高炉3社の22/3期実績~「失われた付加価値の奪還」を確認

高炉3社の22/3期実績~「失われた付加価値の奪還」を確認

2021年10月に、『高炉3社の収益は前年度の8倍へ 「失われた付加価値」奪還への挑戦』と題して、22年3月期に予想される高炉各社の好決算を特集した。

そこでは、「高炉3社(日本製鉄、JFEホールディングス、神戸製鋼所)の合計の22年3月期の事業利益(神戸製鋼所は経常利益)は前年度8倍の1兆300億円まで急回復する見通し」と記した。

結果は、見通しを4,000億円以上の超過達成

そして先日、各社から発表された結果を見ると……。

3社合計の22年3月期の事業利益(神戸製鋼所は経常利益)は、最終的には、半年前の見通しをさらに4,000億円以上も上回る1兆4477億円まで積み上がった(日本製鉄9,381億円、JFEホールディングス4,164億円、神戸製鋼所932億円)。

日本製鉄は、旧新日本製鐵と旧住友金属工業の統合以来の過去最高利益を更新、JFEホールディングスも、リーマン・ショック以降の最高利益を記録した。 

上位2社のメタルスプレッドがここまで改善した例はない

前回の特集でも触れたが、鉄鋼各社の収益性を見る指標の一つに「メタルスプレッド」というものがある。これは、いわゆるマージンのことで、鋼材の出荷単価から主原料(高炉メーカーで言えば鉄鉱石と原料炭)の購入単価を差し引いて計算する。

今回、わずか半年間で高炉各社の利益が大幅に上積みされた理由の一つは、このメタルスプレッドの拡大である。

特に、日本製鉄とJFEホールディングスの上位2社のメタルスプレッドは、前年と比較して、鋼材販売1トン当たり何と約6,000円も改善した。通常は1,000円/トン以内の変動が一般的であり、ここまで改善した例は過去にない。

まさに、「失われた付加価値の奪還」を、改めて確認した決算だったと言えよう。

今期の鋼材販売量にかかわる2つのリスク

今期の鋼材販売量にかかわる2つのリスク

それでは、今期(23年3月期)の高炉各社の収益をどうみたら良いのか?

5月に発表された今回の決算では、日本製鉄とJFEホールディングスの高炉大手2社は、今期の会社計画の公表を見送った。理由は、ウクライナ情勢をはじめとした外部環境が不透明なため、としている。

これに対して、以下、筆者の考えるポイントを整理していきたい。

まず、鋼材の販売数量面に関しては、今期は、ウクライナ情勢、中国のゼロコロナ政策、の2つのリスクを考える必要がある。

リスク①~ウクライナ情勢

1つ目のリスクは、ロシアによるウクライナ侵攻に伴うリスク。

停戦協議も進んでいないことから、日本でも様々な産業で影響が出始めている。

ただし鉄鋼産業に関して言えば、両国と直接関係する鋼材取引は少ない。

諸物価の上昇や世界経済の停滞など間接的な影響には注意する必要があるものの、日本の高炉各社への影響は限定的だろう。

リスク②~中国のゼロコロナ政策

2つ目のリスクは、中国によるゼロコロナ政策。

中国の上海市が、3月末から2カ月以上にわたってロックダウンが継続されたことで、日系企業の多くが影響を受けている。

例えばトヨタ自動車では、元々、半導体不足で稼働率が落ちていたところに、5月以降は上海のロックダウンの影響も加わり、6月も前月に引き続き国内工場の一部で稼働を停止すると発表した(5月27日)。

これを受けて、トヨタ自動車の6月の国内の生産台数の計画は、25万台→20万台へ下方修正、同様に、グローバルの生産計画も、85万台→80万台へと引き下げられた。

高炉各社にとっては、高級鋼板の国内販売量の減少につながる。

ただし、中国国内でのコロナ感染者数は足元で大きく抑制されており、上海市では6月から全面的に企業活動を再開させている。

マイナス影響が現状以上に拡大するリスクは、とりあえず、回避できそうだ。

今期はさらに4万円/トン以上の追加値上げが必要

今期はさらに4万円/トン以上の追加値上げが必要

高炉各社の業績をみるうえでの最大のポイントは、メタルスプレッドである。

これに関して、最初に、今期のコストについて考えたい。

原燃料費の上昇と円安ドル高進行で、今期もコスト増が続く

主原料を中心としたコスト増は、今期も続きそうだ。

高炉各社にとって主原料の一つである原料炭の購入価格は、2021年10~12月の価格から過去最高値の更新を続け、22年4~6月には初めて1トン当たり500ドルの大台を突破し、$526まで上昇する見通しである。

また、副原料である合金鉄の価格、エネルギーコスト、輸送費などいずれも上昇している。

加えて、3月以降の円安ドル高の進行も、コスト上昇に追い打ちをかけることになる(『ウクライナ侵攻でインフレ誘発リスク 日本を襲う資源高騰』参照)。

高炉各社は4万円/トン以上の追加値上げが必要

市場で取引されている熱延鋼板市況は、21年4月時点で8万円/トン台半ばだったが、22年4月には12万円弱と値上がりしている。

これに加えて、上記のコスト増要因をまとめると、今期はここからさらに、鋼材1トン当たり4万円以上の追加値上げが必要となる計算だ。

では実際に、追加値上げは実現できるのか?

以下、ユーザーごとに、価格転嫁に向けての考え方をまとめたい。

長期契約ユーザー向け鋼材~付加価値は維持できると予想

まず、高炉各社にとって大手顧客である長期契約ユーザー(主に、自動車、造船、機械などの加工・組立産業)向けの販売について考える。

結論から言うと、筆者は、相応の価格転嫁が可能と考えている。

ここ数年、環境問題が世界レベルで大きく取り上げられるようになり、各産業とも対応を迫られている。

加工・組立産業にとっては、自社製品の製造にあたり、低カーボン素材(あるいはゼロカーボン素材)を使用しているかどうかが、重要な差別化ポイントとなってくる。必然的に、これまで以上に、鉄鋼など素材各社と技術開発面などでの協力関係を深めていかなければならない。

低カーボン素材の提供が求められる

このような流れの中で、加工・組立産業が素材各社へ求める内容は、「いかに安価な素材を提供してくれるか」から、「価格は多少上がってもきちんと低カーボン素材を提供してくれるか」へ、徐々に視点がシフトしていく。

今後は、加工・組立産業は「最終製品を値上げすることによりサプライチェーン全体の付加価値を確保する」という方向性が明確になってくるだろう。

高炉各社が前期に奪還した「付加価値」は、今期も守られる可能性が高いと考えている。

公共工事用鋼材~値上げを受け入れやすい環境にある

『ウクライナ侵攻でインフレ誘発リスク 日本を襲う資源高騰』

次に建設向け鋼材について考えるが、その前に、前提となる建設工事の仕組みを理解しておく必要がある。

一般的に、施主とゼネコンが受注契約を締結した時点で、工事費が確定する。

そしてゼネコンは、決められた予算内で建設資材を調達して工事を進めていく。

ただし、工期が数年に及ぶケースも珍しくないことから、途中で物価変動や賃金の上昇などが生じると、工事を請け負う側にとっては、契約時点で試算した工事費と実際に発生するコストとの差額が生じてしまう。

建設工事は、発注先の違いにより公共工事と民間工事に大別されるが、このうち公共工事に関しては、上記のようなコスト変動に対し、コスト差額分を後から請負金額に反映させる「スライド条項」が、契約締結段階で盛り込まれている。

このため、公共工事では工事業者は、鋼材価格の値上げを比較的受け入れやすい環境にある。高炉各社や電炉各社による価格転嫁は可能だろう。

民間建築用鋼材~構造問題の解消が必要

ところが、同じ建設工事でも、民間工事では契約時にスライド条項は盛り込まれていないため、一度決められた工事費は変えられない。

すると、今回のように工期中に鋼材や資材価格が急騰してしまうと、どこかのプロセス(ゼネコン、工事業者、建材メーカー、鋼材加工業者、鉄鋼メーカーなど)が犠牲を払わなければならない。

こうなると、業界内の力関係などから、鉄鋼とゼネコンに挟まれた建材加工業者や工事業者の採算が悪化してしまうケースが多い。特に中・小規模の建築物件を扱う工事業者などにとっては、今回のような急激なコスト増は死活問題となる。

実際に、ここ数ヵ月間で、鋼材をはじめとした資材価格や運送費などの急騰を受けて、中・小規模の建設工事の採算が悪化し、工事が中断・延期されている例が散見される。

この構造問題を解決しなければ、コスト増に耐え切れなくなった工事業者などが撤退し、鋼材需要そのものが「消滅」してしまうリスクが高まってくることになる。

鉄鋼メーカーにとっても、鋼材需要が消滅してしまっては意味がない。

高炉各社にとって、今期の最大のリスクはここにある。

これに対し、大手ゼネコンでは、民間建築の案件においても「スライド条項」を盛り込もうとする動きが出始めている。

民間の建築需要に水を差すことにならないよう、早期の改善に期待したい。

高炉各社の収益力は着実に高まっている

以上みてきたように、解決すべき課題は残されているとは言え、全体的には、今期も高炉各社のメタルスプレッドは高水準を維持できる可能性が高いと筆者はみている。

日本製鉄の橋本英二代表取締役社長は、決算発表後に開催されたオンライン説明会で、「(在庫評価差など特殊要因を除いた)実力ベースの事業利益は6,000億円がボトムラインと考えている」とコメントされた。

各社の収益力は着実に高まっており、今後の進捗に期待したい。

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