ミャンマー情勢と日系企業への影響

ミャンマーでは国軍が2021年2月1日にクーデターを実行し、アウンサンスーチー氏やウィン・ミン大統領など与党である国民民主連盟(NLD)の幹部たちを拘束した。問題は長期化しており、日系企業にも影響は出てきそうだ。

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ミャンマーのクーデターについて

ミャンマーのクーデターについて

国軍がクーデターを起こした背景には、去年秋の総選挙で、国軍系最大野党の連邦団結発展党(USDP)がNLDに対して惨敗したことがある。国軍は選挙で不正があったとし、政府や与党に対して再選挙の実施を強く要求していた。

クーデターによって国軍が権力を掌握して以降、ミャンマー各地では市民による抗議デモが続き、一部では治安当局との衝突に発展している。また、バス鉄道など公共交通機関の遅延や運休、食料など生活必需品の品薄やスーパーの短縮営業・休業、全国規模のゼネストなども深刻し、予断を許さない状況が続いている。

死者、負傷者相次ぐ

混乱が続くなか、首都ネピドーでは、2021年2月9日に国軍に抗議するデモに参加していた際に頭を撃たれ意識不明となっていた女性が同月19日に死亡した。第2の都市マンダレーでは20日、国軍に抗議するため職務を放棄していた給油施設の作業員に対し、治安部隊が職場に戻るよう指示したあと突然発砲し、2人が死亡、30人以上が負傷した。

最大都市ヤンゴン郊外でも20日、地域を巡回する自警団の活動に参加していた男性が警察から発砲を受け死亡した。

日系企業への影響

日系企業への影響

日本貿易振興機構(ジェトロ)の情報によると、2020年12月現在、ミャンマー日本商工会議所に加わる日系企業は433社にのぼり、近年その数は増加傾向にある。ミャンマーはアジア最後のフロンティアとも呼ばれ、進出先としてミャンマーの価値は企業の間でも急上昇していた。

当然ながら、今回のクーデターにおいて、現地に進出する日系企業や滞在する邦人が直接標的になることはないだろう。しかし、混乱が拡大すれば、日本人が巻き込まれるリスクはあり、十分な注意が必要な情勢だ。

実際、クーデター発生直後に現地に滞在する日本人ジャーナリストが取材中に暴行を受けたとされる。2007年月には、ヤンゴンで発生した軍事政権に対する抗議デモを取材していた日本人カメラマンが撃たれ、死亡する事件も発生している。

筆者の周辺には現地に滞在する日本人や外国人、進出する企業の危機管理担当者に話を聞くと、以下のような意見が多く聞かれる。

  • 抗議デモに近づかなければ基本的に身の安全に問題はないが、今後の現地での生活や企業活動に影響が出てくることを懸念している。
  • 混乱が長期化するならば、まずは帯同家族を早期に帰国させ、自分も一度帰国することを検討している。
  • 自宅待機を命じているが、社員の安全のため早期帰国を検討する

キリン、国軍系企業と合弁解消へ

キリン、国軍系企業と合弁解消へ

キリンホールディングスは2021年2月5日、国軍系とされるミャンマー企業「ミャンマー・エコノミック・ホールディングス」との合弁を解消すると発表している。

現在のところ、ミャンマーに進出する企業の多くは、規模の拡大や縮小、撤退などではなく、様子を見守るという段階だろう。

しかし、キリンのように今後同様の措置を発表する日系企業が増加する可能性がある。アジア最後のフロンティアとしてのミャンマーのイメージも変わってくる恐れがある。

ミャンマーへの経済制裁の影響

経済制裁による影響も見逃せないだろう。

アメリカのバイデン政権は2021年2月10日、ミャンマー国軍の幹部や関連企業への制裁を発動する方針を示した。ブリンケン国務長官が同21日にも国軍に対して断固とした行動を取り続けると強調するなど、情勢が悪化すれば、バイデン政権は第2、第3の経済制裁を発動する可能性もあるだろう。

また、英国とカナダも同18日、米国に続くように制裁を課す方針を明らかにし、今後他の欧米諸国もそれに続く可能性がある。

それだけミャンマーを取り巻く経済に対する制限の幅が拡大することになる。

これまで日本は独自に国軍との関係を構築してきた。

バイデン政権はトランプ前政権以上に同盟国との協力や役割を重視する。

ミャンマーだけでなく欧米諸国にも大きな市場を有する日系企業は、国軍とバイデン政権との間でバランスを取っていかなければならないが、今後欧米諸国が制裁強化へ流れた際には、難しいかじ取りを迫られる可能性が高い。

国軍系企業との取引停止の動きも

筆者の周辺でも、国軍幹部や関連企業への国際社会の圧力が強まれば「会社のイメージ維持のためにも取引を停止せざるを得ないだろう」「外交関係の行方によっては他の国での経済活動にも影響が出てくるだろう」と不安視する声も上がっている。今後の動向には十分な注意が必要である。


和田大樹(わだだいじゅ)

OSCアドバイザー/清和大学講師。岐阜女子大学特別研究員、日本安全保障・危機管理学会 主任研究員、言論NPO地球規模課題10分野評価委員などを兼務。
専門分野は国際政治学、国際安全保障論、地政学リスクなど。日本安全保障・危機管理学会奨励賞を受賞(2014年5月)、著書に「2020年生き残りの戦略 -世界はこう動く!」(創成社 2020年1月)、「技術が変える戦争と平和」(芙蓉書房2018年9月)、「テロ、誘拐、脅迫 海外リスクの実態と対策」(同文館2015年7月)など。
プロフィールはこちら (https://researchmap.jp/daiju0415
(筆者の論考は個人的見解をまとめたもので、所属機関とは関係ありません)
Email: mrshinyuri@yahoo.co.jp

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