村上春樹さんから学ぶ経営㉖「見えている」経営者~ふっとわかるんだ。突然霧が晴れたみたいにわかるんだよ

前号で経営は専門職ではなく人間職であることを書きました。今回は、「見えている」経営者について。少々長いですが、今月の文章です。

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ねじまき鳥クロニクルより

ねじまき鳥クロニクルより

「たとえばだね、どこかに店を一軒出そうとする。(中略)どうすればいい?」
僕は少し考えてみた。「まあそれぞれのケースで試算することになるでしょうね。この場所だったら家賃が幾らで、借金が幾らで、その返済金が月々幾らで、客席がどのくらいで、回転数がどれくらいで、客単価が幾らで、人件費がどれくらいで、損益分岐点がどれくらいか……そんなところかな」

「それをやるから、大抵の人間は失敗するんだ」と叔父は笑って言った。「俺のやることを教えてやるよ。ひとつの場所が良さそうに思えたら、その場所の前に立って、一日に三時間だが四時間だか、何日も何日も何日も何日も、その通りを歩いていく人の顔をただただじっと眺めるんだ。何も考えなくていい、何も計算しなくていい、どんな人間が、どんな顔をして、そこを歩いて通り過ぎていくのかを見ていればいいんだよ。(中略)そのうちにふっとわかるんだ。突然霧が晴れたみたいにわかるんだよ。そこがいったいどんな場所かということがね。」

『ねじまき鳥クロニクル 第2部 予言する鳥編』からの引用です。村上春樹さんは「デタッチメント」の作家。世事から離れ静かに文章を書き綴る作家でした。

しかし、海外居住中に神戸大震災、オウム真理教による事件が発生。帰国後、河合隼雄氏との対談で「コミットメントということについて最近よく考えるんです。(中略)以前はデタッチメントというのが僕にとっては大事なことだったんですが」と述べており、「ねじまき鳥クロニクル」はコミットメントへの転向を象徴する作品ともいえます。

優れた経営者は「感性の人」

優れた経営者は「感性の人」

閑話休題。
「そのうちにふっとわかるんだ。突然霧が晴れたみたいにわかるんだよ」――。

筆者は、優れた経営者は「感性の人」でもあると思っています。経営は論理だけで割り切れるようなものではありません。もし、経営が数学のように精緻なものであれば、経営学者が立派な経営者ということになるのでしょうが、決してそうではありません。

理論的な裏付けは必要条件であるとしても十分条件ではありません。経営理論は有用ですが、経営には理論を超えた洞察力なるもの、産業が、世界が、社会が、人間がどう変化していくのかを感じ取る感性が不可欠でしょう。

東奔西走するだけでは能がない

東奔西走するだけでは能がない

事実、筆者がこれまでにお会いした経営者の一人で、高収益企業で知られるある企業の社長は日常の執行業務に深く関与することなく、読書をしたり外部の知恵者の話を聞いたりするなどしておられました。世界の大きな動きを見つめているのだと、驚いた記憶があります。

沈みかけた日立製作所を再生させた川村隆・元社長は、中堅社員の頃にマルクス・アウレーリウスの『自省録』のレビューを社内報に寄稿したところ、「先輩や同僚から随分と軟弱なものを読んでいるなとからかわれた。仕事に直結するものを読めということのようだったが、ビジネスマンといえどもあくせく東奔西走するだけでは能がない。文学や哲学書をひもとく」必要があるとことを訴えています。このような方でないと巨艦日立製作所を蘇生させることはできなかったでしょう。

「技術者を消耗させて良いのか」 米半導体メーカー会長の眼力

「技術者を消耗させて良いのか」 米半導体メーカー会長の眼力

「見えている」事例をいくつか。

かつて隆盛を誇った日本のハイテク産業を苦しめたのは、民生機器産業(オーディオ、テレビ、ビデオ、携帯電話など)における劇的な価格低下でした。技術の安売りともいえる熾烈な価格競争に対して、米国の半導体メーカーであるリニアテクノロジーのスワンソン会長(当時)は「見えている」経営判断を下しています。

2005年、「民生機器の顧客は価格引下げ要求ばかりだ。このような低収益の市場で我々の貴重な技術者を消耗させて良いのか」と考え、当時売上高の30%程度を占めていた民生機器分野から経営資源を引き揚げました。

2005年といえば、薄型テレビや携帯電話など民生機器は高成長で「熱い」分野。日米欧アジアの主要企業がこぞって強化していたのですが、スワンソン氏には「見えていた」のです。

同社はその後、Analog Devicesにおよそ150億ドルで買収されましたが、当時の営業利益率は40~50%。日本の資産である技術者が「消耗」させられたのとは対照的でした。一つの決断がこれほどの差になるですから、経営者の意思決定の重さを再認識させられます。

隆盛期に技術転換を決断した日本の中堅企業

隆盛期に技術転換を決断した日本の中堅企業

日本の中堅企業でも「見えている」決断をしている人がいます。世界最小、なんと100万分の1gの歯車で知られる、樹研工業の創業者・松浦元男氏です。

1980年代後半、かつて輝いていた欧米の電機メーカーが日本企業に駆逐された史実が目に焼き付いていた松浦氏は、日本企業のお家芸となった家電製品も技術より価格で選択されるような製品になりつつある……と分析。当時、同社の売上高の70%が当該産業に関連するものであったことから、「心臓が大きく音をたて、倒産が頭をよぎった」のです。

そうして、技術で差別化可能なマイクロモーターへの転換を決断しました。日本の電機産業が隆盛を誇っていた1980年代後半にその将来が見えていた人は少ないでしょう。

座学を超えた素養をもつ「長老」

さて、実は引用した文章とほとんど同じことを言っている経営者がいらっしゃいます。わずか5席のラーメン店から始めて上場企業・ハイデイ日高(コロナ直前の業績は売上高422億円、営業利益41億円)に育てあげた神田正氏です。

「3店目を始めた時に、不安でしょうがなくて、毎晩のように夜中、工事中の店の前にたって、ひたすら人の流れをみていた。出店の判断はすべて一人でする。人を連れて行くと勘が鈍る。最近は開店後の状況を想像できるようになってきた。最後の決断は勘」(2013年11月10日、日本経済新聞夕刊)

この文章を読んだときは驚きました。村上春樹さんの小説の登場人物とまったく同じではないか!と。もちろん、人口密度、最寄駅の利用客数、地価、学校やオフィスの有無などのデータも重要でしょうが、同時になんと呼ぶべきか、感性/勘/大局観/洞察力/慧眼といったものも必要で、座学を超えたより深い素養のように思います。

小説中の叔父さんや神田氏のような「見える人」を、日本語では「長老」というのが一番近いでしょうか。映画ゴッド・ファーザーでも、マイケル・コルリオーネ(アル・パチーノ)が最後に意見を求めるのは嗄声(さ・せい)の寡黙な老人ドン・トマシーノでした。

▼村上春樹さんから学ぶ経営(シリーズ通してお読み下さい)
「村上春樹さんから学ぶ経営」シリーズ

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