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「PBRが1倍未満」は企業だけの問題ではない。「脱デフレ」が今こそ必要
東証上場企業の約50%が「PBR(Price Book-value Ratio=株価純資産倍率)1倍未満」となっている。これは株主から預かった資金の毀損であり、修正が急務だ。ただし、デフレが優良企業のPBRを押し下げていることを看過すべきではない。上場各社の自助努力は不可欠だが、同時に政府や中央銀行はデフレを終わらせて、日本のPBR上昇を後押しする必要がある。
日本の上場企業の半分はPBRが1倍未満
日本の上場企業のバリュエーション低迷が問題となっている。日本取引所グループ(JPX)のCEO山道裕己氏も、上場各社に対してPBR改善に向けた早期の対応を促している。
東京証券取引所(プライム市場とスタンダード市場)には、約3,300社が上場している。このうち5割を超える約1,800社のPBRが1倍を下回っている。大手企業に限って見ても約4割の企業のPBRが1倍未満なのだ。
5割の上場企業がPBRで1倍を下回っているという状態は健全ではない。なぜかといえば、欧米でもPBRが1倍を下回る企業は存在するが、全上場企業のうちPBRが1倍を下回る割合は、欧州で2割、米国で1割未満だからだ。
欧州、米国の株式市場と比較してわかるように、PBRが1倍を下回っている上場各社の経営者は早急に手を打つべきではないだろうか。また、PBRが1倍を超えていたとしても、さらなるPBRの上昇に向けて精進する必要があるだろう。
デフレは優良企業のPBRを押し下げる
一方で、経営者はPBRを決定するパラメータをすべてコントロールすることはできない。特に日本全体のPBRを議論する場合においては、マクロ政策が果たす役割が大きい。
PBRは、
で計算されるが、それ以外にも恒等式で表すことができる。この論考では下記の恒等式を使って議論を展開する。
PBR=(ROE-g)÷(COE-g)
※ROE(Return On Equity=自己資本利益率)=税引利益÷株主資本
※COE(Cost Of Shareholder’s Equity)=株主資本コスト
※g=税引利益の永久成長率
gで表現される企業や産業の永久成長率は、実質値ではなく名目値である。このため物価上昇率やGDPデフレータの影響を受ける。マクロ政策による影響が大きいのだ。
実質の永久成長率が0%、期待インフレ率が2%の国家を想定してみよう。仮に、ROEを12%、COEを6%、永久成長率を2%とすると、PBRは下記のように2.5倍と計算される。
他のパラメータを変えず、期待インフレ率が0%の国家の場合、PBRは下記のように2.0倍と、上記に比べて20%も低下する。逆に、2%のデフレの場合、PBRは1.75倍となり、30%のバリュエーション低下となるのだ。
PBR=(12%-(-2%))÷(6%-(-2%))=14%÷8%=1.75倍
デフレは非優良企業のPBRを押し上げる?
上記ではROEが12%(COE6%の2倍)の優良企業を事例とした。逆に、ROEがCOEを下回る非優良企業の場合、低インフレやデフレはPBRにどのような影響を与えるのだろうか。
実質の永久成長率が0%、期待インフレ率が2%の国家を想定し、ROEを6%、COEを12%、永久成長率を2%とすると、PBRは下記のように0.4倍と計算される。
期待インフレ率を2%から0%に下げてみよう。
すると、計算上求められるPBRは下記のように0.5倍と、上記に比べて25%も上昇する。2%のデフレの場合、PBRは0.57倍となり、42%ものバリュエーション上昇となる。
PBR=(6%-(-2%))÷(12%-(-2%))=8%÷14%=0.57倍
「さっさと『デフレ』を終わらせろ」
2%のインフレ率から、ゼロインフレやデフレになることで、優良企業のPBRは低下する。そして、優良企業による株式を使った企業買収などの経済活動にマイナスの効果が働いてしまう。
一方で、ゼロインフレやデフレは、理論的には非優良企業のPBRを上昇させる。つまり、経営パフォーマンスの悪い企業の株価を割高にするのだ。
筆者も証券アナリストを生業としていた時期があるが、経験上、デフレ時には低PBR企業がバリュー株として人気化していた。割高な非優良企業の存在は、業界の再編にとってもマイナス材料と言える。
東証が上場各社に向かってPBR改善を促すのは適切ではないだろうか。ただし、ゼロインフレやデフレがいかにPBRなどバリュエーションに歪みを与え、企業の経済活動を制約してきたかという視点も看過すべきではない。
ノーベル経済学賞を受賞した経済学者のポール・クルーグマン氏は、2012年に「さっさと不況を終わらせろ」(早川書房)を出版した。これを拝借し、優良企業の経営者からすると「さっさとデフレを終わらせろ」となるだろう。
小手先のROE改善はPBRを押し上げない
最後に、企業側の努力の方向性について議論したい。
上記のPBRの恒等式に鑑みれば、ROEの引き上げこそがPBR上昇に向けた王道の戦略となる。ROEは下記の計算式で表すことができる。
税引利益成長率が10%で配当性向が30%の会社であれば、下記の計算によりROEは14.2%と計算される。
ここで言う税引利益成長率は、単年度で達成するような瞬間風速的な値ではない。市場が期待できる中長期的な成長率であり、持続可能なものである必要がある。
自己株式消却など単年度の施策によってROEが一時的に改善することはある。しかし、長い目で見れば、市場は各企業の税引利益成長率をその持続可能性という観点から吟味する。また、配当性向の引き上げも継続していくのは容易ではない。
小手先の施策によるROE改善は持続性を欠く。投資家の信認も得られないため、上記恒等式によるROEの持続的引き上げができず、結果としてPBRも上昇しない。
まとめ
「PBR1倍未満」の問題がメディアを賑わしているが、企業努力の問題だけでなく、政府や中央銀行のマクロ政策もPBRに大きく影響することを多くの経済人が認識すべきではないだろうか。
一方で、すべてをマクロ政策の責任に転嫁するのは建設的ではない。持続的な利益成長、持続的なROEの改善を通じて、企業経営者はPBRを引き上げる責務からは逃れることはできないのだ。
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