パワハラとESG投資

「いじめ・嫌がらせ」は、民事上の個別労働紛争の内容別件数で、2012年度に「解雇」を超えて最も多くなった。それ以降も持続的に増加しており、4件に1件を占めている。

2019年12月に発覚した総合電機メーカーでのパワハラ事件は、記憶に新しい。数年間で複数名の自殺者が出ていたこともあり、堅調な業績の中で一時7%ほど株価を下げる展開となった。
この背景には、一過性のスキャンダルといった面ではなく、ESG(環境・社会・ガバナンス)の観点から、当該企業への投資を嫌気する機運が出てきていることが挙げられる。

年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が2015年10月、国連の責任投資原則に署名して以降、日本でも急速にESG投資が拡大した。日本サステナブル投資フォーラムのレポートによると、現在では国内の投資残高は336兆円と2015年(26兆円)の12倍以上の規模となっている。
パワハラは、人権という観点でソーシャル(S)、ガバナンスやリスクマネジメントの観点でガバナンス(G)の評価と直結しており、ひとたび問題が発覚すると、評価の低減が行われ、事件の内容によっては投資対象から除外されることも発生する。

実際、筆者が2016年まで調査を担当していたESGファンドでもアンケート調査や公開情報による企業評価に加え、不祥事を毎月モニタリングしており、投資適格かどうかの判断を行っていた。

当時からすると現在は投資残高も大きくなっており、ESG評価の低下が招く影響は当時と比較にならない。

最近では元役員によるパワハラ行為とその後の経営陣の対応を理由に、全役員の退陣を求めるといった株主提案がみられた。

当該役員の行為によって、事業展開の遅滞と企業価値の減少、大量の退職者やメンタル不調者の発生等が生じた。内部統制が無効化してしまうといった点を問題視し、ガバナンスの点で経営陣の刷新を迫ったのである。

会社側は当初、争う姿勢を見せたものの、最終的に会社側は自社上程議案を取下げ、株主提案を受け入れる決断を下している。ESGの観点から、パワハラはもはや株主も看過できない事案になっている。

そもそもパワハラとは何か

「パワーハラスメント」(パワハラ)は日本で生まれた造語であり、欧米では「Workplace Bullying」や「Moral Harassment」といった表現が用いられる。
2012年に厚生労働省の「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ」において、「職場のパワーハラスメントとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいう。」といった概念整理が行われた。

パワハラ6つの類型

①身体的な攻撃
②精神的な攻撃
③人間関係からの切り離し
④過大な要求
⑤過小な要求
⑥個の侵害

そこで、上記のパワハラの6の類型が提示された。

パワハラというと上司から部下へ、というイメージが強い。
しかし、概念整理の時点で“職場内の優位性”という表現が用いられているように、上司部下の関係だけでなく、職務経験や人数など職務権限以外の“パワー”も含んだ概念となっている。
実際に企業等でアンケート調査を実施した際にも部下から上司、同僚同士による行為も少なからず含まれている。

なお、パワハラ防止法では、パワハラを職場において行われる

①優越的な関係を背景とした言動
②業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの
③労働者の就業環境を害すること

という3つの要素を全て満たすものと定義づけている。

パワハラの拡がりを示す統計資料として、厚生労働省の「民事上の個別労働紛争」の相談件数が挙げられる。2012年度に「いじめ・嫌がらせ」が相談内容別で最も高くなって以降も、件数は増加の一途を辿り、2019年度には87570件(25.5%)と2番目に多い「自己都合退職」の倍以上の件数となっている。

後半では、パワハラ防止法の内容に触れると共に、具体的な対策について解説したい。

▼続きはこちら
パワハラ対策は「経営課題」。対策を推進せよ㊦ パワハラ防止法で何が変わるのか

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