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村上春樹さんから学ぶ経営㉔ 常に卵の側に立つ
21世紀にもなって「防空壕」「義勇兵」「市街戦」「戦争難民」などという言葉を聞くことになるとは、予想をしていませんでした。暗澹たる思いの日々です。それでは今月の文章です。
「壁と卵 – Of Walls and Eggs」
photo wallandeggs
これは私が小説を書くときに、常に頭の中に留めていることです。紙に書いて壁に貼ってあるわけではありません。
しかし頭の壁にそれは刻み込まれています。こういうことです。
もしここに硬い大きな壁があり、そこにぶつかって割れる卵があったとしたら、私は常に卵の側に立ちます。
『村上春樹 雑文集』(新潮社)からの引用です。
村上春樹さんがイスラエルの文学賞エルサレム賞を受賞するにあたり、述べた言葉です。
不買運動を警告されるほどの忠告がありましたが、村上春樹さんは熟考に熟考をしたうえで敢えて同地に赴くべきだと判断した・・・と私は考えています。
原油価格と命
今回、侵略を行った国の銀行をSWIFT(国際銀行間通信協会)から締め出すという決断に対し、「効果は大きいが、関係のない国もエネルギー価格の高騰の影響を受ける」といった解説がなされていました。
優先順位がおかしいのではないでしょうか?
同国においては、既に200万人以上(2021年3月9日時点)が難民になっているのです。最終的に難民は1000万人に達するとも言われています。人々は防空壕で息をひそめているのです。人が殺戮され、街が破壊されているのです。
エネルギー価格は小さなことではありません。他にも複雑な事情があるかもしれません。しかし、経済の問題です(エネルギー問題が生死にかかわる場合は除く)。
もし逆の立場であったらどうでしょう。祖国が蹂躙され、いつ爆撃されるかわからない時に、世界の人々はエネルギー価格高騰を理由に躊躇している。圧倒的な力の前になす術もない同国の人々は茫然とすることでしょう。手術中に、電気代が払えないなら手術は中止です、と言われたらどう感じるでしょう。
「国民の皆様にも負担を強いるが、少し厚着をして、暖房の温度を少しだけ下げてくれないだろうか。今は悲しみを分かち合う時だと思う」と訴えるのがリーダーでしょう。
我々は誰しも同国のために何かをしたいと歯ぎしりしている、しかし義勇兵というわけにもいかない。防空壕に暖房はないのです。その訴えに誰しも納得するはずです。
いちばん苦しむのは
また、下記も引用します。
現場の鉄砲を持った兵隊がいちばん苦しみ、報われず、酷い目にあわされる、ということだ。
後方にいる幕僚や参謀は一切その責任 をとらない。彼らは面子を重んじ、敗北という事実を認めず、システム言語を駆使したレトリックで失策を糊塗する。
『アンダーグラウンド』(講談社)からの引用です。
オウム真理教信者へのインタビューを通じ、オウム真理教犯罪について悩み、考え、書かれた本ですが、同作品を収録した全集においては、戦争についても言及しています。
今回も同じです。一方の国の兵も市民も傷ついていることでしょう。
勇気づけられる報道もありました。
ドイツの駅では到着した難民が拍手と歓声で出迎えられ、「うちに泊まれますよ」との手書きの紙を持って集まった人々が多くいて、その受け入れ家族数は難民の数を上回ったそうです(国家としても80万人の受け入れを表明。一方で我が国政府はなんと鈍いことか。例えば不稼働の客船で迎えにいくなどあらゆることを考えるべきでしょう)。
個人としても、自分がその立場になった時に駅に集結したドイツ人と同じことができるかどうか。第二次世界大戦下のホロコーストという悲劇を物語に変えた『ライフ・イズ・ビューティフル』(ロベルト・ベニーニ監督・脚本・主演)の主人公グイドを見習うことができるかどうか。
同じ事を起こさせない世界を
このシリーズの第4回「危機と指導者」において引用した文章を再度引用します。
「青豆は一九二六年のチェコ・スロバキアを想像した。第一次大戦が終結し、長く続いたハプスブルク家の支配からようやく解放され、人々はカフェでピルゼン・ビールを飲み、クールでリアルな機関銃を製造し、中部ヨーロッパに訪れた束の間の平和を味わっていた。フランツ・カフカは二年前に不遇のうちに世を去っていた。ほどなくヒットラーがいずこからともなく出現し、そのこぢんまりした美しい国をあっという間にむさぼり食ってしまうのだが、そんなひどいことになるとは、当時まだ誰ひとりとして知らない。」(「1Q84 BOOK1」、新潮社)
感染症が初めて見つかった時に、いかなる非難を浴びようとも完全封鎖し問題になることを防いだ人がいたとすれば、数百万人の命を救った英雄です。
すなわち、問題を解決するリーダーはもちろん素晴らしいが、問題が起きないようにするリーダーはそれ以上に偉大である――同じことを二度とおこさせない世界が待たれます。
共有するべき言葉
エルサレム賞でのスピーチは、インターネット上で容易に見つけられます。
今、我々が共有すべき言葉です。
▼村上春樹さんから学ぶ経営(シリーズ通してお読み下さい)
「村上春樹さんから学ぶ経営」シリーズ
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