村上春樹さんから学ぶ経営㉘~今とは違う自分に到達する

今回は「plan」を「dream」に変えましょうという提案です。それでは、今月の文章です。

シェアする
ポストする

象工場のハッピーエンドより

象工場のハッピーエンドより

工場で毎日みんなと一緒に働くといっても、それはいわゆる「近代産業資本主義の非人間的機械労働」というようなものとはぜんぜん違う。なぜなら、なにしろ僕らは「象を作っている」からだ。(中略)象を作るというのは、なんといっても特別なことだし、一頭の象を作るたびに、僕らはある種の総合的な達成を経験することになるからだ。言い換えれば、僕らは象作りというものをとおして、今とは違う自分に到達しようと試みているからだ。

村上春樹さんの文章と、村上春樹さんの盟友・安西水丸さんのイラストが楽しい『象工場のハッピーエンド』(新潮社)から2回目の引用です。企業を経営する、企業で働く。辛いことのように認識されていますが、原点に立ち返ってみると、企業は本来、夢の実現のために設立された希望にあふれたものであるはずです。「今とは違う自分に到達する」象工場と同じように。

あらゆる企業は夢とともに始まったはず

あらゆる企業は夢とともに始まったはず

フロンティア・マネジメントは先月、『図解入門業界研究 最新電子部品産業の動向とカラクリがよ~くわかる本』(村田朋博、渡邊あき子、澤村勇城、セン・キンハーン著。秀和システム)を出版いたしました。

コンデンサって何? SAWフィルターって何? インダクターって何?……。これらに関心がある方はほとんどいないと思いますが(!)、「第3章 経営者と理念」は産業の種類に関係なく汎用的な学びがあると考えます。

同章を執筆中に改めて気づいたのは、どんな企業でも創業の時は夢があったはずだ、ということです。何かを実現したい、社会に問いたい、世界を変えたい……強い思い=夢があったはずです。しかし、50年、100年と時の経過とともに、創業時の夢は忘れられ、日々の売上高や利益に焦点が移ってしまいます。

魂を揺さぶる「I have a dream」

魂を揺さぶる「I have a dream」

そんなことを考えていて、たまたま手に取った『WHYから始めよ! インスパイア型リーダーはここが違う』(サイモン・シネック著。日本経済新聞出版)。同書では、世界で初めて飛行機を飛ばしたのが世界で指折りの学者ではなくなぜライト兄弟だったのか。米国航空産業で小さな資本のサウスウエストがなぜ巨大企業を打ち負かせたのか。ハーレーダビッドソンはなぜハーレーのエンブレムを入れ墨にするほど支持されるのか――などを通して、WhatやHowではなくWhyから始めよ、動機が重要なのだと説いています。冒頭引用した文章でも、「ある種の総合的な達成」「今とは違う自分」が夢であり、必ずしも象工場である必要はないのです。

同書で取り上げられていたマーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師のかの「I have a dream」演説を聞いてみました。最初から最後まで聞いたのは初めてでした。

1963年8月28日、「ワシントン大行進」を経てリンカーン記念堂を埋め尽くした25万人を前にキング牧師は訴えました。格調高く、かつ、力強い交響曲のように圧倒する迫力は筆舌に尽くしがたく、是非Youtubeでご覧いただきたいと願います。

人々の魂を揺さぶり(聴衆の1/4は白人だったそうです)、その翌年の「1964年公民権法」はこの演説なくしては成立しなかったことでしょう。

本論とは直接関係がないのですが、キング牧師の演説から美しい一文を挙げましょう。

I have a dream.
one day on the red hills of Georgia,
the sons of former slaves and the sons of former slave owners
will be able to sit down together at the table of brotherhood.
私には夢がある
いつの日か ジョージアの赤土の丘の上で
かつての奴隷の子供とかつての奴隷主の子供が
人類愛のもとに共に語りあえる日がくることを

「I have a plan」では人は感動しない

「I have a plan」では人は感動しない

もし、キング牧師の演説が「I have a plan。xx年までに黒人がレストランに自由に入れるようにして、xx年までに黒人の所得を白人のxx%にして……」であったならば、人を震わせることもなく、歴史に残ることもなかったことは明白です。

牧師の演説を聞いて私は思いました。会社経営では中期経営計画について説明されることが一般的ですが、「I have a plan.」では人を動かすことができないのではないか、と。すなわち
I have a dream ……心を撃つ
I have a plan ……撃たない

もちろん経営計画は重要ですが、その前に、自分たちは何を成し遂げようとしているのか、何になりたいのかを訴え続けることが必須ではないかと思います。経営計画を発表される予定がありましたら、「I have a dream」から初めていただくのはいかがでしょうか。

夢経営の例

夢経営の例

私に馴染みの深い企業の夢をいくつか紹介します。

TDKは東京工業大学の教授が開発したフェライトの工業化を目的に創業された……と一般的には認識されていますが、本当はもっと重い夢でした。それは、秋田の貧困を解決することです。1900年代前半においては飢饉があると子供売りも珍しくなかったといいます。TDKの齋藤創業者はフェライトに出会う前に、秋田の名産ハタハタ漁や兎毛(うのけ)の販売などの事業に挑戦しており、極論すれば事業はなんでもよかったのです。

他にも筆者が惹かれる夢経営として、例えば、ソニー「自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」、浜松ホトニクス「未知未踏への挑戦」があります。浜松ホトニクスは過去4度ものノーベル賞受賞に貢献しており、まさに未知未踏への挑戦を続けています。

最後に。この1カ月にお目にかかった、電子部品企業の最年少取締役から「若い人に夢を見させたい」。別の部品企業の社主からは「うちでは工場を夢工場、設計を夢工房と呼んでいるんだよ」と聞けたことが、本稿を書かせました。

付録

今回の書籍「最新電子部品産業の動向とカラクリがよ~くわかる本」で取り上げたのは下記9人の経営者になります(誕生日順。3-1は経営理念)。

 3-2 TDK 創業者 齋藤憲三氏
 3-3 ヒロセ電機 コネクタ事業の創始者 酒井秀樹氏
 3-4 村田製作所 創業者 村田昭氏
 3-5 ミネベアミツミ 中興の祖 高橋高見氏
 3-6 浜松ホトニクス 共同創業者 晝馬輝夫氏
 3-7 マブチモーター 創業者 馬渕健一氏、隆一氏
 3-8 ローム 創業者 佐藤研一郎氏
 3-9 京セラ 創業者 稲盛和夫氏
 3-10 日本電産 創業者 永守重信氏

広く認知されている稲盛氏、永守氏の他にも、ヒロセ電機 酒井氏(社員数十人の企業を営業利益300億円企業に)、村田製作所 村田氏(京都の伝統的セラミックス<陶磁器>をハイテクセラミックスへ昇華させた)、ミネベアミツミ 高橋氏(社員数十人の企業の経営を任され、既得権益に挑戦した)、ローム 佐藤氏(ピアニストからの転身)……といった優れた経営者を紹介しています。お手に取っていただけるようでしたら、筆者一同光栄です。

▼村上春樹さんから学ぶ経営(シリーズ通してお読み下さい)
「村上春樹さんから学ぶ経営」シリーズ

コメントを送る

頂いたコメントは管理者のみ確認できます。表示はされませんのでご注意ください。

※メールアドレスをご記入の上送信いただいた方は、当社の利用規約およびプライバシーポリシーに同意したものとみなします。

コメントが送信されました。

関連記事