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TSMC熊本進出の衝撃㊤:進出の短中期影響は1.3兆円
半導体の世界最古にして最大のファウンドリーメーカー、TSMCが熊本県に進出することを発表した。フロンティア・マネジメントの試算では、熊本県を中心に中短期で1.3兆円の経済効果を予想する。この記事では㊤㊦に分けて、熊本県を中心に九州ひいては日本の半導体産業発展に向けた提言をしたい。
1 半導体産業の現状
近年、半導体不足により自動車・スマートフォンをはじめ各種完成品の生産が制限され、改めて半導体が注目を集めている。
半導体は各種電子機器をはじめ、医療・交通・自動車等のインフラに用いられ、AI・IoT・Robotics等に使われる次世代電子機器に留まらず、自動運転を含む新たなモビリティ領域・ヘルスケア関連でもコアの技術となる。
DX・GX(グリーントランスフォーメーション)が急速に進む中、半導体市場は中長期的にも高い成長が続く見込みだ。
WSTS(世界半導体市場統計)によると、グローバル半導体市場は、過去20年アジアを中心に年平均5.3%も成長し、2020年にはUS$4,400億を突破。2022年には市場全体がUS$6,000億を突破すると予測する。
また、経済産業省は2030年の市場規模を、2020年比倍増となる100兆円に達すると予測している。
半導体産業では大きく開発、設計と製造の三つの工程に分けることができる。
そのうち、半導体製造では微細化が重要な命題だ。微細化は半導体開発競争の主要テーマである「小型化」と「省電力化」のカギであり、半導体が微細化するほど、性能向上に繋がる。
垂直統合型と水平分業型
微細技術含め、莫大な投資額が必要とする半導体産業では、すべての工程を一貫して手掛ける、資金力に富んだ垂直統合型のIDMメーカーのほか、工程ごとに特化する水平分業型の企業がある。
前者の代表は半導体メーカーで世界一の売上を誇るIntel社。後者の代表は最先端技術である5nm(=10億分の1メートル)以下の製造技術で独走状態にあるTSMCだ。
凋落した日本企業
米国・韓国・台湾が微細化や水平分業化の先端を走るのに対し、日本の半導体産業は1990年をピークに凋落し、2010年頃に20/22nmの微細化開発競争から脱落した。日本メーカーは、2020年の半導体メーカー上位10社ランキングから姿を消した。
2 TSMCの概要
TSMC(台湾積体電路製造股份有限公司)は1987年、台湾新竹科学園区に設立された世界初のファウンドリーメーカー(半導体の受託製造)で、シェア50~60%を持つ世界最大手のファウンドリーメーカーだ。
2021年度の売上高は568億米ドル、前年比+18.5%、4Q四半期前年同期比+24%と成長が加速している。
主要取引先はApple(アップル)、Qualcomm(クアルコム)、NVIDIA(エヌビディア)、AMD(アドバンスト・マイクロ・デバイセズ)など最先端技術を必要とする米国ファブレス企業が多い。
直近では先端微細技術(5/7nmプロセス)が売上高の過半数を占め、また先端的半導体の需要増に応えるべく莫大な金額(21-23年に約11兆円)の投資を計画している。
台湾に工場を集中させていたTSMCだが、近年、中国や米国をはじめ世界各地に進出し、拠点を拡大している。
3 TSMCの日本進出概要
TSMCは2021年11月、半導体に対する旺盛な需要に対応するため、22/28nmプロセスの製造受託サービスを提供する子会社Japan Advanced Semiconductor Manufacturing株式会社(JASM)を、熊本県に設立すると発表した。
進出先は、熊本空港に近い菊陽町の工業団地。隣接地にはCMOS等画像センサーで高い世界シェアを持つ、ソニーセミコンダクタマニュファクチャリング(SCK)の本社工場がある。
ソニーも出資
ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社(SSS)は、約5億米ドル(約570億円)を出資予定(20%未満の株式)。工場は2022年着工、2024年の稼働開始を予定し、当初設備投資額は約70億米ドル(約8,000億円)の見込みだ。
この計画は日本政府から強力の支援を受ける前提で検討され(約4,000億円の見込み)※注1、TSMCの純投資金額は約3,500億円程度と推測される。日本政府は2021年12月6日に、先端半導体工場の新設や増設を支援するための関連法改正案を閣議決定した。※注2
4 熊本県への影響は?
TSMCの日本進出による影響のうち、本稿ではまず短中期で熊本県への経済インパクトを考察する。
直接的な影響と間接的な影響に分けると、前者は土木・建設工事、設備関連・工場立ち上げをはじめとする投資関連の資金・人材の流入と操業開始後のメンテナンス需要・従業員雇用など工場運営関係のものだ。
後者では人口流入による家・住宅関連や小売関連など工場周辺地域への影響がある。これらの影響を試算するためシャープが工場を建設した三重県亀山市の事例を参考にした。
亀山市の事例
▲(出所)熊本地理「三重県亀山市における液晶企業の誘致と都市の変容」、
経済産業省「商業統計調査」
2002年2月、シャープは三重県亀山市に当時世界最大規模の液晶パネル工場を建設することを発表した。補助金・立地インセンティブを含めた様々な便宜供与を背景とした工場投資は、亀山市に大きな影響を与えた。
直接影響では、工場稼働による製造品出荷額の増加および雇用の創出だ。シャープの工場および関連会社の設立・稼働により市の製造業生産高は5年で約4.4倍となり、工場の拡大に伴い2007年にはシャープの従業員約2,300人、関連会社で約5,400人、合計7,700人の雇用が亀山市に創出された。
この労働人口の増加に相まって、亀山市の人口は6年間で約4%増加し、2006年の住宅需要は2001年の4倍に、2007年の小売の年間商品販売額は2002年比1.2倍に増加した。
影響は1.3兆円 熊本県への短中期影響の試算
現在公開されている情報と亀山市の事例を参考に当社が試算した結果、TSMCの日本進出による短中期的インパクトは約1.3兆円程度。内、工場の運営による直接影響は約1.2兆円に上り、約6,000人の雇用創出が見込まれる(立ち上げのための人員含め)。TSMCの広報責任者によると、工場のスタッフのほとんどは日本で採用する見込みだ。(※注3)
また、上記の影響以外では地方税収入の増加も見込まれる。工場敷地、建物や機械設備に対する固定資産税、関連企業の設立・増設による法人事業税や法人県民税など、工場が地域に存在するだけで、もたらされる経済効果は絶大だ。
シャープ亀山工場の事例では、三重県によると、2004年以降の5年間の税金累計増収額は117億円と、県がシャープの誘致のために交付した補助金90億円を上回り、立地後5年間で回収できたとしている。
TSMC進出による絶大な経済効果
TSMCの日本進出による短中期の経済効果は絶大だ。半導体産業は今後も成長が加速すると見込まれ、そのリーディングカンパニーであるTSMCの誘致成功を一過性の影響に留めず、長期的・持続的な成長を発展させるべきだ。
次回㊦は、熊本県を拠点に、日本の半導体産業の持続的な発展につなげる要件と今後の可能性について言及したい。
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注1
TSMCによる半導体ファウンドリの日本での設立と、ソニーセミコンダクタソリューションズによる少数持分出資について:ニュースリリース|ソニーセミコンダクタソリューションズグループ
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