中国発の村上春樹論

中国発の村上春樹論

かいし氏(日本育ちの中国人。ペルーに留学し、ドミニカ共和国での駐在生活を経て、現在は北京在住)の村上春樹論を楽しく読みました。

参照:中国で「村上春樹」が大人気なのはなぜ? 「中国人あるある」を分析してみたFRaU(ウェブサイト)。

さて、かいし氏によれば、中国では「すっごく村上(非常村上、FeiChang CunShang)」という流行語が生まれ、「村上チルドレン」が多く存在し、「村上ワールド」は一種のファッションといえるそうです。

「非常村上」。いいですねえ。『ハルキスト』などよりずっと良いです。
日本人は自国語を大切にする中国の姿勢を学ばなくてはいけません。

この記事によれば、2008年に実施された学生約3000名対象の調査では、「村上春樹という作家を聞いたことがある」が90パーセント、「村上作品を読んだことがある」は5人に3人。日本人作家としては驚異的な割合です。

本稿とは関係ないですが、ドミニカ共和国について何も知らず、外務省HP等をみてみると、南北アメリカ大陸の間にあるイスパニョーラ島の西部(東側はハイチ)の国で、人口1000万人、同国に住む日本人は700人、日本に住む同国の方は600人、日本との貿易は出入り合計して300億円だそうです。

シンプルな文体、少し大げさで絶妙な比喩

シンプルな文体、少し大げさで絶妙な比喩

これほどまでに中国で受け入れられた要因を、かいし氏は下記のように考察しています。

文章:読みやすいシンプルな文体

第一が、重く暗い印象の日本近代文学(川端康成氏が例として挙げられていました)と違い、読みやすい文体です。

村上春樹さんは、デビュー作「風の歌を聴け」を英語で書き、それを自身で日本語に訳したという経緯もあり、簡潔な文体になっています。春樹さんは著作のなかで、装飾溢れる日本文学について(それとなく)アレルギーを示しています(筆者は三島由紀夫氏の豪華絢爛な文体も大好きです)。

比喩:暗喩の名手

比喩:暗喩の名手

中国では、たとえば李白の「白发三千丈,缘愁似个长(悩みすぎて、白髪が三千丈の長さになった)」のような誇張され想像力溢れる表現が好まれてきました。

日本では「怒髪天を衝く」(原典の『史記』では「怒髪衝冠」)が膾炙していますが、天を衝いたり三千丈まで伸びたり、大胆な比喩が受けるのは、広大な国土の現れでしょうか、興味深いことです。

春樹さんは比喩の名手としてしられ、そもそも「メタファー」という言葉そのものがよく登場します。事例を一つ(『ノルウェイの森』(講談社))。

「どのくらい私のこと好き?」と緑が訊いた。
「世界中のジャングルの虎がみんな融けてバターになってしまうくらい好きだ」と僕は言った。
「ふうん」と緑は少し満足したようにいった。

「虎が融けてバター」になる。凡人には思いつきません。

共感: 孤独な都市生活の描写

急激な経済成長、社会の劇的な変化のなかで、中国の人々は精神的なストレスをかかえ、社会から「離脱」する人も少なくないといわれます。そういった環境下で、春樹作品は、経済発展社会で不要とされる「孤独」や「喪失感」を肯定してくれる、少なくとも「こんな生き方もあるよ」と気づかせてくれる存在なのです。

最近の中国では「ねそべり族」(努力しても報われない。であれば怠惰に暮らした方がよい)が出現しているとの報道もされています。

春樹さんの作品の主人公の多くは、都市で生活しながら資本主義から距離をおき、平凡で少し力の抜けた若い男性で、そんな主人公に自分を重ねるのでしょうか。

春樹文学の魅力が「喪失感」であることはまさにその通りで、例えば下記の一文です。

土曜日の夜になると僕は相変わらずロビーのいすに座って時間をすごした。電話のかかってくる当てはなかったが、それ以外にいったい何をすればよいのか僕にはわからなかった。僕はいつもテレビの野球中継をつけて、それを見ているふりをしていた。そして僕とテレビのあいだに横たわる茫漠とした空間を見つめていた。僕はその空間を二つに区切り、その区切られた空間をまた二つに区切った。そしてそれを何度も何度もつづけ、最後には手のひらに載るくらいの小さな空間を作り上げた。『蛍』(新潮社)より)

都市生活:村上作品への憧れ

都市生活:村上作品への憧れ

中国の若者は変わりゆく生活への戸惑いと同時に、春樹文学の主人公の生活――伝統的なファッションブランドの服、身だしなみに気を配り、サンドイッチやパスタを食べ、ジャズ・バーに行く――に憧れを抱いて、おしゃれとしても村上作品を楽しんでいるのです。

春樹さんの作品ではシャワーを浴び、髭を剃り、老舗ブランドの服に着替えるシーンがよく出てきます。そして、こんな会話が自然とできたらもてるだろうなと思わせる洒落た会話が多くあります。例えば、『風の歌を聴け』(講談社)で、生きることに疲れはてた女性との会話。

彼女はそう言ってしまうと神経質そうに笑い、ジンジャー・エールのグラスを脇に押しやった。
「家族の悪口なんて確かにあまりよいもんじゃないわね。気が滅入るわ。」
「気にすることはないさ。誰だって何かを抱えてるんだよ。」
「あなたもそう?」
「うん。いつもシェービング・クリームの缶を握りしめて泣くんだ。」

――こんな会話ができたらもてるでしょう。

さて、村上春樹さんは以下のようにも書いています(『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』文藝春秋)。

「ジャパン・アズ・ナンバーワン」とか言われながら、日本が文化的に同時代的に何を世界に提供していたかと言うと、殆どゼロに近かった。ソニー、トヨタで話が終わってしまう。それでずいぶん肩身の狭い思いをしました。外に出て生活してみるとわかるけれど、文化力ってすごく大事なんです。

人前に出ることが苦手で国内ではインタビューに応じることが殆どない春樹さんが、海外では講義をしたり取材を受けたりするのは、「日本の文化発信力の弱さみたいなものをひしひしと感じ」、責務としてだそうです。

日本の暖簾を担う

私が前に働いていた米国企業でも、イギリス人の同僚もフランス人の同僚も村上春樹さんの作品を読んでいて驚きました。
日本にとって、春樹さんは「暖簾」を担う一つともいえるでしょう。

次回から、経営に関する諸話題に戻りたいと思います。

▼村上春樹さんから学ぶ経営(シリーズ通してお読み下さい)
①作品に潜む成功へのヒント
②作品に潜む成功へのヒント(差異化について)
③「創造する人間はエゴイスティックにならざるを得ない」
④危機と指導者
⑤「君から港が見えるんなら、港から君も見える」
⑥「靴箱の中で生きればいいわ」
⑦「僕より腕のたつやつはけっこういるけれど…」
⑧「退屈でないものにはすぐに飽きる」
⑨「どや、兄ちゃん、よかったやろ?クーっとくるやろ?」
⑩「王が死ねば、王国は崩壊する。」
⑪「最も簡単な言葉で最も難解な道理を表現する」
⑫「生涯のどれくらいの時間が、奪われ消えていくのだろう」
⑬「あれは努力じゃなくてただの労働だ」
⑭「世界のしくみに対して最終的な痛みを負っていない」
⑮「おいキズキ、ここはひどい世界だよ」
⑯「文章はいい、論旨も明確、だがテーマがない」
⑰「我々はいまのところそれを欠いている。決定的に欠いている。」
⑱「経済にいささか問題があるんじゃないか」
⑲「ヘンケルの製品、一生ものです」
⑳「おじさんは石とだって話ができるじゃないか」

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村上春樹さんから学ぶ経営 ㉒ デュラム・セモリナ。イタリアの平野に育った黄金色の麦。

少し前の記事⑲「ヘンケルの製品、一生ものです」で、成熟した国家となった日本は「効率」よりも「高いけれど良い」を目指すべきと書きました。そこで大事になるのは、一言で言えば「暖簾」、つまりブランドです。それでは今月の文章です。

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