アパートローン最前線 ~スルガショックから4年。アフターコロナの次の一手となり得るか~

スマホで不動産情報検索サイト「楽待(らくまち)」の画面をスクロールしていた個人投資家の手が止まった。「厚木市、4900万円、満室想定10.4%、平成3年築、鉄骨造」。築31年の築古アパートの売り情報だった。3年前に大規模修繕も行われている。「悪くない」。個人投資家はつぶやきながら、Googleストリートビューで、物件の外観、道路付け、周辺環境等を確認した。

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個人投資家が見つけた優良物件

個人投資家が見つけた優良物件

個人投資家は続けて、物件の前面を通る道路の路線価を、路線価検索サイトで確認した。そして、暗算で土地積算価格(路線価×面積)も計算。50件に1件あるかないかの良い物件だった。事故物件検索サイト「大島てる」の確認も怠らなかった。

早速「楽待」サイトから、検討に必要な資料を不動産仲介業者に請求した。15分後、不動産業者から物件資料が届く。接道や間口も申し分ない。容積率・建蔽率オーバーもなく完璧な物件と思えた。

個人投資家は、メールに必要資料のPDFを添付し、取引銀行担当者に融資の事前審査の申し込みをした。ここまでわずか40分程度。

2日後。銀行から回答メールが届いた。400万円減額して4500万円で下指値(売主の販売希望価格より低い価格での買付意向表明を入れること)できるならフルローン(物件価格全額を借り入れること)可能とのことだった。

個人投資家は、買付申込書を入れるべく不動産仲介業者に電話を入れた。スピード勝負で一気にローン特約条項(最終的にローン審査に落ちた場合、売買契約を約金なしで白紙撤回できる条項)付きの売買契約締結に持ち込むつもりだった。

しかし、電話に出た不動産仲介会社の担当者の回答は素っ気なかった。

「既に買付が12本入っています。売主からはローン特約と契約不適合責任はなしでと釘を刺されています。おまけに、売主は価格を釣り上げてきました」

ローン借入が必要な素人が手を出せる代物ではない。完敗だった。

過熱する不動産市況

過熱する不動産市況

コロナ禍の金余りで不動産市況は過熱している。「年金2000万円問題」で個人の不動産投資に関する関心が高まっていることも背景にある。

不動産情報サイト運営の健美家㈱が公表する「収益物件市場動向 四半期レポート 2022年4月~6月」によれば、全国の一棟アパートの2022年4~6月の平均利回りは8.37%(前年同期比▲0.16%)、平均売買価格7330万円(前年同期比+320万円)と過熱状態が続いている。同期間において、区分マンションの平均利回りが7.39%から7.51%に上昇、平均売買価格が1571万円から 1447万円に下落していることとは対照的だ。

リモートワーク定着で都心部に住む必要性がなくなるなど生活様式の変化の影響もあるのだろう。一棟アパートについて、築古だが銀行ローンが付きやすい一部の優良物件については、肌感覚として、この2年間で利回りが1%近く低下している印象がある。

一棟アパート
一棟マンション
区分マンション
(出所)健美家HP「収益物件市場動向四半期レポート 2022年4~6月期」

バブルの再来なのだろうか。

1980年代後半、都内の土地価格は合理的に説明できない水準まで上昇し、不動産の利回りと金利の差であるイールドギャップも大きく逆ざやだった。現在は、日本でも不動産価値の考え方として収益還元法が定着し、長引く低金利の恩恵もあり、イールドギャップはプラスかつ相応の水準が維持されている。ただし、今後の長期金利の動向には注意を払っていく必要があるだろう。

かつては銀行の収益源だった「アパートローン」

かつては銀行の収益源だった「アパートローン」

金融機関にとって、不動産融資は今も昔も重要なビジネス機会の一つだ。不動産取引は、数千万円から数億円、中には数十億円単位でのまとまった資金需要を伴い、通常は資金使途物件を担保として取得できる。安定収益が見込める物件であれば返済の蓋然性も高い。一般的に長期融資となるため適用金利も高い。

かつて、アパートローンは地域金融機関にとって重要な収益源だった。地方においては、総じて企業規模が小さく、億単位の資金需要が発生する法人取引先は限られる。その中で、地主の不動産有効活用策としての、一棟アパート、一棟マンションの建設プロジェクトは数千万円~数億円ロットの融資機会を生み出す絶好の機会だった。

主な切り口は相続対策だ。広大な更地を相続した資産家には、多額の固定資産税や二次相続時の多額の相続税負担が発生する。土地に借金をして収益物件を建てることで、ローン残高はそのまま相続財産から控除され、建物は取得価格を下回る相続税評価額となる。何よりも大きいのが土地の評価減(小規模宅地、貸家建付地)だ。加えて、ローン返済後のネット収入は「年金2000万円問題」を補う貴重な収入源にもなる。

これらアパート建設が過熱する中で、2つの問題が顕在化していく。

一つは土地ありきの視点だ。土地の有効活用策として、銀行とデベロッパーが連携してアパート建築を提案する。本来、需要者(テナント)側の視点が重要なはずだが、供給者側の視点で相続税対策しか考慮せず、たまたま保有していた土地にアパート建てるという不動産プロジェクトも横行していった。

もう一つはサブリース問題だ。元来、不動産投資はリスクを伴う。リスク回避型の資産家の中には、税務上のメリットから不動産有効活用に関心を持ちつつも、空室や賃料下落リスクを懸念する層も少なくない。「サブリース」は不動産業者等が定額のサブリース料で物件を丸ごと借り上げ、テナントに転貸するシステムだ。不動産オーナーにとって、実際の家賃とサブリース料の差額(通常10~15%)が抜かれるが、空室リスクや賃料下落リスクのヘッジになり得る。実際に不動産有効活用でアパートを建てた資産家の多くがサブリースを活用した時期もあった。

ただ、これらサブリース契約は、無条件で未来永劫、定額のサブリース料が保証されるケースはまずない。多くは一定期間毎に更新され、更新時の賃料の引き下げに合わせ、サブリース料も減額される。この説明が不十分でトラブルとなるケースも少なくない。

入居者募集時の賃料設定や原状回復をするための修繕を発注する権限も基本的にはサブリース業者にある。もちろん、真面目な業者もいるが、中には相場をはるかに下回る賃料でテナント付けする手抜き業者、修繕の際に系列の建材業者を使い高額のマージンを抜く悪質業者が存在したのも事実だ。

スルガショックで一転するアパートローン市場

スルガショックで一転するアパートローン市場

2018年、過熱したアパートローン市場を大きく揺るがす事件が起きた。スルガ銀行の不正融資問題だ。スルガ銀行は、古くからリテール業務に特化し、ユニークな商品戦略で高収益を上げるエッジの効いた銀行であった。ところが「かぼちゃの馬車事件」をきっかけに、ずさんな融資体制が明るみとなった。

この事件を契機として、満ちた潮が引くように、地域金融機関がアパートローン市場から退出していった。不正融資を行っていたのはごく一部の銀行だったが、厳しくなる金融当局の目を意識し、多くがアパートローンから距離を置くようになった。

スルガショック以降、特に個人投資家(サラリーマン大家)が融資を引くことは至難の技となった。

このような厳しい金融環境にもかかわらず、不動産市況は過熱している。一体何が起こっているのだろうか。

おそらく、投資層が変化しているのだろう。相続対策やサブリース頼みでアパートに投資する素人の投資家は減少している。その一方で、不動産会社や不動産のリスクを見極められるセミプロの個人投資家が、銀行ローンが引ける一部の優良物件に集中し、結果として価格が吊り上がっていると考えられる。

銀行の開示資料から見えるアパートローン市場の現況

銀行の開示資料から見えるアパートローン市場の現況

ではスルガショック後、どの金融機関がアパートローンを貸しているのだろうか。各銀行のHPを見る限りでは、殆どの銀行が商品ラインナップとしてアパートローンを掲げている。

実際に積極的か、消極的か、融資スタンスについて明言する銀行はまずいない。融資の謝絶に際しても、明確な理由は示さず、総合的判断でという説明にとどめる銀行が大半だ。不動産業者に取材を重ねる中で、やはり厳しい環境であることが見えてきた。一部には融資スタンスの軟化の兆しもあるものの、アパートローンに積極的とされる銀行は十指に満たない。

その中で、各銀行の開示資料を見ていると、意外とも思われる銀行の存在が浮かび上がる。静岡県を地盤とする静岡銀行だ。邦銀トップの財務健全性を誇り、慎重な融資スタンスで有名な上位地銀である。

静岡銀行の2022年3月期における銀行単体決算ベースの貸出金残高は9兆5377億円だ。コロナ融資の特需もあり、二期前のコロナ禍の初期、2020年3月期の8兆9695億円と比較すると年平均成長率3.10%とそこそこの伸び率である。

一方、同期間におけるアパートローン残高の推移はどうか。2020年3月期の9749億円に対し、2022年3月期で1兆600億円。年平均成長率にして4.27%と全体の貸出金の増加率を1.17ポイント上回るペースだ。

さらに「2021年決算ハイライト」を見ると、静岡県外のアパートローン残高が、2020年3月期3251億円に対し、2022年3月期で4002億円に達し、実に年平均成長率10.95%という驚異的なペースで県外残高を伸ばしていることが判明した。さらに、開示資料を紐解く中、驚くべき事実が見えてきた。

静岡銀行のHP上は、アパートローンの適用利率の明示はないが、不動産業者のサイト等を見る限り、足元3.6%程度で対応しているようだ。この金利水準は同行全体の預貸利益にどの程度のインパクトを与えるのだろうか。

元々、静岡県は全国的にも金利が低い。特に県中西部においては、地銀、信金、メガバンクが優良企業に対する金利競争で凌ぎを削るエリアだ。2021年決算説明資料によれば、銀行単体ベースの貸出金利回りは1.04%(対前期比▲0.03%)だ。2022年3月末時点の貸出金残高9兆5337億円のうち、1兆600億円という一地方銀行としては破格の残高のアパートローンが3.6%で運用されているとすれば、全体の貸出金利回りの底上げにも相当程度のインパクトがあるはずだ。

県外アパートローンについて、開示資料には明示はないが、慎重な融資スタンスで有名な静岡銀行のことだ。審査基準を緩めて闇雲に全国で残高を伸ばすようなことはしないだろう。おそらく、賃貸需要が旺盛かつ安定していて、地価が高く、まとまった融資ロットを効率的に確保しやすい首都圏(一都三県)にフォーカスしていると思われる。

かつて、レッドオーシャン化し金利競争が激化していたアパートローン市場。スルガショックで一気に貸手は消えた。その中で他行とは一線を画する逆張りの戦略だ。現在は、むしろ貸手が借手や案件を選べるブルーオーシャンが広がっているといえるのかもしれない。同行以外にも、初心者向けの1棟目に絞って首都圏でアパートローンを強化する第二地銀、非対面チャネルに特化し全国対応可能でローン申込手続きを外部委託してネットで完結するサービスを始めた地銀など、一部にアパートローンを積極化する銀行なども出てきている。ちなみに、スルガ銀行も現在では行内体制を刷新し、全く違ったスタンスでアパートローンを取り組んでいるようだ。

静岡銀行 アパートローン残高
(出所)静岡銀行「2021年度決算ハイライト」の情報に基づき当社にて作成。

静岡銀行 貸出金末残・貸出金利回り
(出所)静岡銀行「2020年度決算説明資料」「2021年度決算説明資料」の情報に基づき当社にて作成。

アパートローン市場で注意すべきこと

コロナ融資の特需も一段落し、融資残高の減少圧力はますます強まる。企業の前向きな資金需要は乏しく、従来型融資でこの穴を埋めるのは難しい。サスティナブル・ファイナンスの積極化を公言する銀行は多いがこれも簡単ではない。

アパートローンでこの穴を埋めることは可能だろうか。それには、過去と同じ轍を踏まぬよう、土地ありきの有効活用提案ではなく、需要者側の視点や出口戦略で物件を見極めるなど抜本的な発想の転換が必要だ。

冒頭の個人投資家は、銀行から融資を引く秘訣をいくつか教えてくれた。私自身、バンカーとして通算20年以上、融資の最前線に立ち続けてきたが、法人一筋でリテール融資の経験がない私にとっては、初めて聞く新鮮な話だった。

ただ、よく考えてみると融資の基本中の基本で当たり前のことだった。住宅ローンほどではないが、アパートローンは与信判断に属人的な経験値が求められる企業融資と比較すると単純であり、審査手法を確立しコモディティ化することは比較的容易だ。

注意しなければならないのは、ブルーオーシャンは長くは続かないということだ。多くの銀行がアパートローン市場に戻ってくると、熾烈な貸出競争が始まり一気に金利は低下、担保評価や与信審査の目線も緩んでいく。

参入するのであれば、他行に先駆け参入して一気にポジションを確立し、市況悪化の際はババを引かないよう抑えを効かせる必要がある。つまり、慎重かつ大胆で、迅速な決断が必要なのだ。

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