JAL再生からみえる、「リーダー」の理想像と「フィロソフィ」の実像

2020年、経済産業省が公表した「人材版伊藤レポート」により「人的資本経営」が注目されている。さらに2023年3月決算期より、上場会社では人的資本の情報開示が義務化され、企業にとって優先度の高い課題となった。人的資本経営の中でも「育成」は、重要なテーマのひとつである。

その手掛かりとして、経営破綻を乗り越えて、再上場を果たした日本航空株式会社(以下:JAL)が参考となる。2010年に経営破綻したJALは、再建当時会長だった稲盛和夫氏による「リーダーの育成」と「フィロソフィの浸透」によって、東日本大震災や新型コロナウイルス感染症の拡大など、未曾有の事態をも乗り超える組織となった。

JALはいかにして再生したのだろうか。当時の内情を知るのが経営破綻当時、国内線の収入計画グループ長であった本田俊介氏(以下:本田氏)である。現在、株式会社ジェイエア 代表取締役社長を務めている本田氏に話を伺った。

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株式会社ジェイエア
代表取締役社長
本田 俊介

約20年に渡り、国内線の営業企画、路線計画、国際線と国内線のレベニューマネージメントを歴任し、2020年11月より地域事業本部の担当となる。ネットワークや運賃制度の世界と日本の地域を結ぶしくみを構築し、日本の地域に世界の人々が 「訪れる」 理由づくり、さらには日本の物産を世界の人々が 「買ってくれる」 理由づくりで、関係人口の拡大を目指す。2023年4月より、関西のネットワークを持つJ-AIRの社長に就任。

フロンティア・マネジメント株式会社
代表取締役 共同社長執行役員
大西 正一郎

1992年に東京弁護士会弁護士登録(44期)後、奥野総合法律事務所に勤務し、1997年にパートナー弁護士に就任。2003年に㈱産業再生機構に入社し、マネージングディレクターに就任。2007年にフロンティア・マネジメント㈱を設立し、代表取締役に就任。2020年に東京電力ホールディングス㈱ 社外取締役。2022年のフロンティア・キャピタル㈱設立時に代表取締役共同社長、同年9月に代表取締役社長CEO兼COOに就任。

※本記事の図表は、2023年10月25日に開催したウェビナーで使用したスライドを使用しています。

JAL再建当時に施した、二つの治療

JAL再建当時に施した、二つの治療

大西:
まずは、JALが再生に至るまでの軌跡を簡単にご説明します。2010年1月19日に、約9500億円の債務超過で会社更生法の申請をしました。その後、更生計画の認可が2010年11月に下りています。そして、2011年3月には会社更生を終結。2012年9月には、会社更生の申請から2年8ヶ月で再上場を果たしました。JALは会社更生で見事に、かつスピーディーに再建を果たしています。

「会社更生法の申請〜再上場」までの経緯

それでは、本田様から見たJAL再生の全体像を簡単にご説明いただけますでしょうか。

本田氏:
まず全体像に入る前に、なぜJALは経営破綻に陥ったのかについて振り返ります。当時のJALの企業文化として、公共交通機関としての使命を最優先させており、永続的な経済成長を前提として業績が右肩上がりに伸びると考えていたんです。そして、政府出資の会社であり、限定的な競争環境でもあるため、潰れることはないだろうという雰囲気がありました。

そのため採算意識がなく、チャレンジしない風土や、組織の硬直化といった、いわゆる大企業病が当時のJALに散在していたと思います。当時の大西賢社長は「他人任せで、民間企業として利益を生み出さなくてはならないという意識が乏しかった」とコメントをしています。

稲盛さんも同様に、「経営者として資質のない人があまりにも多すぎる。収入と費用を見て収益を出す、この当たり前の考えを持っている人が少ない」というコメントを当時残されています。

その当時のJAL再生に向け、外科的治療と内科的治療に取り組みました。外科的治療とは、いわゆるリストラです。国際線が40%減、国内線が30%減。周囲にはご迷惑をかけながら治療を施しました。内科的治療は、内面的な構造改革です。稲盛さんが旗振り役として実施しました。

大西:
外科的治療と内科的治療を同時並行で行っていたのが、JAL再生の全体像として大きな特徴だと思います。本日のメインテーマである、内科的治療についてご説明いただけますか。

本田氏:
内科的治療には3つのパートがあります。1つ目がリーダーの育成、人財改革です。稲盛さんは「トップが変わらなければ会社は変わらない」と、社長を初めとしたトップ50人からリーダー教育がスタートしました。2つ目が、採算改革の導入です。採算意識の改革のために部門別採算を導入しました。そして3つ目がフィロソフィ、つまり社員の意識改革を促す、企業哲学の導入です。

内科的治療

リーダーに必要な資質は”人格”

リーダーに必要な資質は”人格”

大西:
部門別採算はアメーバ経営として書籍などで世間に広く周知されているため、今回はリーダーの育成とフィロソフィに焦点を当て、お聞きします。まずは、リーダー育成の具体的な内容についてお聞かせください。

本田氏:
稲盛さんは我々に「新しき計画の成就は、只不撓不屈の一心にあり。さらばひたむきに只思え、気高く、一筋に」という言葉を掲げ、この旗印のもと17回に及ぶリーダー勉強会を開始しました。リーダー論から始まって、経営の原点12ヵ条、会計の7原則、6つの精神、そしてアメーバ経営と、主に5つのパートがあります。

稲盛さんが勉強会で言及されたのが、「リーダーの資質」です。リーダーにとって一番大事なのは、人格です。その次に勇気、そして能力だと。さらに、哲学の重要性について話されています。「人として何が正しいか」というプリミティブ(根源的)な哲学を持つことが、リーダーとしては大切だと話されていました。また、永続的な成長のためには低い山ではなく、高い山を目指すべきだと話されていました。事業を推進する上で、どうあるべきか、というリーダーとしての要諦が、詰め込まれているリーダー論だったと思います。

大西:
ご説明ありがとうございます。稲盛さんの勉強会が始まった当時の雰囲気について教えてください。

本田氏:
経営破綻後、再上場できる企業は7%だと言われています。再上場を目指さなければならない切羽詰まった状況で、勉強会が始まった当初は否定的な見方が強かったです。早く職場に帰って再生プランを構築するべきだという雰囲気がありました。リーダー勉強会の後には1時間ほどのコンパがあり、乾き物とビール1缶を持って、その日の勉強会の反省点や学びを意見交換していたのですが、そのコンパに対しても「社内でお酒を飲んでいいのか。お酒を飲んでる時間があるなら、仕事をさせてほしい」という方もいました。

大西:
最初は抵抗感を持っていた幹部の方の考え方が変わったのはどのタイミングだったのでしょうか。

本田氏:
4回目か5回目のタイミングで、1人の役員の方がコンパの席で「俺たちは間違っていたんじゃないか。俺たちに足りなかったことはこういったことじゃないか」と発言したんです。そこからみんなの心にあったモヤモヤしたものが、解消されました。自分たちは根本的な哲学が不足していたがゆえに、誤っていたのではないかと。そこで全員のベクトルが徐々に合い始めたと思います。

大西:
リーダー論の中で、本田さんご自身の心にインパクトを与えただろうというものを、一つ挙げるとしたら何でしょうか。

本田氏:
やはり「リーダーにとって一番大事なのは何か」です。能力ではなく人格が第1番目であるという点は大きな発見・気づきでした。

フィロソフィの意義

JALグループ企業理念

大西:
続いて、JALフィロソフィがどうやって作られたのか、ご説明いただけますか。

本田氏:
JALフィロソフィは各職場から選ばれた代表が、話し合いながら作りました。京セラフィロソフィを精査しながらJALにふさわしいものを選定して、中身もJAL用にアレンジして作ったものが、この40項目です。赤い文字で書いてある4ヶ所が、JALオリジナルになります。

JALフィロソフィ

また、JALフィロソフィと同時に、企業理念も再構築しています。

「JALグループは全社員の物心両面を追求し、一つ、お客様に最高のサービスを提供します。一つ、企業価値を高め社会の進歩発展に貢献します。」

この企業理念の中で、「全社員の物心両面の幸福を追求する」は京セラさんを参考にしています。全社員が物心両面で満足いくような経営をしなければ、うまくいかない。つまり良いサービスを提供してお客様に選ばれ、そして収益を上げ、自分たちも心から満足をし、そして会社も発展していくということです。全社員の物心両面を追求することが経営の要諦だと稲盛さんはおっしゃり、企業理念と共にフィロソフィを作りました。

大西:
全社員物心の両面の幸福を追求し、お客様に最高のサービスを提供する。昨今では人的資本経営と言われています。企業価値の源泉が人財やその育成だという考え方が浸透しつつあります。それを数十年前から謳っていたんですね。では、フィロソフィを社員の心に定着させるための取り組みについて教えていただけますか。

本田氏:
まず、JALとして大事なものだという意識付けのために、フィロソフィが書かれた手帳は部門長が必ず一人ひとりに手渡しをしました。そして各部門によりますが、毎朝または毎週、必ず輪読をしてその内容への気づき、そして自分の経験を踏まえた形での解釈、行動を共有しています。また3ヶ月に1度、フィロソフィ勉強会をグループ社員全体で開いています。

大西:
フィロソフィの中で、本田さんが仕事をする上で大事にしているものはありますか。

本田氏:
まず私が一番大事にしているのが、第1部の第2章2番目「人間として何が正しいかで判断する」です。これはフィロソフィの中でも原点中の原点と言われています。何か迷ったときには、「人として何が正しいか」という判断軸が一番大事だという考えを心に言い聞かせています。

さらに採算意識という点では、第2部の第2章23番目「売り上げを最大に、経費を最小に」や、24番目「採算意識を高める」でしょうか。つまり収益を意識するということですね。

そしてもう一つが第2部の第3章「最高のバトンタッチ」という、JALオリジナルのフィロソフィです。航空会社の仕事はプロモーションからチケットの購入、空港でのチェックイン、機体の整備に飛行機の運航、そして客室のサービスまで一連した流れがあります。この流れの中で次の人、次の部門に最高な形でバトンタッチをすることが、最終的に最高の商品サービスに繋がるという考えです。相手のことを考えながら、最高のバトンタッチをするというフィロソフィが、我々の仕事に大きな役割を果たしています。

大西:
冒頭のお話の中で、稲盛さんが従来のJALに対して、経営者としての資質をもつ人が不在だとご評価された話がありました。フィロソフィを考えて行動する経営者がいなかったということでしょうか。

本田氏:
哲学と採算意識を強く持っているリーダーが不足していました。当時のJALは縦割りの組織で、収入を稼ぐ部門は収入を稼ぐ。そして運航整備、計画などの生産部門は費用を使う、という考え方だったため、その両面を見ながらのコントロールができていませんでした。当時は自分の仕事さえやっていれば、隣の人が何をしているか知らなくても良いという雰囲気がありました。稲盛さんがいらっしゃってからは、会社全体がどうなっていて、自分たちが組織全体にどう紐づいてるかという意識付けがされたと思います。

大西:
先ほど本田さんがおっしゃった「最高のバトンタッチ」。従来のJALはある意味、バトンタッチした後の部署が何をしようと関係なかった。フィロソフィによって心が一つになったということですね。

本田氏:
いわゆる縦割りだったものが、フィロソフィという共通の考え方によってベクトルを合わせることができました。フィロソフィには、企業の横軸を通す役割もあるのではないかと思います。

大西:
フィロソフィが出来てから十数年経っていますが、活動は今も行われていますか。

本田氏:
定期的な読み合わせも含めて、現在も行っています。日常の仕事でも、迷った時はこの手帳を開きます。パラパラとめくっていると、実はそこにヒントが書いてあったりするんです。困ったときはフィロソフィに基づいて判断しています。

大西:
素晴らしい取り組みです。JALの会社更生手続きが終結したのが2011年3月でした。ところがその直前、東日本大震災が起きて世の中が大混乱に陥っています。JALは再建途上でありながら、その状況でどのような対応をしたかについてお話いただけますか。

本田氏:
当時は再上場を目指して、「まだまだこれからだ」というタイミングで大震災が起きました。大きな災害だったので、航空需要も大きく低下し、再上場は難しいと考えた社員が当時いたのも事実です。しかし震災の数日後、稲盛さんが役員会で「みんな顔を上げろ。こんな時のために君たちがいるんだ。心配するな、俺について来い」と鼓舞され、それからみんなが顔を上げて、前を向いて動き始められました。

当時の東北は鉄道を含む交通網が分断され、家族や友人、親戚に会いたいという方々の交通手段がありませんでした。その状況下で我々は、羽田から福岡や大阪など、利益の高かった路線を減便して、山形、花巻や仙台など東北の拠点に、臨時便を出すことに決めました。合計で2,723便の臨時便を出し、ご利用いただいた方は約20万人です。目の前の損得ではなく、世の中の状況を見ながら「人として何が正しいか」を軸に決断しました。

東日本大震災での対応

大西:
JALは再生計画で路線の収支管理を行い、場合によっては不採算路線から撤退していた中で、「人間として取るべき行動は何か」という哲学が活かされた例ですね。その後2012年9月、見事に再上場を果たしました。震災というショックがありながら1年半という、極めて短期間で再生しています。再上場された後に、稲盛さんからどのような言葉がありましたか。

本田氏:
2012年9月に再上場した段階で、稲盛さんの言葉が「新しき計画の成就は只不撓不屈の一心にあり。さらばひたむきに只思え、気高く、一筋に」から「謙虚にして驕らず、さらに努力を 現在は過去の努力の結果、将来は今後の努力で」へと変わりました。再上場という目標は達成しましたが、驕らず、謙虚にやっていこうと。「ここから先、会社が成長していくためにはこれからも努力なんだ」という言葉を社員に強く刻み込んで去っていかれました。

経営破綻の経験で、コロナ禍を乗り切った

経営破綻の経験で、コロナ禍を乗り切った

大西:
2023年現在、再上場から10年が経ちます。直近では新型コロナウイルス感染症の拡大という、会社更生の負担とは異なる、非常に大きなインパクトのある外部環境変化が起きました。コロナ禍を振り返って、稲盛さんの言葉やフィロソフィはどのように活かされていますか。

本田氏:
コロナ禍は会社にとって危機的な状況ではありました。しかし、その際に社員全員が胸に抱いたのは、「経営破綻を経験したから、自分たちは強くなった」という実感です。コロナ禍でも後ろ向きな考えや不安はなく、会社全体として前向きに、事業を進められました。稲盛さんの言葉やフィロソフィを踏まえた内面的な改革が、一人ひとりの成長を促したと思います。

大西:
私も数多くの企業再建を支援してきました。その中でも、財務のリストラクチャーやビジネスモデルの変更は避けられません。ただそれだけではなく、社員が変わっていくと、その中でリーダーや経営者が生まれる。そのためには、例えば「人間として何が正しいのか」が重要なポイントであったということがよくわかりました。

JALは経営破綻を通じた危機感の中で、変化しました。一方、きっかけがない企業は組織や風土、マインドを変えていくのは難しい部分があるでしょう。今回の考え方や学びは企業・ビジネスを変えていく上で重要だと思います。我々、フロンティア・マネジメントも数多くの企業をサポートしておりますが、今回のお話は非常に参考になりました。

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