フランスを拠点にヨーロッパ、アフリカへ 日本企業への支援強化 TMI総合法律事務所パリオフィスインタビュー

フロンティア・マネジメント(以下「当社」)は2022年8月に欧州・中東・アフリカ(EMEA)室を設置し、23年7月にはフランスM&A専門ファーム「Athema社」との資本業務提携を公表・実施し、フランスを拠点として、EMEA各国におけるM&Aや事業展開の支援業務を強化している。今回は、2023年1月に日本の大手法律事務所として初めてフランスにオフィスを開設したTMI総合法律事務所(以下「TMI」)のパリオフィスを訪問し、法律専門家である、弁護士の平林拓人さんと、フランス法弁護士の千田多美さんから、フランスでの労務管理や同国を経由したアフリカへの進出についてお話を伺った。

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話:平林拓人弁護士、千田多美フランス法弁護士
聞き手:五十嵐幹直マネージングディレクター M&Aアドバイザリー部門 欧州・中東・アフリカ室長(パリ駐在)

平林拓人さん、千田多美さん
左から平林拓人さん、千田多美さん

現地スタートアップ企業への投資などニーズに応える

Q:今年1月に日本の大手法律事務所の中で初めてフランスにオフィスを開設されましたが、欧州の中でもフランスを選ばれたのはなぜでしょうか?

千田:まず、当事務所は創業当時からフランスと強い繋がりがあったという点があります。

創業メンバーは知的財産分野で著名であり、ブランドビジネスの盛んなフランスとの間では、設立当時から多くの業務を取り扱ってきました。

そういった経緯もあり、1995年にはフランスの大手法律事務所と提携し、日本では先駆けとなる特定共同事業を開始しました。

その後2008年には、フランス法の弁護士が中心となり東京オフィスの中にフレンチデスクを作り、数多くの日本企業やフランス企業からの相談に対応してきました。

フランスのオフィス
パリオフィスの外観

平林:また、フランスにおいて当事務所のような日本の法律事務所が果たす役割が大きくなってきていることも背景にあります。

フランスという国は、現在の転換期にある世界において独自の立ち位置を保ち、勢いを失っていません。日本企業の関心も高く、今後も法律業務に対するニーズは高まっていくと考えています。

例えば、フランスでは現政権の強力な後押しもあり、近年多くのスタートアップ企業が誕生し世界的にも注目されていますが、そういったスタートアップ企業への投資を検討する日本企業も増えています。

一方、当事務所では、そういった日本企業のニーズにこたえる体制が整っています。日本の法律事務所の海外拠点の重要な役割として、現地の法律専門家と緊密に連携して日本企業をサポートすることが挙げられます。

現地の法律専門家といかにチームアップできるかが重要になりますが、当事務所は、フランスの弁護士と長年に渡って関係を築いており、それをいかすことで日本企業のニーズに十分こたえることができます。

スト多発…労働者が裁判を起こしやすい国

スト多発…労働者が裁判を起こしやすい国

Q:フランスで活動する日本企業を法務面から支援されている中で、どのような相談が多いのでしょうか。

千田:会社法関連の企業法務や個人情報保護等のコンプライアンス関連、駐在員の派遣の際のビザ・滞在許可証申請、営業財産の譲渡、許認可や規制に関する法令調査、商業契約など、幅広い法分野でご相談をいただいていますが、フランスに進出する日本企業にとって避けて通れないのが労働法です。

雇用契約の作成から契約の解消にいたるまで、労務管理上のご相談が大きなウェイトを占めています。

Q:ご指摘頂いた労務管理に関しましては、フランスでは近時インフレや年金制度改革に伴いストライキが多発していることもあり、日本企業からすると、どうしても労務管理が難しい国という印象を受けてしまいます。また、これが原因となり同国への進出や同国企業の買収に躊躇してしまう日本企業も一定数あるのではないかと感じます。実際に日本企業からの相談を受ける中で、フランスの労務管理はどのような点が難しいのでしょうか?

千田:そうですね、確かに労働者問題が難しいという点は間違っていないですね。

まず、労働者が裁判を起こしやすい国であり、裁判というのが日常的に起こりうるものだという点があります。その背景として、フランスは企業に比べて弱い立場にある労働者を保護すべきという意識がとても高い国で、労働者を守るべく労働法制が整備されており、さらに労働法の弁護士数が多く労働者が弁護士を見つけやすいという環境があります。

それから、労働組合の存在感が強いという点が挙げられます。例えば、企業が従業員を解雇する際には従業員との事前面談が義務付けられていますが、労働組合のベテラン組合員等が労働者のアドバイザーとしてその場に同席できるという制度があります。

また、集団解雇の際には行政当局の承認が必要になりますが、その過程で従業員側ではCSE(社会経済委員会)という従業員代表機関が経営陣との情報交換や交渉を担い、解雇に関する意見を発出するほか、集団解雇の経験豊富な弁護士や公認会計士が起用され、従業員の主張を金銭面も含めて支援するケースがあります。

「つながらない権利」先進的な労働法制

「つながらない権利」先進的な労働法制

Q:労働者保護という面でフランスの労働法制は進んでいるのでしょうか?

千田:労働法制が進んでいるという面はあると思います。例えば、「つながらない権利」(droit à la déconnexion)です。つながらない権利とは、勤務時間外や休日に企業から送られる電話やメールに対して応答しないことが許される権利ですが、フランスが最初に導入して、イタリア、スペイン、ベルギー等の他国が追随しているような状況でして、EUレベルでも法制化しようという話も出てきています。

Q:そうすると、やはり企業側の負担が重くなっているということでしょうか?

千田:過度な労働者保護により企業が雇用をひかえたり、企業の負担が増え競争力が失われないように政府も意識しており、バランスを取りながら法整備が進められているという印象を持っています。

例えば2017年の大規模法改正において目玉となりましたが、不当解雇による損害賠償額の上限が勤続年数に応じて定められました。差別的な解雇などにはこの上限は適用されませんが、企業としてはリスクも把握しながら解雇の手続きを進められるようになりました。

また、労働者保護という点についても、企業にとって一概にマイナスとは言えないのではないかと感じています。労働法制が整備されていることにより、労働者としては自分が希望する働き方で安心して長く勤められることになり、それにより企業としては安定的に労働力を確保できるというプラスの面もあります。

フランスでは労働時間は週35時間制が原則と定められていますが、役職によってはそれに縛られず柔軟な働き方ができるようになっています。

それでも日本人から見るとやはり労働時間が短く休みが多いように感じるでしょうが、優秀な従業員は休みをしっかりとるためにも集中して効率的に業務をこなす意識が高く、また十分な休息を取ることで従業員は良好な健康状態を維持しながら仕事に従事できますので、結果的に労働者・企業の双方にとって理想的な労働・雇用のあり方を追求できる社会とも言えるのかもしれません。

フランス企業のアフリカでの優位性

フランス企業のアフリカでの優位性

Q:フランスはアフリカとの繋がりが強いためアフリカで事業を行う企業が多く、フランス企業を買収してアフリカに進出したいと考えている日本企業の話もよく耳にします。フランス企業を買収してアフリカに進出することについてはどうお考えでしょうか?

平林:日本企業がアフリカ、特にフランス語圏アフリカに進出する際は、フランス企業と連携して進出するケースが見られます。また、アフリカで事業を行うフランス企業を買収してアフリカに入っていく日本企業も増えてきています。それは合理的な判断だと我々は考えています。

アフリカは新たに事業を始めること、あるいはそれを継続していくことが難しい地域ですので、日本企業が単独で進出していくというのは容易なことではありません。そこで、その国で長い間事業を行い、現地のビジネス環境や労務管理等を知り尽くしているフランス企業のノウハウというのが非常に有効になってくるわけです。

特にフランス語圏のアフリカ諸国は、英語圏のアフリカ諸国と比較しても、旧宗主国(フランス)との政治的・経済的なつながりが強いため、そういった国々においてはフランス企業の優位性が際立って見えます。

また、もう一つの観点として、日本企業がアフリカに進出する場合には、各国単体の市場がまだ小さいため、一定の事業規模を確保するため複数国に同時に入ろうとするケースが見られます。そのような場合には、アフリカの複数国で既に事業を展開しているフランス企業を買収したり提携先として活用したりすることにより、短期間で複数国への展開を実現することが可能です。

アフリカでのビジネスは経験がものを言う

Q:他国が積極的にアフリカに進出する中、日本企業は他国に後れを取っている印象が否めません。進出を検討はするものの、なかなか意思決定・実行にまでは至らない、他国企業と比べると意思決定までの時間が長く機を逸してしまう、という声をよく耳にします。

例えば人権問題を例にとってもアフリカの労働集約的な産業では今なお労働者の人権が侵害されているような実態もあり、日本企業の投資基準に照らすとなかなか投資実行の判断には至らない一方、欧州企業はそのような産業に対しても日本と比べれば積極的に投資をしていますが、なぜ欧州企業はそのような投資ができるのでしょうか?

平林:そのような場面の多くで当てはまると思いますが、経験がものを言います。ご存じのとおり歴史的には、植民地時代を含め、欧米の企業がアフリカで人権侵害に関わっていた過去があります。

その過去から現在までの長い歴史の過程において、欧州企業はアフリカでビジネスを続け、国際社会や現地政府の圧力を受けて軌道修正したり、あるいは自社の力で是正したりといったことを繰り返してきた経緯があります。

そういった経験から、人権問題一つをとっても、どこに問題があり、どのように対応していけばよいのかという感覚を持っています。同様なことは、許認可から労務までビジネスに関わるあらゆる法分野について当てはまると思います。そうした経験に基づいて、アフリカでの状況が刻一刻と変化している中でも問題に適切に対処できるわけです。

日本企業はこれからアフリカで事業を始めるとなると、そういったバックグラウンドがないわけですので、経験のある欧州企業とは大きな差が生じます。

もちろん、経験という意味では、アフリカ現地資本の企業と組むことも選択肢になりますが、やはり欧米資本の企業はコンプライアンス体制が整備されており、グローバルスタンダードの規制への対応力もありますので、そういった意味でも欧州企業と組んで市場に参入するというのが、日本企業にとっては有効な選択肢になるのではないかと思います。

リスク評価と意思決定に課題

Q:それでも欧州企業には依存せずに、自らアフリカに進出しようとする場合には、どのようなことが必要になるのでしょうか?

平林:とにかくアフリカに入ってみて自ら経験を積んでいくということになりますが、日本企業は一般的にリスク評価に苦労することが多いという印象を持っています。

アフリカがハイリスクの地域であることは否定できませんが、リスクといっても重大なものから軽微なものまで非常に幅があります。アフリカの成長に伴い将来得られるリターンを考えたら、それほど重大なものでなければリスクはある程度覚悟しなければいけない場面もあります。

そういったリスク評価とそれに基づく意思決定ができず、取れるリスクを取らずに事業機会を逃してしまっている日本企業は多いのではないでしょうか。

また、アフリカは、国単位でみた場合の政治的経済的リスクが比較的高い地域ですので、一国だけに投資すると、リスクが顕在化した場合のダメージが大きくなる傾向があります。そのような場合を想定し、一国あたりの投資額は抑えながら複数の国に分散投資する、といったように臨機応変に戦略を立てていくことも必要かもしれません。

アフリカ全54カ国をカバー

Q:パリオフィスでは、アフリカに関しても日本企業を支援されるのでしょうか?

平林:パリオフィスを設立した目的の一つがまさにアフリカでの日本企業支援にあります。フランス、フランス以外のEU諸国、そしてアフリカが、パリオフィスの業務の3本柱になります。

TMIは2015年にケニアで拠点を立ち上げ、東アフリカを中心に対応できる範囲を広げてきましたが、アフリカ全54カ国をカバーするのは容易ではありませんでした。

特に北アフリカ、西アフリカをカバーするのが地理的にも難しい状況にあったため、今回パリオフィスの設立にあたり、ケニア現地デスクは維持拡大しつつ、パリオフィスからは、特にフランスと密接な関係を持つ北アフリカ、西アフリカの国々をカバーし、アフリカ全域で日本企業を支援する体制を構築していくことになりました。

今後、日本企業がフランス企業・欧州企業と連携してアフリカ市場に参入するようなケースも含め、日本企業によるアフリカでの事業展開を一層支援していきたいと考えています。

弁護士 平林 拓人
TMI入所後、2015年よりケニアの大手法律事務所に勤務し、ケニア現地デスクの責任者として、日本企業のアフリカでの事業立上げ・M&A・その他の事業活動を法務面から幅広く支援。2023年のTMIパリオフィスの立上げにも参画し、オフィス設立メンバーとして現在はパリを拠点としてアフリカ、フランス、その他欧州各国における日本企業のM&Aや事業展開を支援。東京弁護士会、ニューヨーク州弁護士会所属
フランス法弁護士 千田 多美
2008年にフランスのパリにて弁護士登録後、TMI東京オフィスのフレンチデスクに勤務。2014年10月よりパリの法律事務所に勤務しながら、TMIフランス現地デスクの責任者として8年に渡り、フランスにおいて日本企業を対象とした法務助言業務に従事。2023年のTMIパリオフィスの立上げに参画し、オフィス設立メンバーとして引き続きフランスを中心に日本企業のM&Aや事業展開を支援。パリ弁護士会所属

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