人類の英知①『0.000000000000000000001』と『重力波』

ある経営者との議論が刺激となり、村上春樹さんシリーズと並行して『人類の英知』の連載を開始したいと考えました。Chat GPTには驚かされましたが、それを凌駕する技術を人間は創造してきました。1回目(と2回目)は『重力波』です。2回目の最後には、我々人間一人が時空をどの程度「歪めて」いるかの数字を紹介します。

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技術の正当な対価とは

技術の正当な対価とは

東芝テックの錦織弘信代表取締役社長と議論する機会に恵まれました。

錦織社長は富士通のHDD事業が東芝に統合されると同時に東芝に移籍され、統合されたHDD事業の責任者となり、そして東芝テックの社長に就任されるという稀有な経歴の経営者です。錦織社長を抜擢した東芝経営陣の慧眼も見逃せません。

話題は技術の価格についてでした。本連載「AI・ChatGPTは代替か、増幅か」において、64GBの記憶装置の現在の価格は1万円と書きました。これは半導体(NANDメモリー)を使った記憶装置の価格で、HDD記憶装置であれば1万円ちょっとで6TB、すなわち48Tビット、すなわち48兆個の1/0情報が記録できるHDDを購入することができます。

48兆個の情報が記録できる技術が1万円。驚異的です。

ハイテク産業の仕組みは、技術革新→新しい需要→生産量増加とともに経験曲線によって価格が下がる。同時に、新しい技術→生産量が増える→価格が下がる+新しい技術→生産量が増える……であり、価格下落は存在意義とさえいえ、決して悪いことではありません。

しかしながら、限度があります。新しい技術を開発するための原資(頭脳、資金)を拠出できるだけの対価が必要です。価格は需給で決まると言ってしまえばそれまでですが、優れた技術者が開発した優れた技術が正当な評価を受けることが期待されます。

以上の話をきっかけに、人類の英知、驚異的な技術について紹介しようと考えました。第1回は重力波をとり上げます。

ノーベル賞を受賞した重力波の観測

ノーベル賞を受賞した重力波の観測

2017年のノーベル物理学賞は「重力波」を観測したチームに与えられました。受賞者は、レイナー・ワイス、バリー・バリッシュ、キップ・ソーンの3人ですが、この観測は15か国からなる約1000人のチームによるものです(ノーベル賞は最大3人まで、存命者との決まりがあります)。

ノーベル賞は世界最高の名誉ともいえる賞であるだけに、選考委員会は極めて慎重ですが(対象となる業績がなされた20年後、30年後、40年後に授与されることは珍しくない。それでも疑問を感じる受賞はあります)、重力波に関しては誰もが認める偉業です。

何が凄いのか。一つはその観測精度です。なんと0.000000000000000000001。10のマイナス21乗です。

これがどれほどすごいことかと言いますと、地球と太陽の距離(1.5 ×1011 m)が原子1個分(1.1 ×10-10 m)長くなった(短くなった)ことを観測するに等しい精度です。驚きませんか? 私は耳を疑いました。どうやって測るのだろう、どうやってその正確さを担保するのだろう、と。

人間の目では0.01、10-2でも難しいのではないでしょうか(100㎝と101㎝の違いを確実に見分けるのは難しいでしょう)。

このような驚きの精度ですから、物理学者でさえ、自分が生きている間に重力波の実証は無理だろうと考える人も多かったそうです。

実際に何を観測したのか

実際に何を観測したのか

重力波を観測した設備は、米国のLIGO(Laser Interferometer Gravitational-Wave Observatory。レーザーの干渉を利用して重力波を観測する施設)とよばれる施設です。二つの棒(といっても、超高精度に測られ真空状態に保たれた棒で、長さは4kmあり、物理学者は「腕」と呼んでいます)が直角に配置され、その腕の中に飛ばしているレーザーの干渉を利用して長さを計測する設備です。

重力波は物体を一方向に伸ばし、その直角方向に縮めます。すなわち、LIGOに重力波が届いたのであれば、一方の腕が伸び、一方の腕が縮むことになります。

そして、2015年9月。設備の性能を強化して観測を始めてわずか2日後、LIGOの腕が10-21の変化をとらえました。人類が初めて観測したこの重力波は「GW150914」(2015年9月14日に観測したGravitational Wave)と名付けられています。

その観測結果が正しいなんてどうやって保証するのだろうと考えます。技術的な詳細はとても素人が理解できるものではありませんが、米国のルイジアナ州のジャングルとワシントン州の砂漠(3000km離れている)に同じ設備を二つ用意し、その二つの設備が同じ観測結果であったのです! とはいえ、この精度ですから、公表されたのは観測した日から約半年経過してからでした。世界トップの科学者が半年かけて検証を行ったのです。

そもそも重力波って何? 100年前の予言

そもそも重力波って何? 100年前の予言

重力波にノーベル賞が授与された本質的な理由は、偉大な理論を裏付けたことです。

重力に初めて気づいたのはニュートンであることはよく知られています。ニュートンは、重力が「万有引力」(あらゆる物体に作用する力)であることに気づき、また、その強さを定式化することに成功した……という偉大な業績を残しましたが、重力が働く仕組みについては何も語ることができませんでした。

300年後、重力の仕組みをあきらかにしたのがアインシュタインの一般相対性理論(1915~1916年)です。重力とは時空の歪みであるとアインシュタインは見抜きました。空間は歪むことを初めて発見した人間になったのです(正確には、時間と空間は一体であり「時空」と表現されるべきですが、ここではさておき)。

この10年前に発表された特殊相対性理論はアインシュタインがいなくても他の誰かが遅かれ早かれ、たとえばポアンカレが、構築したと言われますが、一般相対性理論はアインシュタインの神がかり的な独創性によって構築された理論です。

空間に物質がおかれると、その質量が空間を歪めるのです。地球が太陽の周りをまわっているのは、太陽がつくる空間の歪みに沿って地球が回転している、と解釈されています。

トランポリンに鉄球をおくとトランポリンが沈み込みます。そして、その周りを犬(地球)がその歪みに沿って駆けずり回っているといったイメージになります。私たちの肉体も例外でなく、空間を歪めています。

アインシュタインはさらに、物体が加速度運動をすると、空間の歪みが伝播していく=重力波が発生する、ことも予言しました。トランポリンの上においた鉄球を弾ませると、トランポリンの振動が波及していくイメージです。

13億年の時をこえて

13億年の時をこえて

しかし、この重力波は極めて極めて微弱なので、観測するためには、想像を絶する巨大な物体が動き、強い重力波を発生させてくれることが必要です。

今回観測した重力波のもととなったのは、なんと太陽の29倍の重さと、同じく36倍の重さのブラックホールが激突し、一つになったその衝撃です(太陽の重さは地球の重さの33万倍)。

そして新しく、太陽の62倍の重さを持つブラックホールが誕生しました。太陽の29倍と36倍がぶつかって一つになる! 想像を絶する衝撃です。

うん? 36+29=65ではないのかって?

そうです、太陽の3倍分の質量が失われたのです。アインシュタインの特殊相対性理論によれば、エネルギーと質量は等価で、E=mc2によって変換可能ですから、〈太陽の3倍の質量×光速×光速〉のエネルギーが生じたのです(広島に落とされた原爆は1gに満たない物質がエネルギーに変換されたものと言われますから、太陽の重さの3倍がエネルギーに転換されたことは想像を絶するものです)。

この衝突は0.2秒の間に起ったそうです。その0.2秒間に生じたエネルギーはなんと、人類が年間に消費するエネルギーの1000億倍の1000億倍のさらに数百万倍だそうです。

そのようなトンデモナイエネルギーが強い重力波を発生させたのですが、この衝突は地球から13億光年離れたところでおきたため、地球に届くまでに弱くなってしまうのです。

13億光年。すなわち、光速(1秒で地球を7周半する)でも13億年かかる遠方です。このことはすなわち、この衝突は今から13億年前に起きた事象であることを意味し、とても不思議な気分になります。13億年前の事象をLIGOは「聞いた」のです。

次回は

LIGOの性能は継続的に強化され、一方、日欧でも同様の施設への投資がされています。次回は、次に人類が達成するかもしれない英知について。

参考文献

  • 川村静児氏『重力波とは何か』(幻冬舎新書)
  • 大栗博司氏『重力とは何か』(幻冬舎新書)、『超弦理論入門』(講談社)
  • 二間瀬敏史氏『重力で宇宙を見る』(河出書房新社)
  • 田中雅臣氏『マルチメッセジャー天文学が捉えた 新しい宇宙の姿』(講談社)
  • 佐藤勝彦氏監修『宇宙138億年の謎を楽しむ本』(PHP文庫)
  • 郡和範氏『ニュートリノと重力波のことが一冊でまるごとわかる』(ベレ出版)

▼次の記事はこちら
人類の英知② 宇宙は4次元ではなく10次元

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