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メタバースで進む不動産取引 急増の背景とリスク
北米でメタバース内における仮想土地の取引が増えている。メタバースは成長分野であり、ユーザーの増加に応じてメタバース内の仮想土地の価値も上昇するだろうとの期待が、取引増加の背景にあると考えられる。ただしメタバースの不動産取引には、現実の不動産取引にはないリスクがあり、投資にあたってはその性質をよく理解することが重要だ。メタバースの不動産とは何か、どのような特性があるかを考察する。
急増するメタバース内の仮想土地取引
メタバースとは言うまでもなく、オンライン上に構築された3次元コンピュータグラフィックスの仮想空間であり、The SandboxやDecentralandが代表的なメタバース(のプラットフォーム)だ。2021年後半から北米でメタバース内での仮想土地の取引が増えている。
2021年11月には、投資会社のTokens.comがメタバースのDecentraland内の土地を250万ドル(約3.6億円。1ドル=約145円で換算。以下同)で購入したのに続き、同じく11月にメタバース不動産会社のRepublic Realmが、The Sandbox内の土地を430万ドル(約6.2億円)で購入した(Protocol、2021年11月30日)。
一方、カナダのテクノロジー企業・TerraZero Technologiesは、2022年2月にメタバースのDecentraland内の土地の取得者に史上初のメタバース不動産ローンを提供したと報じられている(Bitcoin.com News、2022年2月19日)。
調査会社のMetaMetric Solutionsによると、2021年の1年間で5億ドル(約725億円)を超える仮想土地の取引があり、2022年は2021年の倍の取引が見込まれている(CNBC 2022年2月1日)。
現在のところ、メタバース内での土地取引はDecentraland, The Sandbox, Cryptovoxels, Somnium などの著名なメタバースに集中しているが、新しいメタバースが次々と生まれており、今後これらのメタバースの土地取引も顕在化してくるだろう。
仮想空間内の不動産はNFTとして取引される
現実の不動産は、日本では民法86条で「土地及びその定着物」と定義される実物資産で、登記制度によって所有権と唯一性を確保することができる。一方、メタバースをプラットフォームとする仮想空間内の不動産は、ブロックチェーン上のデータに過ぎないので、不動産として確立された法的な根拠はまだない。
しかし資産としての所有権と唯一性は、ブロックチェーン技術を用いてデータの所有権と唯一性を証明するNFT(Non-Fungible Tokens;非代替性トークン)として示すことが出来る。NFTにより、データの改ざんやなりすましなどのリスクを回避して取引が可能になる。すなわち、仮想不動産は現実の不動産とは違ったやり方で所有権と唯一性を確保しているのだ。
一方で、仮想不動産は民法に定められた「不動産」でもなければ「物」でもない。そこで、民法上の所有権や賃借権、占有権、および宅地建物取引業法などの現実の不動産に関わる法規制は、現段階では仮想空間内の不動産には適用されないと一般的には考えられている。ただし今後法規制が整備される可能性もあるので、注意が必要だ。
仮想空間内の不動産の価値は何によって決まるか
現実の不動産の経済価値を決める最も重要な要素は立地と言って過言ではない。一方で仮想空間内では、ユーザー自身がある地点から別の地点へ即座に移動することが可能なため、交通の利便性が主たる決定要因の一つである立地は、必ずしも経済価値を決める重要な要素にはならない。
また現実の不動産には希少性という要素があるが、仮想不動産の場合プラットフォームであるメタバース自体が無限に生み出される潜在性があるため、稀少性が根源的な経済的価値を構成しているとは必ずしも言えない。
仮想空間内の不動産の経済的価値は、その不動産にいかに多くのユーザーが訪れてどれほどの収益を上げられるか、という点に集約されると考えられる。別の言い方をすれば、仮想不動産の経済的価値は、その不動産がユーザーに提供するサービスやコンテンツ次第で決まり、不動産そのものが根源的な価値を有するとは、現時点では考えにくい。仮想不動産の経済価値の評価では、その不動産へ訪問するユーザーの数や、どれだけの潜在的なユーザーがそのメタバースの仮想空間に存在するか、などが重要な指標になると考えられる。
ただし、人気が高く多数のユーザーが訪れる不動産や施設の周辺に立地する不動産は、その人気の高い不動産や施設を訪れるユーザーがついでに訪れる可能性が高い。そのため、仮想不動産にとっても立地は経済的価値の決定要因の一つであるとの考えはあり得る。
またメタバース内の土地に上限区画数が設けられている場合には、現実の不動産と同様に、希少性が経済的価値を構成する一つの要素になり得るとの考えもできるだろう。ちなみにThe Sandboxでは、土地の供給上限が16万6,464区画と設定されている。
メタバース内の仮想不動産に投資する目的
メタバース内の仮想不動産に投資する目的は、現実の不動産投資と大きな違いはない。第一に自らその土地を仮想店舗などに利用して収益を得ること、第二にその土地を仮想店舗などに利用する人に貸して賃貸収益を得ること、第三にその土地を一定期間保有した後に売却益を得ることなどだ。
最近メタバース内で購入された土地は高額で取引されたものが多いが、それは今後メタバースに対するユーザーのトラフィックが増加する結果、メタバース内の不動産に投資する個人・法人が増え、仮想不動産の価値が上がる、との期待が織り込まれているからだと考えられる。
提供されるサービスやコンテンツに人気がある結果ユーザー数が伸びている不動産は、プレミアムが付いた価格で取引され、ユーザー数に劣る不動産の価格はディスカウントされる。一方で現実の不動産に発生する物理的なコストやリスク、例えば建物の経年劣化や災害に伴う多額の修繕費の計上リスクは、仮想不動産にはない。
メタバース内の仮想不動産の価格変動リスク
メタバース内の不動産の価格変動リスクはまず第一に、Decentralandなどのメタバースのプラットフォーム自体の利用者が減り、同時にそれらのプラットフォームの中の不動産の利用者も減れば、その不動産の価格は大きく下落するリスクがある。
第二に、仮想不動産の価格のボラティリティ、すなわち価格変動の度合いは大きい。短期間に高騰する一方、逆に短期間で暴落し、価値がゼロに近づくリスクもある。現実の不動産の場合、価格が下がったとしてもゼロになることは通常ない。だが仮想不動産の場合、訪れるユーザーがいなくなれば、不動産の価値もゼロに近づく。安定的な収益と価値を期待して行なう現実の不動産投資とは性質が異なる。
第三に、メタバース内の不動産は仮想通貨で取引されるため、仮想通貨の価格変動により不動産の価値も変動するリスクがある。そして仮想通貨の価格の変動幅はとても大きい。メタバースの決済で利用されることが多くほとんどの仮想通貨取引所で取扱われているイーサリアムという仮想通貨は、2022年9月11日の終値は244,631円であったが、7日後の9月18日の終値は191,179円まで下がり、1週間で21.9%下落した。
メタバースはまだ発展途上の分野
メタバースは今後もハイスピードかつ持続的に成長する可能性が高い分野だ。既に多くのメタバースのプラットフォームがリリースされているが、メタバース事業に参入し投資を行う企業は更に増加するだろう。プラットフォームが増えれば、それらを訪れるユーザーの数もメタバース全体として増加し、メタバースの不動産の価値も底上げされる可能性が高い。
一方で、メタバースは新しい分野であるため、法的・技術的な問題を含めてまだ多くの課題を抱える発展途上で未成熟な事業分野だ。その未成熟さは、メタバースの不動産価格の高いボラティリティとなって現れている。同じ「不動産」の名で呼ばれるものの、現実の不動産と仮想空間の不動産では性質が大きく異なる。投資にあたっては、その性質をよく理解することが重要だ。
とはいえ今後多くのユーザーが日常的にメタバース内で遊んだり買い物をしたり仕事をしたりする時間が増えれば、市場全体の成長は続くだろう。市場規模が大きくなればボラティリティも低下し、安定したパフォーマンスを生み出す可能性も高まる。
さらには、「メタバース不動産=NFT」を担保とするノンリコースローン(非遡及型融資)や、メタバース不動産をポートフォリオに組み入れる不動産ファンドやREITが現れることも考えられ、市場規模は派生商品を含めて拡大の余地が大きい。投資対象としてのメタバースの不動産の評価は長期的な視野で判断するべきだろう。
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