意味の無い移動時間

ラッシュアワーイメージ

一日のうちのその二時間か三時間を、人生における最も有益な時間、良質な時間と呼ぶことはたぶんむずかしいだろう。人の生涯のどれくらいの時間が、この(おそらくは)意味のない移動のために奪われ、消えていくのだろう?それはどの程度人々を疲弊させ、すり減らしていくのだろう?

「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」(文藝春秋)は、主人公「つくる」が、大の仲良しだった友人達に突然拒絶された理由を探しに「巡礼」に出る物語。村上春樹さんの小説としては、珍しく現実社会での素直な小説です。

文章の「意味のない移動」とは、つまり通勤時間のことです。

ニュートンの発見を生んだ、創造的休暇

さて、1600年代の欧州。ペストが再び流行しました。欧州の1/3の人が犠牲になったといわれる1300年代の凄惨な記録も残っていたでしょう。ウイルスの知識もない時代、現代とは比べ物にならない恐怖であったことは容易に想像がつきます。

ケンブリッジ大学も閉鎖され、アイザック・ニュートン(1642年生まれ)は実家に戻っていました。身動きがとれなかったであろう二年間。物事を深く考える時間ができました。

そして、1665年~1666年の二年間に、ニュートンは人類史に残る偉大な業績を残すことになります。
万有引力、流率法(ライプニッツとの争いののち、微積分と呼ばれるようになりました)、光の理論です。

どの一つをとってもノーベル賞に値する業績であり(当時ノーベル賞はありませんし、ノーベル賞に数学はありませんが)、このことをもって、ニュートンが実家で暮らした二年間は創造的休暇と呼ばれています。

ニュートンの偉業を生んだペスト

アップルイメージ

万有引力の発見は、木から落ちてきた林檎によるものではなく(これは史実ではないと言われています)、ペストによるものだったのです。

ペストの流行なかりせば、ニュートンも日々のことに忙しく、世紀の発見、ひいては人類の発展は遅れていた可能性が高いでしょう。

ビル・ゲイツの「考える週」

マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏が、年に二回、それぞれ1週間の「考える週」を定期的にとっていることはよく知られています。

その2週間は、腰を据えて本を読み深く考える時間にしているそうです。マイクロソフトが過去20年間の劇的な技術変化・産業変化に適応し、競争力を維持しているのは、もしかしたら創業者の深い洞察力によるものではないかとも思うほどです(20年前のハイテク産業の覇者のもう一社であるIntel社がもがいていることと対照的です)。

コロナで使える時間は増えた

村上春樹イメージ

翻って私たちはどうでしょうか?

新型コロナウイルス感染症は医療関係者、学校および社会人一年生、交通・飲食・娯楽産業など多くの人々にかつてない負担をかけています。

一方、移動、はんこ、会議など多くのことの意義が問われることになり、その結果、各人が使える時間は増えたように思います。

なかでも大きな変化は通勤時間でしょう。往復2時間の通勤を年間250日、40年間続けると2万時間。感染症の結果、通期時間が大きく減った人は多いのではないでしょうか。

仮に20%が浮いたとして4000時間。何かを考えるには十分な時間といえそうです。新しく生まれた時間を活用できるかどうか、私たちの人生も左右するように感じています。もしかしたら、2020年-2021年を創造的休暇に変えた人が現れるかもしれません。

企業においても、例えば10年に一度1か月の「創造的休暇」の機会を与えることは有意義ではないかと思います(弊社「フロンティア・マネジメント」にはそのような制度がありますが、私は放棄してしまい、今振り返ると大きな間違いでした)。

とはいえ、そのような制度が一般的ではない現在、現実的な目標は「稼働率80%」の考え方ではないかと考えています。

「稼働率80%」の意義

tsukururamoイメージ

以前、極めて高い利益率で知られるあるハイテク企業では標準稼働率が70~80%でした(が、それでも営業利益率20%を軽く超えていました)。その企業の事業は固定費比率の高い事業でしたから、常識的には稼働率をなるべく100%に近づけるはずです。

私がそのような質問をしたところ、ある取締役(天邪鬼発想の極めて優秀な方でした)は、「わかっていないなあ。一番利益率が高いのは緊急の依頼だ。緊急の依頼は価格など二の次だから最も利益率が高い。稼働率100%ではそういったものが受けられない。

そしてそもそも、稼働率100%では遊びがない。現状維持に一生懸命で将来がない」といった趣旨の回答で、私は驚きました。

もちろんこの発想が全てではないことは注記しておきたいと思います。例えば、信越化学工業の塩ビ事業。完全な汎用品事業である同事業においては、圧倒的に小さい固定費+規模の経済+常に100%稼働を志向していることが競争力の源泉になっています。※「社長が戦わなければ、会社は変わらない」(金川千尋・信越化学工業会長〈執筆当時社長〉、東洋経済新報社等より)。

20%の時間を未来に投資する

Googleの「20%ルール」や3Mの「15%ルール」など、日常の仕事以外に勤務時間を使ってよい制度がありますが、そのような時間こそ付加価値の高い時間かもしれません。稼働率100%は働いているという充実感はあるのですが、実はある意味においては「楽」なことかもしれません。

逆に稼働率80%は、現在(20%の時間)を犠牲にして将来への投資をしているということになります。「今日ではなく明日を考える」稼働率80%です。

最後に極端な事例を・・・大阪が生んだ異才・中島らもさんは、朝まで飲み明かした後、カーテンの隙間からサラリーマンが急ぎ足で駅に向かうのを見て、「うふふ。オレはこれから寝るんだぞ」とほくそ笑み、しかしながら時に深い思考をして、数々の創造的な作品を残しました。

村上春樹さんは、らもさんが当時連載をしていた雑誌「プレイガイドジャーナル」(通称「プガジャ」関西で刊行されていた情報雑誌の走り)について「中島らものコラムが読めるのも嬉しい」と書いています。(「村上朝日堂の逆襲」、新潮文庫)

長期的な事を考える習慣

ニュートンの三つの理論、特に万有引力理論は人類史上初の革命であり、もちろん私達一般人にできることではありません。

しかしながら、日々の業務を離れ、深いこと、大きなこと、長期的なことを考える習慣が必要だと感じた2021年の初めです。本件に関しては次回でも取り上げたいと思っています。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

▼村上春樹さんから学ぶ経営(シリーズ通してお読み下さい)
①作品に潜む成功へのヒント
②作品に潜む成功へのヒント(差異化について)
③「創造する人間はエゴイスティックにならざるを得ない」
④危機と指導者
⑤「君から港が見えるんなら、港から君も見える」
⑥「靴箱の中で生きればいいわ」
⑦「僕より腕のたつやつはけっこういるけれど…」
⑧「退屈でないものにはすぐに飽きる」
⑨「どや、兄ちゃん、よかったやろ?クーっとくるやろ?」
⑩「王が死ねば、王国は崩壊する。」
⑪「最も簡単な言葉で最も難解な道理を表現する」
⑬「あれは努力じゃなくてただの労働だ」
⑭「世界のしくみに対して最終的な痛みを負っていない」
⑮「おいキズキ、ここはひどい世界だよ」
⑯「文章はいい、論旨も明確、だがテーマがない」
⑰「我々はいまのところそれを欠いている。決定的に欠いている。」
⑱「経済にいささか問題があるんじゃないか」
⑲「ヘンケルの製品、一生ものです」
⑳「おじさんは石とだって話ができるじゃないか」
㉑「世界中の虎が融けてバターになる」
㉒「デュラム・セモリナ。イタリアの平野に育った黄金色の麦。」

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