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東京オリンピックラプソディ〜消費者の変化、商機を大胆予測!
2020年は、東京オリンピック(五輪)に加え、5Gのサービス開始など、日本の経済が大きく動くイベントが控えている。 グローバル化や訪日外国人の増加はすすみ、AIやIoTといったIT環境も進化。「モノからコト」へ消費の形が変わり、人々のライフスタイルも変わりつつある。 オリンピック後の日本の消費動向はどうなるのか。当社産業調査部の消費財を専門とする3人が、日本の消費動向について予測した。
オリンピック観戦、高齢者は映像で楽しみ 若者はライブ・コト消費で外に出る
昨年に続き、日本は今年もグローバル規模のスポーツイベントの開催地となる。昨年はラグビーW杯、今年は56年ぶり2度目の東京オリンピックがある。
前回1964年の東京オリンピックは日本を大きく変えた。新幹線や高速道路、住宅などのインフラが整備され、テレビの普及率が急激に高まった。日本の経済成長がすすみ、一気に先進国入りしたタイミングとも言える。
一方、今回は経済が成熟し、少子高齢化で人口増に歯止めがかかった日本で、同じイベントが開かれる。本稿では、当社産業調査部の消費財分野のアナリスト3人が、オリンピック開催時期の消費スタイルの変化を大胆に予測した。
3人の分析から、高齢世代と勤労世代の消費スタイルの違い、旧来のビジネスから脱却し、デジタルリテラシーの高い若い世代のニーズに対応することの重要性が見えてきた。
電機業界:盛り上がらない4K /8Kテレビ商戦、メディア環境に大きな変化
テレビ需要はピークの2割以下に
2018年のテレビ国内出荷台数は451万台で、ピークだった2010年の2519万台と比べて2割以下に減った。日本でテレビを開発・生産・販売する企業はほぼなくなり、2010年に最大手だったシャープも2012年に経営危機に瀕した。液晶パネルなど関連する産業も軒並み国際競争力を失い、家電量販店も一部厳しい状況となっている。
テレビは1975年に世帯普及率90%を突破。1990年には世帯普及台数が2台を超え、テレビは家電産業の中心であり、けん引役だった。産業の成長はテレビの対米輸出から始まったといえる。
1990年以降、市場がピークとなる2010年までの20年間、テレビには多くの技術革新があった。
1989年に始まったBS放送(一部有料放送を含む)と、そのデジタル化(2000年前後)による多チャンネル化。また2003年に始まった地上デジタル放送、その後のデジタル放送のHD化(BD/地上波)。ブラウン管からフラットパネルテレビへの移行や、ビデオからDVD、Blu-rayへの移行がその代表だ。
こうした放送方式の高画質化と、それらに対応した製品群の低価格化が、市場を大きく押し上げる要因だった。
前回の買替要因はHD放送ではなくアナログ放送終了
経験的にテレビの需要を想定するとき、重要なのは買替サイクルだ。内閣府の調査によると、テレビの平均使用年数は9~10年で、買い替えの要因を①故障②上位機種への移行③住居変更④その他の4つに分類している。2010年は②「上位機種への移行」と④「その他」がピークで、翌年以降は①「故障」が主要因となっている(④「その他」は2011年7月のアナログ放送の停止と推測)。
2018年12月、衛星を使った4K/8Kの民間放送が始まった(4K=Ultara-HD=UHDと称される)。既存のHD放送の定義は2K。4Kはその4倍、8Kはその16倍の精細度とされる。
対応テレビやUHD対応のレコーダーも発売され、2019年は日本での巨大イベント(ラグビーW杯、翌年の東京オリンピック/パラリンピック)を控えた年として、UHD商戦は大きな盛り上がりを期待されていた。ただ、放送開始から3ヵ月が経過した2019年4月時点では、商戦の盛り上がりは見られなかった。ちなみに売れ筋の対応テレビやレコーダーの価格は放送開始3カ月後に30%前後下がるなど、高画質放送の開始はテレビやレコーダーの売れ行きに影響せず、商戦は肩透かしの印象が強かった。
低下するテレビの存在感
家電量販店ビックカメラでは、2011年に14.3%だったテレビの売上構成比が、2018年には4.5%まで縮小した。家電量販店にとってテレビは主力商品ではなくなった。
テレビメーカーも売上高が大きく減少。国内で存在した開発や生産上の固定費をカバーできず、撤退または海外へ事業を移管した。
また、テレビ広告費の減少でテレビ局自体の収益性が悪化。テレビ局が番組制作に多額の資金を投下できる環境はなくなっている。このようにテレビに関連する業界が変化し、テレビに集中できなくなっていることも、テレビ市場が盛り上がらない要因の一つだろう。
テレビをめぐる世代間格差は拡大
インターネットの利用率は80%を突破し、スマートフォンの保有率は60%を突破した。すでに固定電話やFAX、パソコンなどの世帯保有率は、2008年ごろをピークに大きく下がっている。
インターネットユーザーの多くは、スマートフォンユーザーに変化し、従来の有線系やデバイスを駆逐している。そうした中でテレビの普及率は90%超を維持しており、比較上では健闘している印象だ。
ただその要因は、生活パターンが昭和~平成初期から変わらない高齢世代(平日テレビ視聴時間は10~20代83分/日に対し50~60代は227分)にある公算が大きい。
高齢世代は、比較的広い家に住み、複数台の大型テレビを保有し、ソコソコの画質と広告込で与えられたコンテンツを無料のテレビで楽しんでおり、満足度が高い。
一方、首都圏の貸家に住む単身世帯(この層が絶対数で増加)で、自分の空き時間に好きなコンテンツを楽しむ世代がその反対だ。
実際、着工住宅の床面積は平成に入って縮小化。特に関東大都市圏の貸家、一人当たり住宅床面積は、わずか23.8㎡しかない(日本平均は39.4㎡、アメリカは62.0㎡、フランスは44.3㎡)。
狭い家で十分なエンターテインメントが楽しめず、音楽ライブや各種イベント、ファストファッションなどの低価格ショッピングに出かけていくのが標準的な20~30代だ。狭い部屋には、大きなテレビを置く場所すらないのだ。
国内向け定額課金サービス(サブスクリプション・サブスク)にチャンス
4K /8Kテレビ市場の盛り上がりは、限定的な昭和~平成初期の持家世代に限定される。昨年の450万台比は2019年後半以降に倍増する可能性はあるが、イベント前で需要が集中する2020年もピークと比べると、数分の一程度に留まるのではないか。テレビの生産や販売、広告で収益を上げた時代は終わり、成功体験は捨てるべきだ。
テレビ需要が最大となった2010年以降、家計の消費支出は年率0.3%で減少。減少率の最大分野は、教養娯楽用耐久財だ(年率12.7%減)。一方で通信・教養娯楽用サービスの支出は増加しており、ハードからソフト・コンテンツへの支出の移動がデジタル放送以降、明らかになっている。
さらに今後高齢化が進めば、映像プログラムの視聴時間は増加する可能性が高い。また、デジタルリテラシーを持つ世代が増えると、オンデマンドの有料サービスを享受する層が増える可能性が高い。
ただ、多くの海外発のサービス会社が月次定額課金プログラム(サブスクリプション、サブスク)を提供しているが、それぞれ一長一短で十分なライブラリを持つとは言いづらい。そのため、日本人へ向けた多様なコンテンツやライブラリを持つ月次課金サービスの提供や、そのプラットフォームにおいては、十分なビジネスチャンスがある。また、新たな世代向けの波(ライブ、イベント、ショッピング)にも大きなポテンシャルを感じる。
執筆者:栗山 史
流通・小売業界「イベント消費」の象徴としての東京オリンピック
以下では、東京オリンピックの開催期間と、開催後に起こり得る消費産業への影響について考察したい。
過去あった国内開催のスポーツイベントで、最も近いのが2002年の日韓共催サッカーW杯。その経験にならうと、大会期間中は、一部のイベント型消費(テーマパーク、百貨店、外食、カラオケなど)の客足にマイナスの影響が出ることが予想される。
一方で、海外からの多くの来訪客による観光産業や、大会会場付近の小売店(コンビニやドラッグストア)は特需景気の恩恵を受けるだろう。
今夏のオリンピック開催を機に、新たな社会インフラや事業サービスの整備や実証実験も進むと予想される。1964年開催の東京オリンピックでは、新幹線や首都高速道路が整備され、それらは現在も重要な社会基盤として稼働している。このような観点からは、以下3つの事業サービスが注目される。
・第1が、IoTや5G(第五世代通信ネットワーク)を活用した映像技術だ。競技者が躍動する姿を様々な角度から映し出し、高速通信で届けられた映像は、スマホやパブリックビューイング会場での観戦体験を様変わりさせるだろう。
世界的な消費市場のトレンドとして、音楽フェス、ファッションイベント、複合イベントが成長著しい。その背景には、自らの特別な体験をフェイスブックやインスタグラムなどのSNSでシェア(共有)することを動機とした体験消費ニーズの増加がある。
1964年の東京オリンピックや2002年のW杯の開催時にはなかった、5GやSNSといったIT技術・サービスを追い風に、今年の東京オリンピックの競技場やパブリックビューイング会場は大いに熱気が高まるだろう。
先進の映像技術は、人手不足に悩むセキュリティ用途としても注目を集めている。いまや監視カメラ大国と呼ばれる英国の首都ロンドンでは、2012年のオリンピック開催を起爆剤としてサイバーセキュリティが強化された経緯がある。
・第2に、トヨタ自動車が競技場やその付近で行う予定の自動運転技術(レベル4)の実証実験だ。また、会場内では、ヒトの移動に加えて、自動運転技術を活用した移動販売車も試験運用される。トヨタの自動運転技術のコンセプトカー「e-Palette」は人の感情や嗜好を認識する対話型AIを搭載する模様で、AIによる接客対応の完成度にも注目したい。
・第3が、キャッシュレス決済だ。海外からの訪日客による利用を念頭に、小売店や交通機関などにおけるQRコード決済への対応がいっそう進む見通しで、政府も普及促進に本腰を上げている。2019年10月から、オリンピック開催の20年夏までにキャッシュレス決済へのポイント還元が始まっている。
生活スタイルの変化が加速する
オリンピックを機に、人々のライフスタイルにも変化が生じる可能性がある。スポーツイベントが国民の生活様式を変えるというのは珍しい話ではない。
例えばロンドンオリンピックでは、前述のセキュリティ対策に加えて、競技会場の整備と、倉庫街だった東部地区の再開発計画がリンクして進められたことも、市民生活に多大な影響を与えた。会場の跡地は現在、近代的なニュータウンとして蘇生している。日本においても、湾岸エリアのオリンピック会場は大規模マンションやスポーツ施設として再活用される計画が進められている。
来たる東京オリンピックによるライフスタイル変化という視点から、筆者が注目しているポイントも3つに絞られる。
・第1に、自宅で熱戦を視聴している人は、料理、外食、宅配荷物の受け取りなどで邪魔が入ることを回避するために、より積極的に新しいサービスを受け入れるのではないだろうか。
02年の日韓W杯のときにはピザのデリバリー利用が増えたが、現在の消費者は当時よりも多くの選択肢を持っている。UBER EATSや出前館のような食品デリバリーサービス(ECケータリングとも呼称される)がその筆頭だ。また、観戦を妨げる宅配荷物の受け取りを解消するために、IoT型の宅配ボックス・バッグを使って受取荷物を玄関先に「置き配」してもらう人も増えるのではないだろうか。
・第2に、オリンピック期間の混雑緩和を狙った別の取り組みとして、日本政府によるスマートワークの促進も動き出している。テレワーク、有給休暇利用、過度な残業の抑制などの働き方改革は、東京オリンピックを機にさらに前進することが期待される。
・第3の注目ポイントは、大会期間中の都心部において深刻になると予測されている交通渋滞問題だ。これについては、オリンピック組織委が大会期間中のEC利用を控えるように訴えたことも記憶に新しい。特に懸念されるのは首都高速道路の移動で、大会関係者や選手の移動を妨げないために、大会期間中は首都高利用料金が時間帯別に値上げされる案などが検討されている。
時間帯、曜日、シーズン別の需給状況に応じて価格を変動させる「ダイナミックプライシング」はUSJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)の入場料金で導入されて話題となったものの、まだ始まったばかりだ。東京オリンピックでの首都高を契機に、より広く適用されていく可能性があるだろう。
執筆者:山手 剛人
エンターテインメント:東京オリンピック前後で、ライブ、ゲーム産業に大きな変化
ここでは、東京オリンピックがある2020年夏前後の、エンタメ産業の注目点について考察したい。
近年の国内エンタメ産業の成長分野は、グローバルなネット動画配信の浸透で海外売上の拡大が顕著な「アニメ」と、体験型消費の代表格である「ライブ・エンタテインメント」だ。このうち、東京オリンピック前後で大きな変化が期待されるのは、ライブ・エンタテインメントだ。
東京オリンピックを前に、ライブ会場にも用いられている大型スポーツ施設、特にオリンピック会場となる代々木第一体育館などの既存施設は改修の動きが加速している。そのため、ライブ・エンタテインメント業界では、オリンピック終了までは会場不足の問題に悩まされるものとみられる。
しかしオリンピック終了後は、オリンピックで新規に建築される有明アリーナなどの施設も、ライブ会場に使用される見込みだ。それに加えて横浜、渋谷、池袋などで新規ライブ会場が開設される見込みのため、会場不足の問題は一挙に解決するとみられる。
オリンピック後は一転、ライブ施設が多くなりすぎる懸念もある。コンテンツ関連企業は、ライブチケットの優先購入をインセンティブとするファンクラブへの加入を促進し、ライブ会場でのグッズ販売を主軸とした明確な収益確保手段を持つライブ関連ビジネスを成長の柱と位置付けて、強化する方針を示している。
またコンテンツ関連企業は、野球、サッカーなどのスポーツビジネスへの参画、後述するような、ゲームを核にした新しいライブ/スポーツビジネスであるeスポーツへの参入、キャラクターを用いたCGライブへの参入など、ライブ関連ビジネスの横展開の動きを強めており、ライブ関連分野でのM&Aや投資ニーズは強含みで推移するものと考えられる。このようなコンテンツの多様化と、会場不足の解消により、オリンピック後のライブ・エンタテインメント市場の成長加速に注目したい。
5Gで激変するエンタメ業界
日本では2020年に、低遅延でデータ伝送容量の大幅拡大を特長とする新携帯電話規格の5Gを東名阪に導入する見込みだ。当初はサービス料金や、グローバル対応の端末がそろうのかといった懸念から、急速に個人に浸透するとは考えにくい。したがって、オリンピック前後というタイミングの5Gは、むしろ法人需要、すなわちインフラ需要に適合すると考えられる。
エンタメ産業で低遅延という5Gの利点を大いに生かせるのが、ゲーム分野と考えられる。とりわけ対戦ゲームをプレーし、イベントとして公開するeスポーツでは、当たり外れの判定に低遅延のインフラは必要不可欠だ。
現時点でもeスポーツの大きな大会の上位対戦には、有線の低遅延インフラを設置することは可能だが、予選段階や下位の対戦の際に構築が容易な低遅延インフラとして5Gが利用されていく可能性がある。そうなれば、eスポーツイベントを頻繁に開催することが可能となり、5Gがeスポーツの普及・浸透に大きく寄与することとなるだろう。
加えて、マイクロソフトやグーグルが、大容量伝送が可能な5Gを前提として、演算処理はクラウドで、ゲームプレイはスマートフォンやタブレットで行うゲームストリーミングサービスを試験的に開始する見込みだ。脱ゲームコンソールの動きが加速し、本格的に「クラウドゲーミング」が立ち上がる可能性もあるだろう。
そして、「ポケモンGO」に代表される位置情報を使ったARゲームに関しても、低遅延や大容量伝送という5Gの特徴を生かして、チーム戦やバトルロイヤルなどのゲーム性を導入することで新たな魅力を付加することが可能となる。
また、新しいライブ・エンタテインメントとして話題となっているCGライブに関しては、スクリーンに映し出されたCGキャラクターと、動きの演出を担当するスタッフの動きを、モーションキャプチャ技術によりシンクロさせる必要があるため、低遅延のインフラが必要不可欠となる。モーションキャプチャを行うスタジオと、CGライブの会場は離れていることが多いと考えられるため、低遅延の5Gは、CGライブを支えるインフラとして存在感を増す可能性があるだろう。
CGライブでは、参加者がキャラクターに向けた金銭ギフトを競う「投げ銭」と呼ばれる演出があるケースもみられ、こちらも低遅延のインフラが、この演出の快適な進行に貢献すると考えられる。
5Gの大容量伝送に関しては、映像配信における送り手側の革新に注目している。受け手側に関しては、データ容量を必要とするVR映像の配信などが注目されているが、依然専用端末を必要とするなど、普及への課題は多い。むしろ、ドローンや360度カメラを用いた高精細なスポーツ映像配信など、5Gによる送り手側の革新が、新たな動画視聴ニーズを生み出すかに注目したい。
執筆者:福田 聡一郎
おわりに
2020年の東京オリンピック(五輪)を機に、日本の経済は大きな転換期を迎えることになる。
グローバル化は益々進み、国内の至る所に訪日外国人を見かける景色が当たり前になるだろう。また、世の中のIT化は更に加速的に進み、これまでと違った価値観が生まれる未来へ近づきつつある。
※機関誌「FRONTIER EYES」vol.25(2019年5月発行)掲載記事を修正の上再掲
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