人類の英知③ 300億年に1秒しかずれない時計 「0.000000000000000001」再び

今年のノーベル物理学賞は、『アト秒』(10-18秒=0.000000000000000001秒)の間だけ光を発する技術に与えられました。この受賞を枕に、今回と次回は人類の英知の第3回・4回として、同じ10-18の精度、すなわち300億年に1秒しかずれない時計(時間の計測)についてです。本稿のおまけに記しましたが、この精度の時計ですと、私たちは頭のほうが足よりも年を取る!ことを測定できます。

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驚異の0.000000000000000001の世界~長さ・発光・時間

驚異の0.000000000000000001の世界~長さ・発光・時間 

  • 10-18の長さの変化を検知する=重力波の観測(2017年のノーベル賞)
  • 10-18の時間だけ発光させる=アト秒レーザー(2023年のノーベル賞)
  • 10-18の時間を計測する=300億年に1秒しかずれない時計(xx年のノーベル賞?!)

どれもこれも驚異的というしかありません。

三つ目でいえば、宇宙開闢以来138億年ですから、宇宙ができてから1秒ずれるかずれないかの精度です(時が138億年前に刻まれ始め、今にいたること神秘的です)。

人間自身の感度は10-1~10-2といったところでしょう。例えば、100㎝と110㎝は見極められるでしょうが、100㎝と101㎝は難しく、100gと110gはわかるでしょうが、100gと101gはわからないでしょう。10-18を計測できること、人類の英知にほかなりません。

時間の計測はいつの時代においても――

時間の計測はいつの時代においても――

時代時代によってその目的は異なりますが、いつの時代においても時間計測は、企業、産業、国の基盤であることは明らかです。

大航海時代においては、船がどこを航海しているのかを把握するのは財宝を獲得できるかどうか以前に生死にかかわる問題でした。そのために天文学が発展したのでしょうが、時間計測も重要な要素でした。

列車の時代になると、時間が正確に把握できなかったため多数の死者を出す衝突事故が起きています。

労働が時間単位で計られるようになると、時間の計測は労使双方に重要なことになりました。

現代では例えば、GPSの精度を上げるためには時間計測技術が不可欠です。

自然時計

自然時計

上記のような実利的な面に加え、人間の知的欲求として、時の計測は有史以来の人類の願望であったことでしょう。

日時計、砂時計、水時計、火時計など様々な工夫がなされました。しかしながら、これらは正確性や再現性に難があります。

機械時計

機械時計

人類初の人工時計を閃いたのはガリレオ・ガリレイです。

史実ではないと言われますが、ガリレオが教会で鐘の振動を見ているときに、振動幅が違っても一回の振動にかかる時間は同じであること、すなわち振り子の等時性、すなわち振り子が時間の計測に使えることに気づいたのです。画期的なことでした。

この等時性を利用・改良してはじめて時計として実用化したのはクリスチャン・ホイヘンスと言われています。

そして、機械式時計をいかに精密につくるかの技術競争がはじまりました。振り子もしくはそれに相当する機能をいかに精密に設計・製造するかの競争です。

定義すらできない「時」を機械で計る。神秘的ですし、その技術革新は大変興味深いものです(字数制限上割愛しますが、例えば、セイコー元社員の織田一朗氏による『時計の科学』に詳述されています)。

電子時計

電子時計

とはいえ、機械式時計は精度において限界があることは明らかです。そこで次に登場したのが、日本企業が世界を席巻することとなる水晶時計です。

時間を計るためには「規則正しい振動」と「その振動回数の計測」が必要です。水晶は宝飾品として知られますが、物理的にも興味深い特性をもっています。水晶は「圧電体」で、電圧を加えると振動するのです(その逆もあって、振動すると電気を発生するため、エネルギー供給源として活用されることもあります。例えばマットを圧電体でつくると、人が踏む圧力で電気が発生します)。

その振動数は32,768Hz、すなわち1秒間に32,768回振動します。すなわち1秒を1/32,768の精度で計れるということになります。

機械式と比較すると圧倒的に簡素な構造で、圧倒的に正確な時計を作ることができるため、瞬く間に機械式から電子式への移行が進みました。

話はそれますが、水晶は時計の部品としてだけではなく、電子機器にはほぼ間違いなく入っています。水晶を使った電子部品産業においては、日本電波工業、京セラ、リバーエレテックなど日本企業が世界の半分を供給しています。

原子時計

原子時計

次に考えられた時計は原子時計です。

原子はそれぞれ固有の共鳴振動数をもっています。例えば、セシウムは9,192,631,770Hz、すなわち1秒に9,192,631,770回振動する、すなわち1/9,192,631,770の精度で時を計測できることになります。

このセシウム時計を機に、時の基準が天体から原子に変わりました。

「1秒」は、1956年までは地球の自転を基準として(24時間=86,400秒の1/86,400が1秒)、1967年までは地球の公転周期を基準として(地球が太陽の周りを一周する時間=1年=31,556,925秒の1/31,556,925が1秒)決められていました。

ところが、地球の自転速度、公転速度は変動しているため(主に潮汐力によって自転速度は100年に2.3㎜秒の割合で遅くなっており、1億年前には1日は23時間20分、1年は375日だったそうです)、「秒」も変動してしまいます。

1967年、1秒は「セシウム原子が吸収する波が9,192,631,770回振動する時間」と国際度量衡総会において決定され、立場は逆転し、「天体を基準」から「天体の変動を検知」するようになったのです。

光格子時計 300億年に1秒の精度を達成

光格子時計 300億年に1秒の精度を達成

この原子時計にいくつかの独創的な技術が加えられたのが、300億年に1秒の精度の時計です。

水晶時計→原子時計への変化でわかるように、時を刻む「ナイフ」をより尖ったものにする。すなわち、振動数を増やせばよいことになります。それが光です。

光の振動数は数百兆回/秒になります。問題は、その振動回数をどうやって数えるか、です。

それを解決したのが2005年にノーベル賞を受賞した「光周波数コム」技術です。コムは櫛です。ラジオの周波数を合わせるときに、少しずつずらしていき一番音がよく聞こえるところで止めますが、その超ハイテク版です。

また、これほどの高精度になると原子の振動が問題になります。温度をもった物質は振動しています(温度とは振動です)。原子の振動により、共鳴周波数がわずかに変動してしまうのです(ドップラー効果)。そこでレーザー冷却という技術が開発され、原子をほぼ絶対温度0度まで冷却できるようになりました。

これらに加え、東京大学の香取秀俊教授は100万個の原子を整列させる技術を開発しました。

卵パックのハイテク版のようなもので、レーザー光が作る100万個の窪みに一個ずつ原子を整列させ、100万個同時に計測可能(=精度向上)としたのです。

これら技術の集大成として、ついに300億年に1秒の精度の時計が実現しました。

地震予知や火山予知への応用も

我々の世界には力が四つ(強い核力、弱い核力、電磁力、重力)あります。

重力はほかの三つと比較すると圧倒的に弱いなど、計測が難しいのです。そこで考えられるのは間接的に重力を計測することです。

時間の速度は重力の強さに反比例するため(地上から1㎝離れると、時間の流れは10-18速くなるそうです)、時間を計測することで重力を計測できることになります。

したがって光格子時計を使うことで、例えば、地下の状況把握(石油や鉱物資源のあるなし)や、さらには地震予知、火山爆発予知などに使える可能性があります。

おまけ

余談ですが、人間の頭と足でも時の進み方が違い、一生で0.1マイクロ秒、頭のほうが足より年をとるそうです。面白いですね。

参考文献

  • 都筑卓司氏『時間の不思議 タイムマシンからホーキングまで』(講談社)
  • 安田正美氏『1秒って誰が決めるの?―日時計から光格子時計まで』(ちくまプリマー新書)
  • 『Newton別冊 時間とは何か』(ニュートンプレス)
  • ブライアン・グリーン『宇宙を織りなすもの』(草思社)
  • 織田一朗氏『時計の科学』(講談社)
  • 吉田伸夫氏『時間はどこから来て、なぜ流れるのか?』(講談社)
  • 山田五郎氏 『機械式時計大全』(講談社選書メチエ)

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