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EVへの移行とエンジン部品の今(10)スパークプラグ
エンジン車特有の部品事業の今をみる本連載、10回目は「スパークプラグ」を取り上げる。スパークプラグとは、エンジンの中で、混合気(ガソリンと空気が混ざった気体)に点火する「ライター」のような部品だ。その役割から、エンジンを搭載しない電気自動車(EV)では当然、不要となる。しかし、補修市場(交換市場)が大きく、新車販売でEVシフトが進んだとしても、大量のエンジン車が世界中で走り続ける限り、つまりエンジン車の保有台数が減らない限り、交換需要は底堅く推移する。補修事業は利益率が高く、世界最大手の日本特殊陶業(2024年度の売上高6,529億円)が圧倒的な存在感を示している。
▼EVへの移行とエンジン部品の今(シリーズ通してお読み下さい)
「EVへの移行とエンジン部品の今」シリーズ
高収益を支える補修市場の構造とは

スパークプラグは、エンジン内の過酷な環境下で使われるため、定期的に交換が必要となる。このため、補修市場が発達している。補修市場は新車向け市場より大きい。
自動車メーカーとの取引に基づく新車向け事業と比べ、部品メーカーが独自に構築した流通網で供給する補修事業の方が、価格設定の自由度が高く、利益を確保しやすい。スパークプラグの新車市場向け価格は250〜350円/本とみられ、補修市場ではこの倍以上とみられる。(市販では安いもので1,000円/本以下から、高性能タイプは3,000円/本で購入できる)
EV時代でも続くスパークプラグ需要
新車販売でEVシフトが起きたとしても、エンジン車は世界中に出回っており、保有台数のピークアウトは2030年代後半以降とみられる。スパークプラグも底堅い交換需要が当面継続する見通しだ。EVで不要となる部品ではあるものの、利益率が高く、安定的な収益が得られることが、スパークプラグ事業の特徴と言える。
世界シェア5割──なぜ日本特殊陶業はトップを維持できるのか?
そのスパークプラグの世界最大手が日本特殊陶業だ。デンソー(2024年度の売上高7兆1,618億円)や独ボッシュ(2024年12月期の売上高903億ユーロ、約15兆円)といったメガサプライヤーを抑え、世界シェアは5割にのぼる。
同社のスパークプラグはほとんどの大手自動車メーカーに採用されており、特定の自動車メーカーとの資本関係もなく、独立系だ。同社はスパークプラグを祖業としており、プラグ事業(ディーゼルエンジン向けの「グロープラグ」も含む)の売上高は全社の約6割を占め、現在も主力事業となっている。
利益率19.9%──業界平均を大きく上回る稼ぐ力

日本特殊陶業は、自動車部品業界で利益率が突出して高いことでもよく知られている。その背景の一つが、先述したスパークプラグの補修事業。同社のプラグ販売は約7割が補修用だ。
日本自動車部品工業会によると、2024年度の業界平均(会員企業のうち61社)の営業利益率は5.4%だったのに対し、同社は19.9%。プラグや排ガスセンサーを含む「自動車関連」セグメントだけでみると、利益率は26.1%にのぼる。
(同社内燃機関事業のもう一つの柱である排ガスセンサーも収益性が高いがここでは割愛する)
デンソーからの事業譲受でさらなるシェア拡大を目指す
2023年、日本特殊陶業は、デンソーのスパークプラグと排ガスセンサー事業を譲受することで、デンソーと基本合意したと発表した。
当時の記者会見で川合尊社長は「EV化が進む中でも、内燃機関エンジンはこれからも一定数残っていくものと思っており、部品メーカーはそれらに対して部品を提供し続ける必要がある。適正な商品を適正に市場に投入し続け、かつ我々の事業基盤を安定化させて、事業ポートフォリオの転換を推進していきたい」と述べた。さらなるシェア拡大で、安定供給体制を確保し、スケールメリットを創出するのが狙いだ。
(当時2024年2月の正式合意を目指すとしていたが、まだ実現していない。各国・地域の競争法当局との協議に時間を要しているという)
M&Aでポートフォリオの転換を推進

一方、同社は全売上高の約8割を内燃機関事業が占めている。スパークプラグで当面安定した収益は確保できるが、中長期的な内燃機関事業縮小を見据え、事業ポートフォリオの転換を図る。長期経営計画では、非内燃機関事業の売上比率を、現在の約2割から2030年に4割までに拡大する方針を打ち出した。
非内燃機関事業の拡大では、M&Aを積極的に活用。2023年には環境・エネルギー分野などでの連携を視野に、投資ファンド日本産業パートナーズ(JIP)が主導する東芝買収に500億円を拠出。2025年5月には、EV向けベアリングに使われる「窒化ケイ素ボール」などセラミック部品で高い技術を有する、東芝マテリアル(2023年度の売上高345億円)を約1,500億円で買収した。医療分野では、2022年に236億円を投じて心肺機能診断機器の米MGC Diagnostics Holdings(2021年10月期の売上高6,390万ドル、94億円)をグループに入れた。
2025年2月には小牧工場(愛知県小牧市)に水素実証拠点を開所。スタートアップとの連携による新規事業の育成も図っている。高収益なプラグなどの既存事業から稼いだ資金を、新規事業の拡大につなげている。
「変化の先手」で未来を切り拓く経営へ
川合社長は、雑誌のインタビューで「かつてのハードディスクやカメラ、フィルム業界を見れば明らかなように、経営危機に陥ってから方向転換を図っていては手遅れになる。とにかく早く新事業の開拓に取りかかることが重要だ。失敗しても次がある」と述べている。
スパークプラグで当面安定した収益が見込めるが、危機感は強く安住しない。EVシフトで産業構造の転換が迫られる中で、旧来の自動車部品メーカーに求められているのは、経営者のこうした心構えなのかもしれない。
参考文献
日本特殊陶業『スパークプラグ – 製品情報』
中古車のガリバー『スパークプラグとは?交換時期や費用について整備士が解説』
U.S. Energy Information Administration (EIA)『EIA projects global conventional vehicle fleet will peak in 2038』
中部読売新聞 朝刊 13ページ『日本特殊陶業 M&A強化 川合社長 EV関連拡大に意欲=中部』(2025/03/06)
日本経済新聞 朝刊 27ページ『未来面――人間にしかできないこと 課題03 AI活用が進む社会で価値をどう創造しますか? 日本特殊陶業川合尊社長』 (2024/07/01)
日経産業新聞 9ページ『日本企業編(4)収益力 部品EBITDA率、首位は日本特殊陶業 EV向け磁石を開発(サプライヤーRanking)』( 2023/12/08)
時事通信ニュース『デンソー、日本特殊陶業と一部事業譲渡で協議開始へ=内燃機関セラミック製品』(2023/07/10)
日本経済新聞 地方経済面 中部 7ページ『プラグ 最適生産数算出 日特、システム構築で在庫コスト圧縮 EV化で需要減見込む 新事業に資源』(2024/02/22)
日本特殊陶業『2030 長期経営計画』
日本特殊陶業『株式会社デンソーの一部事業の譲受に向けた基本合意書の締結に関するお知らせ』
総合技研株式会社『2023年版 主要自動車部品255品目の国内における納入マトリックスの現状分析 自動車部品工業の経営動向』
株式会社富士キメラ総研『2018ワールドワイド自動車部品マーケティング便覧』
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