなければ良いのですが、そのような主張は(国内においては)あまり聞きません。

自然エネルギーへの完全な転換を希望するならば、

  1. 電力料金の値上げを認める
  2. 公的補助を使わず自ら数百万円で太陽光発電機器と蓄電池を購入する
  3. 酷暑や厳冬に停電が起きても不平を言わない

以上の覚悟が必要であり、それが「痛みを負う」ことです。

主張には覚悟が必要

主張には覚悟が必要

繰り返しになりますが、自然エネルギーが理想であることは明らかです。しかし、そう主張するには相当の覚悟が必要なのです。

ただ、そのような困難を解決するのが技術革新であり、いつの日か妥当価格で自然エネルギー実質100%の時代が来るでしょう。
また、海外ではビル・ゲイツ氏をはじめ、環境のために牛肉を食べないと主張する人も増え、代替肉の研究、普及が進んでいます。

やめる決断と「痛み」

やめる決断と「痛み」

経営においても痛みを伴う決断は少なからずあることでしょう。

すぐに思い浮かぶのは「やめる」決断です。特に、花形事業が構造的に厳しい事業になってしまった場合です。上記と同じエネルギー関連でいえば、国内の石炭(採炭)事業はまさにそれに該当します。

エネルギー供給源として成長産業だった戦前、エネルギー供給源を石油に一位を譲った1960年代、段階的縮小の政策が決定された1991年。池島炭鉱(長崎県)を最後に実質的に日本の炭鉱が全て閉鎖された2002年。

産業収束に40年をかけたことになります。

丁寧な施策であったとみるか、判断を躊躇したとみるか。自分がその事業に携わる社員だったとしたら、どう思うかと考えます。

職種転換可能なうちに撤退を決断してもらう。もしくは、一縷の光明に期待して事業継続し、結局40年後に撤退する。

前者の場合、「まだ可能性があるのになぜ?」と経営者は強く非難されるでしょう。

しかしながら、短期的には道徳的に感じられる後者よりも、望ましい判断であるようにみえます。

他にも、国鉄の民営化への反対もすさまじいものでしたが(書籍で読むだけですが)、もし分割民営化による合理化をせず、今になってようやく「自動改札機導入で改札事務員を削減する」といわれても、途方にくれるだけです。

筆者はハイテク産業に育てられた人間として、ハイテク産業でも同じようなことがあったのではないかと感じています。

代案なき発言は簡単

以上の事例のように、代案なき発言は簡単である一方、痛みを伴う決定は勇気を必要とします。

経営は意思決定の積み重ねですから、多数の選択肢の中から最適なものを論理的・長期的に判断し、そして、その結果責任を負うのが指導者の責務と筆者は考えています。それはとても困難で、とても重い責任を伴います。だからこそ、経営者は高い地位と処遇を与えられ尊敬されるのだと、筆者は考えています。

▼村上春樹さんから学ぶ経営(シリーズ通してお読み下さい)
①作品に潜む成功へのヒント
②作品に潜む成功へのヒント(差異化について)
③「創造する人間はエゴイスティックにならざるを得ない」
④危機と指導者
⑤「君から港が見えるんなら、港から君も見える」
⑥「靴箱の中で生きればいいわ」
⑦「僕より腕のたつやつはけっこういるけれど…」
⑧「退屈でないものにはすぐに飽きる」
⑨「どや、兄ちゃん、よかったやろ?クーっとくるやろ?」
⑩「王が死ねば、王国は崩壊する。」
⑪「最も簡単な言葉で最も難解な道理を表現する」
⑫「生涯のどれくらいの時間が、奪われ消えていくのだろう」
⑬「あれは努力じゃなくてただの労働だ」
⑮「おいキズキ、ここはひどい世界だよ」
⑯「文章はいい、論旨も明確、だがテーマがない」
⑰「我々はいまのところそれを欠いている。決定的に欠いている。」
⑱「経済にいささか問題があるんじゃないか」
⑲「ヘンケルの製品、一生ものです」
⑳「おじさんは石とだって話ができるじゃないか」
㉑「世界中の虎が融けてバターになる」
㉒「デュラム・セモリナ。イタリアの平野に育った黄金色の麦。」
㉓「耳作り部門の女の子に恋をして」
㉔「常に卵の側に立つ」
番外①「常識を疑え:宇宙は無重力?」

関連記事

事業承継で存在感増す、PEファンド

PEファンド(以下「ファンド」)によるオーナー企業への投資が加速している。ファンドが買手となった事業承継のうち、過半数の経営者が現役世代の50代以下であり、自社の成長に向けたファンドの機能を重視する傾向が有りそうだ。事業承継系M&Aの領域で存在感を増すファンド。オーナー企業側のニーズや、増加の背景を探ってみたい。

不動産証券化とは?その類型やメリットなどを解説

「人生100年時代」、「貯蓄から投資へ」、「老後までに2,000万円」、といったキーワードが政府により盛んに喧伝される中、株や債券といった伝統的な投資対象資産による運用だけではなく、「オルタナティブ資産」への投資の重要性が増しています。オルタナティブ資産の代表格としては、不動産、PEファンド、インフラストラクチャー等が挙げられますが、本稿では、多様な形式での不動産への投資を可能とする、「不動産の証券化」についてご説明します。

「中小企業活性化パッケージ」で事業再生は進むのか

コロナ禍が発生してから、既に2年。2022年3月、「中小企業の事業再生等に関するガイドライン(以下、ガイドライン)」が取りまとめられると共に、中小企業庁・金融庁・財務省から当該ガイドラインを含む「中小企業活性化パッケージ(以下、活性化パッケージ)」が公表された。コロナ禍からの脱却、本格的な「Withコロナ」を見据えた事業再生の支援制度・枠組みの整備がなされたが、これを転換点として、果たして事業再生は進むのか。

ランキング記事

1

ドミナントデザインとは?優れた製品とイノベーションの関係を解説

世の中には、「これ以上変革のしようがなく、これが当たり前」と思われている仕様の製品やサービスが多く存在します。 そういった仕様を「ドミナントデザイン」といい、産業が進化する過程で研ぎ澄まされた結果として生まれます。 当記事では、ドミナントデザインを生み出す産業構造や、保守的なドミナントデザインに対する革新的なイノベーションとの関係について解説します。

2

ウクライナ侵攻で中古車価格が下落、は本当か?

2022年3月の中古車価格が前月と比較して大幅に下落した。これを受けてマスコミでは、今回の価格下落がロシアによるウクライナ侵攻に起因している可能性が高いと報道、さらなる落ち込みへの懸念を示した。果たして実際にはどうなのか。本稿では、我が国の中古車市場を振り返るとともに、今後の見通しなどについて考えたい。

3

「SPYxFAMILY」(少年ジャンプ+掲載)に注目~ボーンデジタルの大ヒットアニメとなるか?~

2022年4月から放映開始されたアニメ「SPYxFAMILY」が注目されている。原作は週刊少年ジャンプ本誌には掲載されておらず、デジタル版「少年ジャンプ+」での連載のみ。デジタル発としては異例の大ヒット作のアニメ化に、大きな期待が寄せられている。

4

原発を再稼働すべきか 円安、ウクライナ侵攻から考える

福島県沖地震による電力不足、LNG市場の逼迫、円安、ウクライナ侵攻にともなう経済制裁。将来的に再開可能とみられる原発を、いまこそ再稼働するべきだろうか?

5

集中戦略とは?企業が選択するべき経営戦略を事例とともに解説

経営戦略において、非常に重要な考え方の1つとされている「集中戦略」。大手企業でも採用されている戦略で、導入後に大きな成功を収めた事例も数多くあります。 しかし、世間では「集中戦略は死んだ」とも言われています。 そこで今回は、集中戦略の概要、メリット・デメリット、成功事例、失敗事例などを説明します。あわせて、「集中戦略は死んだ」と言われる理由や、今後選択すべき経営戦略についても解説します。

人気のキーワード

海外スタートアップ情報はこちら!  寄稿・執筆者募集中