「海辺のカフカ」より 「退屈」と「飽きる」の違い

この世界において、退屈でないものには人はすぐに飽きるし、飽きないものはだいたいにおいて退屈なものだ。そういうものなんだ。

 『海辺のカフカ』(新潮社)――15歳の家出少年カフカの物語と、猫探しの名人ナカタさんの物語が交互に語られる不思議な作品――からの引用です。司書の大島さんが、カフカにシューベルトのソナタの魅力について解説したのが上記の一文。大島さんは、シューベルトのソナタは「ある種の不完全さ」を持っており、不完全であるがゆえに人を惹きつけるのだ、多くの人間は「退屈」と「飽きる」ことの違いがわかっていないと考えています。

軽視される「自社の適合性」

さて、事業の選択にあたっては、「内部」(自社の組織能力との適合性)、「外部」(産業の規模や成長性)の双方から総合的に判断されるものでしょうが、後者に重きが置かれすぎているように感じることがあります。

高成長な分野、巨大な分野、すなわち「退屈でない」分野は競争も激しいのです。2000年代のハイテク産業の花形産業と言えば、半導体、薄型テレビ、携帯電話、太陽光発電機器など・・・。でも、これらは全て大変厳しい結果となりました。産業規模が大きく、成長性も高い事業は目立ちますし、誰もがやりたい。そうなると参入企業も多くなり、競争が熾烈になる。当然の理です。

2010年代前半、大手AV機器メーカーの幹部と会食をした時のことです。当時、薄型テレビの価格が暴落、日本企業のテレビ事業の赤字を合計すれば数千億円!であったでしょう。同社にとってもテレビ事業は頭痛の種でしたが、同社はテレビのメーカーであると同時に住宅用・建築用資材の企業でもあります。そして、こうおっしゃいました。「32インチテレビが3万円。最先端技術がぎっしり。一方・・・」と言いながら、壁のコンセントや電気のスイッチを指しながら「あれも3万円だ」と。

さすがにスイッチやコンセントは3万円もしませんので、誇張した表現ではあるのですが、華やかさと価格(事業としての魅力)は比例しないということです。同社のテレビ事業が巨額の赤字に沈む一方、住宅用・建築用資材は堅実な利益を上げ続けています。

技術革新という意味ではコンセントよりも薄型テレビ技術でしょう。何しろ、薄型テレビは、10年で性能は10倍、価格は1/10になった、すなわち、対性能価格は10年で100倍になったような、文字通り技術革新を実現したのです。しかし、事業としては苦難の歴史です。日本の薄型テレビ産業の損益を累計すると赤字でしょう。劇的な技術革新を成し遂げた技術者への対価が赤字とリストラとは・・・なんと辛い史実でしょう。

企業の目的は「永続」

企業の目的は永続することです。短期的に成功し華々しく散ることではありません。顧客に愛され、社員が生きがいを持ち、それらの結果として利益を出し続ける(=税金を払う、=社会に貢献する)事業だとしたら・・・それこそ素晴らしい事業ではないでしょうか。

例えば、愛知県の日東工業。配電盤の企業です。地味です。昨年度は特需(オリンピック、小中学校へのエアコン設置など)もあったようですが、売上高1394億円、営業利益124億円と立派な業績です。一般への知名度は高くはありませんが、配電盤および関連製品でニッチを確立しています。誤解を恐れずいえば「飽きないものは退屈だ」となるのでしょうか(偶然ですが、配電盤は春樹さんの二作目「1973年のピンボール」(講談社)の重要な素材になっています)。

身近な報道でも同じことを感じます。浅田真央さんが活躍すればスケート、渋野日向子さんが活躍すればゴルフ、藤井聡太さんが活躍すれば将棋、それぞれの教室が栄える。AKB48の成功以来、アイドルを目指す人も激増しているようです。気持ちはよくわかりますし、もちろん趣味程度であろうかとは思いますが、人の成功(外部)ではなく、まず自分の特性を考えないといけないでしょう。

ちょうどこの文章を書いている時に、面白い本に出合いました。オリックスから米国メジャーリーグにわたった平野佳寿選手の著作。タイトルはなんと「地味を笑うな」(ワニブックス)。
イチロー、ダルビッシュ有、大谷翔平のようなスター選手はもちろん素晴らしいが、地味を極めることも「光輝いているスターたちと比べても、何一つ劣るものではない」と気づき、地味を誇りに思うと書いています。メジャーでも2018年75試合、2019年には62試合に登板。先発ではなく中継ぎが自分のニッチであることを戦略的に確立した素晴らしい事例です。

地味を極める

もちろん、派手な分野で世界を制する。これほど素晴らしいことはありません。しかしながら、冷静に自社の特性を見極めてからであることが必要です。なくてはならない企業になること=ニッチを確立すること。退屈でも飽きがこない=永続できること。「地味・派手」でもなく、「伸びる・伸びない」でもなく、「自社の組織能力に適合しているかどうか」を最重要判断軸にすべきだと感じます。
先月の記事第7回「僕より腕のたつやつはけっこういるけれど…」でご紹介したロームの偉大な創業者・故佐藤研一郎氏はピアノではなく電子部品を、「偶然の旅人」の主人公はピアニストではなく調律師を選び、日東工業は配電盤を選んだのです。地味を極めればいつか誇れる地味になります。

▼村上春樹さんから学ぶ経営(シリーズ通してお読み下さい)
①作品に潜む成功へのヒント
②作品に潜む成功へのヒント(差異化について)
③「創造する人間はエゴイスティックにならざるを得ない」
④危機と指導者
⑤「君から港が見えるんなら、港から君も見える」
⑥「靴箱の中で生きればいいわ」
⑦「僕より腕のたつやつはけっこういるけれど…」
⑨「どや、兄ちゃん、よかったやろ?クーっとくるやろ?」
⑩「王が死ねば、王国は崩壊する」
⑪「最も簡単な言葉で最も難解な道理を表現する」
⑫「生涯のどれくらいの時間が、奪われ消えていくのだろう」
⑬「あれは努力じゃなくてただの労働だ」
⑭「世界のしくみに対して最終的な痛みを負っていない」
⑮「おいキズキ、ここはひどい世界だよ」
⑯「文章はいい、論旨も明確、だがテーマがない」
⑰「我々はいまのところそれを欠いている。決定的に欠いている。」
⑱「経済にいささか問題があるんじゃないか」
⑲「ヘンケルの製品、一生ものです」
⑳「おじさんは石とだって話ができるじゃないか」
㉑「世界中の虎が融けてバターになる」
㉒「デュラム・セモリナ。イタリアの平野に育った黄金色の麦。」

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