鉄スクラップ考⑥ 電炉鋼板はどこまで自動車に通用するのか

ついに、電炉鋼板をメインに製造された我が国初のEV(電気自動車)が誕生した。国内電炉最大手の東京製鐵では11月10日、「アップサイクルカー・プロジェクト」に関する記者会見を実施、コンセプトカーがお披露目された。本稿では、「鉄スクラップ考シリーズ」の第6弾として、電炉による自動車用鋼板を取り上げる。

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東京製鐵による「アップサイクルカー・プロジェクト」

東京製鐵のアップサイクルカー(提供・東京製鐵)
東京製鐵のアップサイクルカー(提供・東京製鐵)

自動車用の鋼板といえば、これまで高炉メーカーの独壇場となってきた。日本製鉄、JFEスチール、神戸製鋼所の高炉3社は世界でも最高峰の製鉄技術を誇り、この3社が製造する「薄くて軽くて丈夫な鋼板」が、トヨタ自動車をはじめとした日系自動車各社のグローバル成長を支えてきた。

社長ら3者が登壇した記者会見

この高炉の牙城に風穴を開けようとしているのが、東京製鐵だ。同社は、国内の電炉最大手であり、高炉3社以外で薄鋼板の製造を手掛ける数少ない1社でもある。

東京製鐵の「アップサイクルカー・プロジェクト」とは、鉄スクラップを原料に電炉で製造した鋼板を使って自動車の製造を目指したプロジェクトである。

多くの新聞記者などが集まった今回の会見会場の前方には、製造されたEVのコンセプトカーがお披露目された。

そして壇上には、東京製鐵の奈良暢明代表取締役社長、EVベンチャー企業で今回の共同開発者である株式会社FOMMの鶴巻日出夫代表取締役社長、そして、プロジェクトを学術面から支援した東京大学元総長で三菱総合研究所理事長の小宮山宏氏の3人が顔をそろえた。

高炉材の72% 電炉材へ切り替え

FOMM社は2014年に世界最小クラスの4人乗り小型EV「FOMM ONE」(2019年に量産を開始しタイなどで発売)を自社開発しており、今回のコンセプトカーは、そのFOMM ONEの材料として使用する鋼材を高炉材から電炉材へ切り替えたものだ。

FOMM ONEの車体は、外板材などとしては樹脂が使用されており、東京製鐵製の電炉鋼板が使用されたのはフレーム材などの構造部材。1台当たりに使用される鋼板量は75Kgで、その72%を高炉材から置き換えることに成功した。全体の鋼板使用量の4分の3近くの置き換えに成功したことは画期的だ。

アップサイクルカーとは?

アップサイクルカーとは?

そもそも、この「アップサイクルカー」とはどういう意味なのか?

『アップサイクル』とは、「本来は捨てられてしまう使用済の製品に新たな価値を与えて再生させる」こと。一方、一般的になじみの深い『リサイクル』というのは、「使用済の物を廃棄せずに原料や材料として再利用する」こと。

使用済のものを再利用するという点は同じだが、アップサイクルの場合は、単に原料や材料として利用するのではなく、「元の素材の特性を活かして別の製品に生まれ変わらせる(つまりアップグレードさせる)」という意味合いを持っている。

似たような言葉に「リメイク」ということばもあるが、これは、古い製品にアレンジを加えるものであり、アップサイクルのように付加価値が高まるわけではない。

鉄スクラップをアップグレード 廃材を自動車に

つまり、アップサイクルカーとは建築の廃材などから発生した鉄スクラップを主原料として製造した自動車のことだ。

「鉄」という素材は、何度でも安価で再生が可能な素材である(「鉄スクラップ考② 小資源国日本の貴重な資源」(2022年2月22日配信記事)参照))。

ただし、一度鋼材として利用された後に鉄スクラップとして回収されたものの中には、さまざまな合金元素(銅やスズなど。トランプエレメントと呼ばれる)が多く混在している。このため、高度な加工が困難であるという欠点がある。

そのため、国内で製造される自動車の材料となる鋼板は、ほぼ高炉3社が独占しており、鉄スクラップを原料とした電炉鋼板は、一部の特殊鋼を除きほとんど使われていない。

カーボンニュートラルの流れが後押し

それでも、ここへきて、カーボンニュートラルへの流れが強まる中で、製造過程でいかにCO₂の発生量を減らすかが鉄鋼産業の重要な論点となっている。

この意味で、CO₂の発生量が高炉材の4分の1程度にとどまり、かつ天然資源(鉄鉱石)の節約にもなる電炉材を使えるのであれば好ましいとの見解が増えてきた(「鉄スクラップ考③ 鉄鋼産業のカーボンニュートラル実現への切り札」(2022年10月14日配信記事)参照)。

このような外部環境の変化もあり、東京製鐵では数年前から、本格的に自動車用鋼板の開発に乗り出していた。建築現場で発生した鉄スクラップをアップグレードさせて自動車として蘇らせる、これがアップサイクルカーである。

引張り強度590MPa ポイントとなった新たなハイテン材開発

引張り強度590MPa ポイントとなった新たなハイテン材開発

そもそも、電炉鋼材で自動車が製造されてこなかった大きな要因は、加工の難しさにある。

鉄スクラップにはさまざまな合金元素が混在していることから、加工が難しい場合も多い。このため、日系の大手自動車各社から要求される高いスペック(薄くて軽くて丈夫な鋼板)へ対応することが困難であった。

我が国で製造される自動車用には「ハイテン材」(High Tensile Strength Steel Sheets:高張力鋼板)と呼ばれる鋼板が多くの部材として使われている。これは、通常の鋼材にニッケル、シリコン、マンガンなどを添加して、加工性や成形性を高めたもの。「薄くて軽くて丈夫」という特性はここから来ている。

ハイテン材のグレードは、引張り強度(サンプルが破壊されるまでの張力の値)の強さで決まる。通常の鋼材の引張り強度は270MPa(メガパスカル)以上だが、この強度が490MPa以上の鋼材をハイテン材と呼ぶケースが多い(340MPa以上を呼ぶ場合もあり一律に決まっているわけではない)。

高炉材と遜色のない安全性も

近年、電炉による成分調整技術は大きく進歩しており、東京製鐵では、これまで490MPaレベルの鋼材までは量産製造可能だった。そして今回、EV用の鋼板を製造するために、新たに590MPaのハイテン材の開発に取り組んだ。

記者会見では、その590MPaの試験もわずか3回でクリアしたとコメントしている。日本自動車研究所で実施した衝突実験でも、高炉材と遜色のない安全性が確認されている。

筆者は長年にわたって鉄鋼業界の証券アナリストを務めてきたが、最近の電炉鋼材の品質向上に関しては目を見張る思いだ。

自動車業界も熱視線 低CO₂鋼材

自動車業界も熱視線 低CO₂鋼材

自動車業界でも低CO₂鋼材への注目度が高まっている。

神戸製鋼所による業界初のグリーン鋼材

国内では、神戸製鋼所が2022年5月に業界初のグリーンスチール「Kobenable Steel」(コベナブルスチール)の発売を開始した。

すると、翌月にはトヨタ自動車が競技車両「水素エンジンカローラ」のサスペンションメンバーへの採用を表明。続いて日産自動車もミニバン「セレナ」への採用を表明するなど、低CO₂鋼材へのニーズは高まっている(「鉄スクラップ考⑤ グリーンスチールとは?-現状と課題を考える」(2023年7月12日配信記事)参照)。

ベンツやボルボが先行

海外ではその動きはさらに高まっている。特に欧州の自動車メーカーでは、低CO₂鋼材を採用する動きが加速している。

ドイツの自動車メーカー、メルセデス・ベンツでは、2030年までに車両を製造するための素材のリサイクル材料比率を40%まで高めることを目標に掲げている。

トラックで欧州最大手のボルボ・カーズ(スウェーデン)では、2050年までに化石燃料を使用しない鋼材の調達比率を100%にすることを目標に掲げている。

鉄スクラップから高級鋼材つくる特殊鋼メーカー

鉄スクラップから高級鋼材つくる特殊鋼メーカー

本シリーズでは、「鉄スクラップには不純物が含まれているので高級鋼材の製造は難しい」と繰り返し述べてきた。ところが一方で、同じ鉄スクラップを原料としながらも高級鋼材を製造できている分野がある。特殊鋼である。

元素の配合調整 自動車のエンジン周りや足回りに

特殊鋼鋼材とは、鉄にさまざまな元素(クロム、タングステン、モリブデン、マンガン、ニッケルなど)を混ぜ合わせることで、硬さ、強さ、しなやかさ(靭性)、対腐食性、耐熱性、耐摩耗性、などを追求した鋼材を指す。

特殊鋼鋼材は、自動車関連としてはエンジン周りや足回り部品など使われている。使われるパーツによって求められる特性が異なるため、個別のニーズに応じて加える元素の配合を調整して製造する。

独自のノウハウ 高品質を実現 

特殊鋼鋼材は、鋼板類と同様にやはり国内では高炉3社が多くを製造している。ところが、高炉メーカー以外にも特殊鋼電炉メーカー(以下、「特殊鋼メーカー」)と呼ばれる専業メーカー(大同特殊鋼、山陽特殊製鋼、愛知製鋼、三菱製鋼など)が存在し、全体の3分の1程度の量を生産している。

特殊鋼メーカーは電炉メーカーと同様に、鉄スクラップを主原料として電気炉を使って鋼材を製造している。各社ともそれぞれ得意とする鋼種を持ち、独自の製造ノウハウを有している。

そして、特殊鋼メーカーの鋼材を使って製造される自動車部品は、高炉品を材料として製造された部品と遜色がない、むしろ高炉品よりも高い信頼性をユーザーから獲得しているものも多い。

鉄スクラップに含まれる不純物を有効活用

特殊鋼メーカーが高品質な鋼材の製造を実現できている理由の一つは、実は鉄スクラップにある。

特殊鋼鋼材は、ニーズに応じてさまざまな元素を添加する必要がある。これに対して、鉄スクラップの中には「不純物」としてそれらの元素がすでに含まれている。特殊鋼メーカーはこれを活かし、製造過程で成分コントロールを行うことでニーズに合わせた鋼材を製造している。

純度の高い鉄鉱石を原料とする高炉メーカーは、特殊鋼鋼材を製造するために必要な元素の全量をあとから添加する必要がある。これに対し特殊鋼メーカーは、元々含まれる不純物を逆手に取って、それを有効活用しているのである。

東京製鐵でも、ハイテン材の鋼板の開発に関して、「元々の鉄スクラップに含まれる合金元素を有効に活用する」とコメントしており、特殊鋼メーカーと同様の発想に基づく取り組みと言える。

自動車向け鋼板 電炉鋼材の可能性

自動車向け鋼板 電炉鋼材の可能性

今回議論してきた自動車鋼板に関しては、現状では高炉メーカーが圧倒的に高い技術力を有していることに疑う余地はない。それでも、特殊鋼メーカーのように鉄スクラップを材料に自動車用の高級鋼材を製造している例もある。

スタートラインに立った東京製鐵、量産への課題

東京製鐵では、前代表取締役社長の西本利一氏が主導して、2022年6月に社内で「グリーンEV鋼板事業準備室」を発足させた。2025年までに自動車産業向けに同社鋼板類を量産・供給することを目指している。

今回のコンセプトカーの発表で、目標の第一段階はクリアしたと言えよう。それでも、ようやく高炉各社との競争のスタートラインに立ったに過ぎない。鉄以外にも、アルミニウム素材や炭素繊維などとの競争もある。

今後の量産に向けては、

  1. より引張り強度の高いハイテン材を開発していくこと
  2. 生産の歩留まりを上げていくこと
  3. 量産に向けた生産設備を整えること
  4. 大手自動車メーカーとの共同研究開発体制を築くこと
  5. 脱炭素化事業として政府の補助金を活用すること

などを進め、高品質な材料を安価で提供できる仕組みを構築する必要がある。

脱炭素の流れの中で、着実に電炉鋼材のニーズは高まっている。今後の開発次第で、高炉の牙城である自動車用鋼板に電炉鋼材が食い込んでいける余地はあると筆者は考えている。

「電炉鋼材はどこまで自動車に通用するのか・・?」
今年6月にスタートした奈良新社長の体制下で同社の今後の進捗に期待したい。

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