コロナ禍で急速に変わるインド・太平洋地域の国家間関係

新型コロナウイルスの感染拡大は、アメリカ、中国を中心とする国家間関係を大きく変化させている。特にアメリカ、中国の対立がオーストラリア、インド、ASEANまでも巻き込みつつあり、日系企業にとっても対岸の火事ではなくなりつつある。(和田大樹 OSCアドバイザー/清和大学講師)

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コロナ禍で変化する中国の位置づけ

対立イメージ

「自由で開かれたインド太平洋構想」。これは2016年8月、ケニアで開催されたアフリカ開発会議の席で、当時の安倍首相が提唱した構想だ。
太字
①法の支配、航行の自由などの基本的価値の普及・定着
②連結性の向上などによる経済的繁栄の追求
③海上法執行能力構築支援などの平和と安定のための取り組み

の3つを柱とし、地域一帯で法の支配、経済的繁栄と平和を実現しようとするものだ。

これまで安全保障研究の世界では同構想を、中国けん制を意識した“競争的側面”、中国を同構想に組み込む“協力的側面”という二元論的な軸で議論されてきたが、新型コロナウイルスの感染拡大はそれを大きく変化させている。

米中対立から波及する対立

今年に入っての新型コロナウイルスの感染拡大は、“発生源国”中国と“最大被害国”米国とのこれまでの米中対立にさらなる拍車を掛け、インド太平洋構想は明らかに競争的側面が強くなっている。
10月初め、東京では日本、米国、オーストラリア、インドの4か国外相による安全保障会合「クアッド会議」が開催されたが、米国のポンペオ国務長官は冒頭から、「共産党の搾取、腐敗、威圧からパートナーを守らなくてはならない」と中国を強く非難するなど、同会議はこれまでになく“対中けん制網”としての色合いが濃くなっている。だが、コロナ禍で変わるのは中国と米国との関係悪化だけでない。

米国のピュー・リサーチ・センター(Pew Research Center)は今月初め、主要国の対中感情に関する最新の調査結果を公表したが、昨年から今年にかけて、「好感を持っていない(unfavorable)」という回答が米国で60%から73%と13ポイント悪化した一方、オーストラリアは57%から81%と24ポイントも悪化する結果となった。
参照:https://www.pewresearch.org/global/2020/10/06/unfavorable-views-of-china-reach-historic-highs-in-many-countries/

悪化する中豪、中印関係

対立イメージ

中国とオーストラリアは近年、サイバー攻撃や機密情報漏洩などで関係が冷え込んでいるが、今年に入っての新型コロナウイルスの感染拡大や香港国家安全維持法、中国に滞在する豪国籍者の不当拘束、オーストラリア産牛肉の輸入一部停止などが影響し、関係はこれまでなく悪化している。

そのような中、10月中旬、日豪防衛相会談が開催され、自衛隊が豪軍の軍艦などを防護するいわゆる「武器等防護」の実施に向けて調整していく方針が表明された。実施されれば米国に次いで2カ国目となり、日豪の安全保障関係はこれまでなく緊密化している。

また、新型コロナウイルスの感染拡大以降の中印国境での衝突によって、45年ぶりにインド側に犠牲者(双方の被害については複数の情報あり)が出るなど、モディ政権も中国への不信感をこれまでなく強めている。

以前、モディ首相はインド太平洋構想について、「排他的なものであってはならない」と発言し、2017年には日米印の共同軍事演習への参加を打診したオーストラリアの要請を拒否したことがあった。
しかし、インド国防省は10月中旬、日本や米国が参加する今年の共同軍事訓練「マラバール」にオーストラリアが参加することを発表した。これは安全保障上大きな変化であり、インドは日米豪に接近を図っている。

以上のような最近の情勢からは、特に安全保障上、米中対立というものが“日米豪印VS中国”のような拡大した対立構図に変化していることが分かる。

コロナ禍では、インドとオーストラリアの変化は特に顕著だろう。インド太平洋地域の主要国である、米国、日本、インド、オーストラリア、中国を取り巻く国家間関係は大きく変化している。

ASEANが対立に巻き込まれる

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一方、この構図の影響を今後最も受ける可能性があるのがASEANだ。世界地図で見れば分かるが、ASEANはインド・太平洋構想がカバーする範囲のほぼ中心に位置する。

よって、インド・太平洋構想を主導する日米豪印にとって、インド洋と太平洋を繋ぐASEANが戦略的要衝であることは明らかであるが、今年中国にとっての最大貿易相手がEUを抜いてASEANになるなど、今後ASEANを舞台とする“一帯一路構想VSインド太平洋構想”が激しくなる可能性がある。

前回の記事「東南アジアのテロ情勢と駐在員の安全・保護」で、現在、ラオスやカンボジア、ミャンマーは「中国寄り」で、中国と南シナ海問題で対立するベトナムやフィリピン、インドネシア、マレーシアは「中国警戒」の立場にあると述べた。
まさにこういった事からASEANを舞台とする覇権争いが高まり、ASEANの一体性が揺らぐ懸念もある。

10月18日から21日にかけ、菅首相は就任後初めての歴訪先としてベトナムとインドネシアを訪れた。
両国ではフック首相とジョコ大統領とそれぞれ会談したが、インド太平洋構想の重要性を確認し、海洋安全保障協力を強化していくことで一致した。
菅総理が両国を初訪問先に選んだのは、日米豪印のクアッドに東南アジアの国々を組み込みたい狙いがあることは想像に難くない。
日米豪印を中心に、ベトナムやフィリピン、インドネシア、マレーシアだけでなく、ニュージーランド、さらにはインド洋や南太平洋に海外領土を持つ英国やフランスも同構想に強い関心を示しており、多国間安全保障協力を発展させたい長期的展望がそこにはある。

経済安全保障の重要性が今日ほど指摘されたことはない。今年4月、国家安全保障の司令塔である国家安全保障局に経済班が設置された。正にこれは、経済と安全保障は企業経営にとっても両輪であることから、安全保障情勢を見据えた企業戦略が求められていることの証でもある。

日系企業への影響は

最後に、以上のような情勢を鑑みれば、例えば、ASEANに展開する日系企業からすると、“日本とベトナム”、“日本とタイ”といったバイの関係に加え、“日米豪印VS中国”のようなより広い物差しで経営戦略を考える機会が増えるかも知れない。

中国をとるか、日米豪印をとるか…

現在の、“日米豪印VS中国”の構図は安全保障領域だけでなく経済領域にも及ぶ。また、今後はASEAN各国の政府が二者択一を余儀なくされるシナリオも出てくるかも知れない。すなわち、これはラオスやカンボジア、ミャンマーなど「中国寄り」とされる国でより現実的だ。
対中依存により一帯一路構想を選び、インド太平洋構想から離れるシナリオで、そうなるとラオスやカンボジア、ミャンマーに展開している日系企業にとっては大きな負担制限(中国企業には展開しやすいように金銭的な面で援助する一方、インド太平洋構想に参加する国々には金銭的重荷を掛けるなど)が出てくる可能性もある。
インフラ整備や都市開発、工場誘致などの大型プロジェクトにおいて、中国企業優先が強まれば、進出した日系企業にとっても大きな影響が出る可能性もある。

米・中両大国とどう付き合うか

日系企業にとって最大の悩みは、中国への展開を今後どうするかだろう。選択肢は、①米国重視、②中国重視、③バランスを取る、の3つしかない。
しかし、現実的な答えは③しかなく、“比重を今後どうするか”が議論の出発点になる企業が大半だろう。
これについてはいずれ論じたいと思うが、米中対立の高まりは日系企業の選択・決断を難しくしていることは明らかであり、今後さらに安全保障情勢が経済に与える影響も大きくなることだろう。


和田大樹(わだだいじゅ)

OSCアドバイザー/清和大学講師。岐阜女子大学特別研究員、日本安全保障・危機管理学会 主任研究員、言論NPO地球規模課題10分野評価委員などを兼務。
専門分野は国際政治学、国際安全保障論、地政学リスクなど。日本安全保障・危機管理学会奨励賞を受賞(2014年5月)、著書に「2020年生き残りの戦略 -世界はこう動く!」(創成社 2020年1月)、「技術が変える戦争と平和」(芙蓉書房2018年9月)、「テロ、誘拐、脅迫 海外リスクの実態と対策」(同文館2015年7月)など。
プロフィールはこちら (https://researchmap.jp/daiju0415
(筆者の論考は個人的見解をまとめたもので、所属機関とは関係ありません)
Email: mrshinyuri@yahoo.co.jp

▼過去記事はこちら
東南アジアのテロ情勢と駐在員の安全・保護
展望2021年 内向き化する世界と企業のセキュリティリスク
バイデン政権下の米中対立における日系企業への影響

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