中国の教育市場の分析

中国の教育市場の分析

中国の教育市場の分析

(中国教育部 2020年全国教育事業発展統計公報より)

2020年、中国の各教育施設と在学生は上の図の通りとなる。

中国の義務教育は日本と同じく小学、中学の計9年間(基本6・3年制だが農村部では一部5・4年制)となる。

私立の義務教育施設の許認可のハードルがある事から、圧倒的に公立が中心で私立は幼稚園が主体となる。

中国の教育市場の分析

一方で、私立高校、私立大学の在校生の上昇率は公立を上回っている。

教育全体の市場規模は少子化と言われながらも、この数年は平均8%の成長率で推移し、2019年で5兆元を超えている。

(JETRO 中国教育(EdTech)産業調査)

ここに民間、外資の導入も含め、投資拡大の可能性が予測されていた。

急拡大したオンライン教育

2020年初めに中国でコロナ感染拡大時期に休校となる中、多くの家庭は子供にオンライン教育を利用させた。

学校自身もオンライン授業を行い、当時政府の教育部はアリババの「Ding Talk」(中国版slack、zoomのような機能もある)をオンライン教育の推奨ツールにした。 

参照:「DingTalkだけ?中国の会議ツール最前線を読み解く

中国のオンライン教育ビジネスは2013年頃より本格化し、スタートアップに資金が集まると共に利用者が拡大。「K12」(幼稚園から高校まで)のオンライン教育市場規模は2020年 4,858億元(約8兆円)成長率20.2%で利用者は3,766万人とのデータもある(iiMedia「2020中国K12在線教育行業報告」)。

これからするとオンライン教育への支出は平均約13,000元(約22万円)/人・年となる。実際にはK12以外の高等教育(大学以上)、社会人のオンライン学習の市場もあり、全体ではこの数倍以上と推測される。

オンライン教育には一線都市より三線都市での使用者が高く3-18歳の総人口2.6億人(2020年時点)から今後の成長が期待され、より多くの投資が同業界に集まり、k12+他オンライン教育市場への2020年推定投資総額は1,000億元(1.7兆円)との試算もある。

義務教育段階の学生負担

義務教育段階の学生負担

2021年5月21日、中央全面深化改革委員会が開催され、義務教育の学生の学内と学外の負担軽減に関する「意見」が審議採択されている。

同委員会は習近平政権後に新たに設置した機構のひとつで、習総書記自らが委員長を努め、副委員長は李克強首相らが務める。

同委員会はトップダウンの決議機構であり、「意見」には強い力がある。

この「意見」を受け、市場監管総局は2021年6月1日、以下の発表を行った。

・双減 ふたつのマイナスとして「学内と学外両面の負担減」

・15の学習機関、組織に3,650万元(約6億円)の罰金

双減は日本でも盛んに報道された、学校での宿題制限と学外での塾、研修組織の活動制限となる。

処罰は5月に発表された2社を含み、その理由は虚偽の広告、価格詐欺などの不正行為となっている。

未就学児の英語教育、外国カリキュラムへの規制

未就学児の英語教育、外国カリキュラムへの規制

この中には米国ニューヨーク証券市場上場のオンライン教育事業の新東方教育科技集団(New Oriental Education  and Technology Group)と中国最大の英語スクールである華爾街英語  (Wall Street English)などが含まれている。

2021年5月には別途,国私立教育促進法実施条例が出されており、私立学校で外国のカリキュラムの採用を禁止など制限が加わった。

一部の地方では私立学校の申請審査を取りやめる、私立から公立に切り替わるなどの混乱が見られる事態となっている。

更に就学前の児童への英語教育の禁止もだされた。

新東方は2006年に中国教育事業として初めて米国上場した企業であり、その後2020年に香港上場もしている。米国上場株式時価総額は2019年時170億米ドル前後であったが、今回の政府対応から約10分の1まで下落。(2021年9月13日現在)。

また、21年の実績ある華爾街は同8月に破産。会員数約6,500名で支払後未回収の金額は5億元(85億円)とみられている。
その他教育関連銘柄の上場株価は下落を続けており、上場を検討していた企業も取り下げを行い、経済への影響が広がる事が懸念される。

それでも今回の発令は、「児童の長時間学習と家庭の経済負担を軽減するもの」としており、その先には少子化への歯止めがあるとし、方針を変える様子はない。

なぜ教育にこだわるのか。

格差社会と「共同富裕」

格差社会と「共同富裕」

中国は1978年に提示された「改革開放」から、先に富み、富んだ者が後の者を富ませていく「先富論」を進め驚異的な経済成長を遂げた。

同時期に制定された「一人っ子」政策は2016年に終了となったものの、出生率はあがらない(参照:「中国の「お一人様」社会 単身経済の進行」)。

現在の社会構造はどうなっているだろうか。2020年と2010年の中国国勢調査から見る。

地域格差

高学歴比率が高まっていると共に都市部への人口流入が進んでいる。ただし、「農民工」と言われる地方からの労働力の伸び率は減少していると共に、平均年齢も上昇傾向で2010年35歳前後であったものが42歳近くまできている。

一時的に2020年前半はコロナ禍により求人倍率は減少したものの、都市部の求人倍率は1.0を超えている。ここから都市部定住者が増えていると推察する。 ただし、農民工の平均年齢上昇はは、都市部での求人状況が安定している事以外に地方からの若年層労働力がピークアウトしている2点が要因と考える。

身分格差

身分格差

戸籍の人口比率では公安部は2021年5月に都市率45.4%と発表している。(注:出所 公安部HP )

定住比率で言うと都市比率は63.9%であり、定住しながら都市の戸籍を得られず就業、医療、住宅そして教育格差を受けている者は少なくないと言える。

都市部の新規就業は、第三次産業が中心となり、まだ労働集約型業務が残る。

大学卒業者はその中で、通信、IT、技術サービス、金融など専門知識を要する業種を選択するが、採用数は限定的で企業側が優秀な人材を得やすい環境ともいえる。

所得格差

所得格差

省、市間のGDP差が他国よりも大きい中国では、以前より農村部と都市部の所得格差が課題として認識しされている。

この格差が都市部への人口流入の一因でもある。それでも可処分所得の差は現時点で2.6倍と大きな変化はない。

所得格差を測るジニ係数(0-1で示され、大きくなるほど格差が大きい。0.4を超えると社会不安が起きやすくなるとされる)も、拡大している。

日本では再分配所得ベースで0.37-0.38に対し、中国では0.514(OECD 2012年)となる。

ちなみに、日本でも社会保険料、税金控除、社会保障給付など所得の再分配を考慮しない、当初所得(グロス収入)ベースでのジニ係数は0.56(2017年)で、上昇傾向にある。

中国は固定資産税、相続税が無い事。また皆保険への制度整備を行っている段階だけに「当初」と「再分配」の差が小さい。そのため所得格差がそのまま生活の格差に直結し、社会の不安定に向かう怖れもある。

高齢社会と共富

2020年65歳以上の人口は全体の13.5%であり、年内に14%を超え、「高齢社会」国家となる。現時点で中国の定年は男性60歳 女性55歳であり、「再分配」に関連する社会保険が大きな課題となる。

日本同様定年延長と年金給付年齢の引き上げも含め、年金制度全般の見直しが必要となっている。

政府は2021年2月、都市、農村住民の基本年金制度の統一を行い、福祉事業と制度保障の拡充をアピールしている。

その後、常住人口300万人以下の都市において、常住農民戸籍者の都市戸籍への転籍制限を撤廃する事も発表。これにより地域、身分格差の縮小、所得では国民に社会保障がある事で安心して生活できるようになる。

それが「共同富裕」への道であるとの主旨である。

財源と人口増加

所得格差

社会保険を給付する上で必要な財源は、社会保険基金で行っている。

この基金は、年金・医療・労災・失業・生育の社会保険料と積立残高の運用収益となる。

しかし、2014年以降収支は赤字化しており、国・地方政府の財政補填で運営されている。

共同富裕の実現に収入が必要な政府は、新たな方策を打ち出す。

三次分配=寄付

2021年8月17日、共産党中央財経理委員会会議で提示された「三次分配」である。
一次分配は市場原則による収入の分配。二次分配は政府が公平性の原則に照らし、課税、社会保障納付等による再分配となる。

では、三次分配は? 

慈善、公益事業による分配=寄付を指している。

実は三次分配は2019年共産党中央委員会で所得分配に必要な要素として議論されており、今回正式に提案された形となっている。

すでにIT企業には知れ渡っているのか2021年4月、「共同富裕プロジェクト」として計500億元(約8,500億円)が拠出されている。

その後、フードデリバリの美団、バイトダンス(TicToc)、シャオミ(Xiaomi)が同プロジェクトに参加。

更に、上記8月の三次分配発表翌日にテンセントが再度500億元(約8,500億円)の資金で「共同富裕専門項目計画」を立ち上げた。

そして2021年9月、アリババが共同富裕プロジェクトに2025年迄に累計1,000億元(1.7兆円)を投入すると発表した。年金向けだけではないが、財源を増やし国民に将来の不安を減らす事と、教育費減少をライフスタイルの向上に向けさせたいとの意図であろう。

人口問題と教育の見直し

   
人口問題と教育の見直し

中国は、労働人口ボーナス期から、オーナス期への突入が見込まれるため、「一人っ子政策」を廃止した。

それにも関わらず、出生人口は増えない。格差の広がりと高齢化は止められない中、教育格差と過剰な教育費用を減らし、家族を増やせる環境作りを目指そうとしている。
       
政府は、「三人子政策」により、結婚、出産、養育、教育を一体として考慮し、ライフサイクル全般をカバーすると強調している。

具体的には医療サービス、休暇、託児施設サービスの増強、その為の私立保育、幼稚園へのサポートも行うとしている一方、学校教育品質の向上、学外研修の規制を明示している。

教育周辺への過熱投資

前段では、子女の学校外の教育に注力する中間層以上の家庭が民営の教育ビジネス企業を巨大化させた事を述べた。

子女の優良校への入学には、教育以外に環境にも資金を掛ける家庭は少なくない。

「学区房」と言われる不動産投資である。

有名中学等への入学権付のマンション販売が、この数年人気であった。購買価格は通常より数十%高額となるが、子女が卒業後は、子女教育を考える家庭に転売し、利益が得られる可能性がある。

新築マンションに限らず、北京市などの有名大学、その付属校周辺の古いマンションも高額取引がされている。

有名学校の付近の住宅では、比較的容易に有名大学の学生を家庭教師に、更に学校の先生を雇いやすい事が理由である。

教師も生徒も、引き抜き対象

私立学校や塾側は、公立の優秀な教師を高額で引き抜き、また優秀な学生を奨学生として私立に編入させている。有名大学進学率の高さをアピールする例もある。

複数の業務を持つ教師、存在しない有名講師を広告に使うなど、競争の行き過ぎの弊害が目立っていた。

また、政府は違法性のある学校や、地下経済に繋がるような運営の取り締まりも実施した。

ただ、それ以上に、政府が看過できなかったのは、格差の拡大であったと考える。

義務教育ではすまない入試制度

大学入試は「高考」と言われる共通試験で、「科挙」(随から清まで行われた試験制度)にも例えられるが、日本と異なるのは戸籍制度で戸籍と異なる地域の大学合格点は、地元受験者より高く設定される点である。

従い、受験者が志望校の所在地の戸籍を有しない場合、より学外の教育を求める事となりやすい。この点は、都市部定住者の戸籍変更だけではなく、修正が必要である。

教育ビジネスの過熱は、教育分野だけでなく、不動産市況にも連動する。資金を持つ国民と、持たない国民との大きな教育格差が幼少から続き、さらにその子ども世代にも格差が再生産される。

格差拡大による社会不安への拡大と、更なる出生減少を避ける意図があると考える。

「生類憐れみの令」からの考察

「生類憐れみの令」からの考察

江戸時代、「生類憐れみの令」は五代将軍徳川綱吉が制定した。徳川家康の江戸開府から50年以上がたち社会は安定、通貨経済が活発化し都市部へ人口が流入、外食の基礎が出来たのもこの頃と言われている。

その中で戌年生まれの将軍が、犬を虐待すれば厳罰とし、蚊を殺しても犯罪とも言われる(民間の流布)生類憐れみの令を発布。この法令は綱吉が在位途中から逝去までの22年間、保護対象を増やしながら継続された。六代将軍家宣が即位後に廃止した事からも、現代の我々は、少なくとも私は独裁政権による悪法と捉えていた。

しかし、元々は動物より「人」の保護から始まった令であった。綱吉が公布した政令の背景と憐れみの対象を調べてみるとイメージと大きな差を感じる。

当時人権に対する意識は低く、新生児の間引き、捨て子が頻繁にみられた事。更に武士の狩猟時のエサ用に犬など小動物を殺していた。また一般人の食用にも無秩序に動物が殺傷されていた。

まずは人の救済があり、更に動物愛護の観点も加わり、細目が次から次に増やされた。

果たして綱吉は、どれだけ市井の生活を把握していたのだろうか。結果、現実の生活から乖離した法令になり、人心が離れた。

突然の規制の経済への影響を注視

中国政府の教育ビジネスへの規制は、教育格差の解消にとどまらず、人口構成や地域、戸籍、所得など中国社会が抱えるあらゆる格差が背景にある。

ただ、新興教育ビジネス企業への突然の対応は、2020年から繰り返し行われるアリババ、テンセント等巨大IT企業への対応を想起させ、それが現在の学生たちの学習意欲や、新規事業意欲を削ぐ方向に向かわぬよう、制限増加から修正が入る方向を期待する。

ここまで教育規制に関連する社会環境、政府施策を見てきたが、社会保険の充実及び教育費の減少が、出生率に直接繋がるだろうか。

これまで容認してきた企業活動の突然の規制は、すなわち経済の減退へ向かう事がないだろうか。

慎重に見極める必要がある。

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