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村上春樹さんから学ぶ経営㉙「小さな闇と沈黙の響き」~AI・Chat GPTは代替か、増幅か
Chat GPTに象徴される技術革新は驚きで、穏やかな「ネオ・ラッダイト運動」と呼べる動きもみられます。AIは我々にどんな影響を及ぼすのでしょうか。AIを人間の「代替」ではなく、「増幅」にできるかどうか。本来は10回、100回必要な議題のため、1回では収まりきらず今回と次回の2回に分けて。まずは今月の文章です。
映画をめぐる冒険より
『映画をめぐる冒険』(川本三郎氏との共著、講談社)からの引用です(タイトルは初期の作品『羊をめぐる冒険』から来ています)。
村上春樹さんは映画、音楽への造詣が深いことでも知られ、小澤征爾さんとの共著『小澤征爾さんと、音楽について話をする』(新潮社)、クラシック・ジャズ・ロックなど多様な音楽に関する著書『意味がなければスイングはない』(文藝春秋)があります。
「放逐された小さな闇、吹き飛ばされた沈黙の響き」。ふと思うことがあります。世界の音ってどんなだろうと。
人の話し声も鳥の囀りも車のエンジン音も店の喧騒も冷蔵庫のモーター音も時計の針の音もなにもないとしたら、世界はどんな音をしているのだろうかと。現代ではもはや叶わぬことです。
予想をはるかに超える技術進歩
電子機器が音声で操作できるようになりました。それぐらいなら驚くほどではないかもしれませんが、文法に則ったわけでもなく話し方も千差万別なのに、機械は人の話ことばを(理解はしていませんが)認識し、議事録が記録されるようになり、さらには即時翻訳までも実用レベルになりました。
猫を認識できるようになりました。昔の白黒映像をカラーにできるようになりました。車の縦列駐車、高速道路など管理された状況下での自動運転も可能になりました。
チェス(1997年)、囲碁(2016年)、将棋(2017年)においても、機械が人間界のトップを破るまでになりました(何をもって人間が負けたかは難しいですが、ここでは、“チェス王”ガルリ・カスパロフ氏対IBMのスーパーコンピューター「ディープ・ブルー」、2000年以降最強棋士の1人とも評されるイ・セドル棋士対DeepMind社の「AlphaGo」、将棋界8大タイトルのなかでも格式ある「名人」保持者・佐藤天彦氏対AIプログラム・ポナンザ)。
そして、Chat GPTの登場。技術の進歩は人間の予想を超えています。
音声認識技術の発展にふれ思い返すのは、電話番号の自動案内です。
インターネットがない時代、電話番号を電話局に電話して聞くことも珍しいことではありませんでした。今でもそのようなサービスがあります(NTTでは104番、1案内につき66円)。
20,30年前のことですが、米国では電話番号案内の無料サービスをグーグルが提供していると聞きました。なぜ同社が高付加価値とは言えないサービスをするのかなと思ったのですが、そうか、(コストをかけずに)音声認識の知見をためるためかと気づき、さすがグーグルと納得した覚えがあります。そして、わずか20、30年で驚きの音声認識技術につながったことになります。
人工知能の始まり
我々人間が世界を記述するときに使うのは言葉ですが、その言葉は厳密なものではありません。同じ言葉でも状況や話しぶりによって違う意味になりえることなどから明らかです。もちろん、日常の意思疎通にはそれで十分ですし、むしろその曖昧さが、人生の機微、そして時には芸術作品を産み出すことになります。
一方、論理学者は恣意性、曖昧性、直観の一切を排除し、完膚なきまでに論理整合的な世界を作り出そうとしました。
そのような計画に大胆にも取り組んだのがゴットロープ・フレーゲで、(我々が使う言語「自然言語」に対して)独特の記号を用いた人工言語をつくり、世界のすべてを一切の妥協なく合理的に記述しようと企みました。
「不完全性定理」で著名な天才クルト・ゲーデルは、ナチス影響力つよまる欧州を離れ米国の市民権を得る際の当局の聞き取りに対して「米国憲法は不完全である」といった発言をし、支援者アルベルト・アインシュタインを慌てさせたといわれています。フレーゲ、ゲーデルなどからみると、米国憲法や世界はあまりにも不完全に見えるのでしょう。
例えば、下記の二つの文章の違いがわかるでしょうか? 若き知性・森田真生氏『計算する生命』(新潮社)からの引用です。
1.いかなる有限の量に対しても、それより小さな量が存在する
2.いかなる有限の量よりも小さな量が存在する
自然言語では違いがはっきりしませんが、記号で書くと下記のようになり、違いが明確になります。
1.∀a∋b b<a
2.∋b∀a b<a
フレーゲに続き、バートランド・ラッセル(「ラッセルのパラドックス」で知られます)、ダフィット・ヒルベルト(「ヒルベルトの23の問題」で知られます)などが、厳密厳格な世界記述への努力を続けました。
コンピュータ、人工知能は、これら優れた論理学の土台があり、そして、2人の天才――悲劇の天才と悪魔的天才――がコンピュータを開発したのです。
アラン・チューリングはドイツ軍の暗号の解読に成功し祖国防衛に多大なる貢献をしながら、国家による迫害をうけ41歳の若さで死去(青酸カリ自殺と言われています)。
一方、フォン・ノイマンは、天才の集団であるプリンストン高等研究所のなかでも天才といわれ、原爆開発マンハッタン計画の開発を主導し、京都への投下と冷戦期におけるソ連への先制攻撃を進言した人物です(高橋昌一郎氏による著書の題名は『フォン・ノイマンの哲学 人間のフリをした悪魔』、講談社)。
ラッダイト運動とネオ・ラッダイト運動
1800年ころのイギリスでのラッダイト運動。自動織機など自動機が次々と発明され、仕事がなくなるのではないかと恐れた人たちが機械を破壊するなど暴動に発展しました。生産従事者の仕事がなくなることへの恐怖です。
200年経過し、Chat GPTはいわゆるホワイトカラーの仕事を奪うとの予想がされています。たとえば、野村総研(2015年)は、600ほどの業種について調査し、今後10~20年で、日本の労働人口の約49%が就いている職業をAIが代替可能とし、AI代替可能性が高い職種100(と低い職種100)を発表しています。
日本音楽著作権協会は2023年3月にAI生成楽曲と著作権に関するシンポジウムを開催。日本芸能従事者協会は23年5月にAIに関する会見を開き、AIは著作権者や俳優の仕事を侵食する可能性があることを訴えました。米ハリウッドでも、23年5月にAIによる仕事喪失懸念を一因としたストがおきました。このような動きは、(冷静な)ネオ・ラッダイト運動といえるかもしれません。
今月はここまで。次号ではこころと「代替」と「増幅」について。
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「村上春樹さんから学ぶ経営」シリーズ
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