動き出したリスクマネー ~地銀ファンドの課題と可能性

地銀のエクイティビジネスは、足元で各行の動きがにわかに活発化し始めた印象がある。銀行法施行規則の改正で、いわゆる「5%ルール」の例外措置が拡充されたことが起爆剤となった。本稿では、公表情報をベースに、進化する地銀のファンド業務についての現況と可能性、課題について、筆者なりに考えてみた。なお、本稿に記載する内容はあくまでも筆者の私見であり、筆者の所属する組織の公式な見解ではない。

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5%ルール改訂が追い風 「事業承継会社」新設のインパクト

5%ルール改訂が追い風 「事業承継会社」新設のインパクト

事の発端は今からさかのぼること3年前の2019年10月15日。同日付で銀行法施行規則が改正され、長年の懸案であった銀行等の議決権保有制限(いわゆる「5%ルール」)」の例外措置が拡充・新設された。

従来、銀行本体は、他業リスク排除等の観点から厳格な業務範囲規制を課せられており、その趣旨から、国内の会社について、一部の例外を除き5%を超える議決権の保有を制限されてきた。

一方で政府は、これまでも地域企業の生産性向上や地域経済の活性化に努めてきた金融機関の取り組みをサポートする目的で、業務範囲等の規制緩和を段階的に実施してきた。
この改正では、各類型の適用要件緩和に加え、新たな類型として「事業承継会社」が新設された。また、金融庁の監督指針において、「地域商社」が例外措置の対象となる旨が明示された。

特に「事業承継会社」の類型が新設されたことのインパクトは大きい。
後述するが、一定の条件を満たすことで、銀行が投資専門子会社を通じて、最大100%の議決権を保有できることになったのだ。

国によるこれらのお膳立てが徐々に整う中、2019年12月、三重県を地盤とする百五銀行は、地銀として国内初の投資専門子会社「百五みらい投資」を設立した。これを皮切りに、2022年11月現在、約20地銀が投資専門子会社を設立(既存のファンド会社からのくら替えを含む)している。

ただし、国内の地銀の総数からすれば、まだまだ少ない印象だ。銀行法施行規則改正後、ほどなくして到来したコロナ禍で、地銀が地域の取引先の資金繰りを支えるべくコロナ融資などの対応に追われたことも一因であろう。

先行する地銀は、バイアウト投資(投資先の経営権を取得し企業価値向上を目指す投資)を積極化するなど、ファンド業務を進化させつつある。

例えば、ぐんま地域共創パートナーズ(群馬銀行グループ)は2022年10月、群馬県内のWEBマーケティング・販促会社の全株式をプライベートエクイティファンドの出口として譲り受けた。

やまがた協創パートナーズ(山形銀行グループ)は2022年10月、山形県内の酒造メーカーが成長分野として参入をもくろむウイスキー事業に対する第三者割当増資を引き受けた。

前述の百五みらい投資(百五銀行グループ)は、設立3年弱ながら2つのファンドを運営。2022年11月には、岐阜県郡上市の農業機器部品メーカーに対して、通算6件目のバイアウト投資を実行した。

福岡キャピタルパートナーズ(ふくおかフィナンシャルグループ)は2022年11月、プライベートエクイティファンド2社との共同投資により、新潟県内の半導体製造業者を買収した。ほかにも、水面下で投資専門子会社設立を進めている地銀は少なくないと聞く。

2019.10銀行法施行規則改正の概要と主要な論点

2019.10銀行法施行規則改正の概要と主要な論点

まず、この銀行法施行規則改正(銀行等の議決権保有制限の例外措置の拡充および新設)の内容を詳しく見てみよう。

議決権保有制限の例外措置の適用を受けるためには、以下の4つの類型に該当する必要がある。「事業再生会社」「事業承継会社」「地域活性化事業会社」「銀行業高度化等会社」だ。
このうち「事業承継会社」は新設された類型だ。「代表者の死亡、高齢化その他の事由に起因して、その事業の承継のために支援の必要が生じた会社であって、当該事業の承継にかかる計画に基づき支援を受けている会社」と定義され、議決権保有期間は最大5年とされる。

「事業再生会社」は以前からあった類型だが、再生手続きにおいて、従来は必須とされた裁判所や特定認証紛争解決業者の関与が要件ではなくなり、銀行による一定の関与(経理部門への行員派遣、販路拡大支援、財務管理支援など)と銀行以外の第三者(官公庁や弁護士、会計士、税理士、コンサルティング会社など)による計画策定等が新たな要件として加わった。また、これまで最大5年だった議決権保有期間は最大10年に延長された。

「地域活性化事業会社」は、対象会社の範囲に、地域経済活性化支援機構(REVIC)が関与する会社に加え、事業計画の策定に銀行以外の第三者(官公庁や弁護士、会計士、税理士、コンサルティング会社など)が関与している会社が追加された。

「銀行業高度化等会社」については、地銀による設立が相次ぐ「地域商社」が含まれることが明記されるなど、それぞれ例外措置の拡大と明確化が行われた。

銀行法施行規則改正の主な論点は3つだ。
1つは、「事業承継会社」が新設されたことである。日本の中小企業のほとんどはオーナー企業だ。実務においては、地銀の取引先の多くがこの類型に該当すると言われる。東京商工リサーチ「2020年『休廃業・解散企業』動向調査」によれば、後継者不在等を理由に同年だけで過去最多の4万9,998社が休廃業・解散に追い込まれている。

地域と一蓮托生(いちれんたくしょう)の地銀にとって、取引先の事業承継に関する課題解決支援が最重要課題と言っても過言ではない。従来の5%ルールの制約下では、地銀ファンドが後継者不在の企業の受け皿となることは事実上困難だったが、この要件が追加されたことで、地銀ファンドの投資対象の範囲は飛躍的に拡大した。

2つ目は、銀行による取引先への深度ある関与だ。「事業再生会社」「地域活性化事業会社」でも、銀行による関与を重視する形に要件の変更が行われた。議決権を最大100%保有するということは、極論すると、銀行が運営するファンドを通じて企業オーナーとなり、銀行員が投資先を経営するということだ。5%ルールの制約下で行ってきたエクイティ投資とは似て非なるもので、全く異なる次元のハンズオンが求められる。

3つ目は、投資期間の概念だ。新設された「事業承継会社」は最大5年。「事業再生会社」は5年から10年に延長されたが、いずれも有期だ。事業再生案件では、キャッシュフローを改善させリファイナンス(リキャップ)するケースも多いが、事業承継案件のバイアウト投資の場合、M&AでのEXIT(株式を売却して投資の出口を迎えること。)が一般的だ。

入り口の投資判断の時点で明確なEXITストーリーを描くこと、投資期間中にEXITストーリーに基づきバリューアップ(企業価値向上)を実現し、期限内に確実にEXITすることが求められる。銀行融資にも期限はあるが、融資先の信用力が悪化せず、信頼関係が崩れない限りは、新たな融資で借り換えもしくは折り返しされていく。エクイティ投資はあくまでも有期だ。

地銀ファンドの現況と課題

地銀ファンドの現況と課題

次に、実際の地域金融機関の取り組み状況を見てみよう。

なお、地域金融機関が関与するファンドには、事業再生ファンド、ベンチャーキャピタル(VC)ファンド、農業ファンドなど特定の投資対象に特化したファンドのほか、メザニンファンド、デットファンドなど特定の投資形態に特化したファンドなどもあるが、本稿では、投資ニーズや市場規模の大きい事業承継ファンドにフォーカスする。

筆者の知る限り、地銀ファンドの状況を網羅的にカバーした公表データはないが、各行のホームページやディスクロージャー資料を見る限り、地銀・第二地銀99行のうち65行程度が、何らかの形態で自行の顧客などを投資対象とする事業承継ファンドを運営しているようだ。

これら地銀ファンドは、おおむね日本企業を投資対象とし、出資者も自行を含む日本の機関投資家であるケースが多く、そのほとんどが「投資事業有限責任組合」のスキームで組成される。このスキームは、ファンド運営会社が無限責任組合員(以下GP)となって、有限責任組合員(以下LP)から出資を募り、ファンドの運営を担うのが特徴だ。

地銀によっては、GPを外部のファンド運営会社に委託し、自行はLPとして出資のみを行い、自行案件専用のファンドを組成するケースもある。だが近年は、自行収益の最大化やノウハウ蓄積の観点から、自前で銀行傘下にファンド運営会社を設立するケースが多い。また、一部の金融機関では、ノウハウやリソースの不足を補完するために、外部のファンド運営会社と共同GPでファンドを組むケースもみられる。

銀行のエクイティビジネスの歴史自体は古い。当初は自己資金でのVC(ベンチャーキャピタル)投資等からスタートし、徐々に銀行のグループ会社でGPとしてファンド運営業務を手掛けるようになっていった。

当初は、このGP機能を銀行グループのリース会社、シンクタンク等に持たせ、他業務と兼営させるケースも多くみられたが、2019年10月の銀行法施行規則改正以降は、拡大・新設された議決権保有制限の例外措置の適用を受ける目的で、投資専門子会社を新設、もしくは銀行グループ会社で他業務と兼営していたGP業務を組織再編で別会社に切り出すことで、投資専門子会社にくら替えするケースが一般的だ。

銀行法施行規則改正により、地銀のファンド業務強化のお膳立ては整いつつあるが、一方で、地銀ファンドの中には、以下のように多様な課題を抱えるところもあるようだ。

<地銀ファンドが抱える課題の一例>

1 案件発掘が資金需要ありき

キャッチした取引先のニーズが、資金調達や資本増強に関するニーズ、もしくは株式の一時的な受け皿など単なるファイナンスニーズにとどまり、銀行が一時的な企業オーナーとなり、人材を送り込んで顧客の経営面の課題解決を支援するという視点が欠けている

2 投資判断が融資判断となっている

投資判断が、貸した資金が返済されるかどうかの融資判断とほぼ同義となり、バリューアップの余地を探る視点が欠けている

3 ハンズオンの深さが足りない

投資先に社外取締役を送り込むものの、実態は月1回の取締役会に出席し企業活動をモニタリングしている程度にとどまる

4 明確なEXITストーリーがない

投資時点で明確なEXITストーリーを描けておらず、出口は投資先による株式の買入消却やMBO(経営陣による買戻し)となるケースも散見される。最終的に自行融資に置き換わるため、クレジットの観点から高値でEXITができない

5 ファンドのパフォーマンスが振るわず、次の展開が描けない

地銀にとって地元企業の支援は最重要課題であるが、地方に行けば行くほど企業規模は小さくなり成長余地も乏しくなるのが実態。地元に固執するあまり、ファンドのパフォーマンスが振るわずファンド業務のサステイナブルな成長シナリオが描けない

地銀ファンドの可能性 巨額の潜在力に注目を

地銀ファンドの可能性 巨額の潜在力に注目を

コロナ禍の2年間で銀行の貸出金は過去最大に膨れ上がった。2022年3月末の地方銀行協会加盟行(62行)の貸出金合計は233兆5,855億円(前期比+9兆910億円)。企業の前向きな資金需要が伸びない中、今後、これら貸出金は猛烈な返済圧力にさらされていく。

一方で、政策投資株式の縮減等で減少圧力にさらされる株式は、同加盟行合計で2兆9,809億円(前期比+858億円)に上る。仮にこれら貸出金の2%、株式の20%が地銀ファンドを通じてエクイティ投資に回ったらどうなるだろうか。

地方銀行協会加盟行のみで総額5兆2,679億円の巨大プライベートエクイティファンドが生まれる。この巨額プライベートエクイティファンドのGP管理報酬の料率を仮に年率2%としよう。全体では管理報酬のみで年間1,053億円の手数料収入となる。

2022年3月期の地方銀行協会加盟行の役務取引等利益は合計6,023億円だが、これと比較しても相当なインパクトのある金額だ。もちろん、GPを運営する地銀が全てLP出資を行っている場合は、LP出資者が負担する費用として相殺されるが、投資先EXIT時の売却益等によるLP投資家としてのリターンを勘案すると、地銀の収益に与えるインパクトは計り知れない。加えて、投資の際にLBOローンを組み合わせる場合、収益性にさらなるレバレッジがかかる。

他方で、ファンド業務を担う人材はどうか。厳しい金融環境下ではあるが、まだまだ地銀は地方の新卒採用市場において優位なポジショニングにあり、総じて優秀な新卒社員を採用しやすい環境にある。

長年、銀行という特殊な業態でしか勤務したことがない人材の場合、50代後半でいきなり事業会社に転じると、カルチャーの違いから転出先に溶け込めないケースもある。したがって、行員が若手・中堅のうちからファンド業務を通じて、外部の事業会社で経営視点をもって仕事をする経験をさせてはどうだろうか。

若いうちに外から銀行と向き合った経験は、帰任後の仕事の幅を持たせ、相当程度ポジティブな効果を及ぼすだろう。行員の思考回路を従来のデット思考からエクイティ思考に切り替えることも重要だ。

長年、取引先を融資対象として見つめてきた銀行員の思考を切り替えるのは簡単ではない。変化を加速するための触媒として外部人材の中途採用も考えられる。優秀な中途人材を採用するためには報酬設計も重要だ。プロパー行員とのバランスもあり過度に高額の報酬は難しいかもしれない。固定報酬は程々の水準に抑えつつ、キャリードインタレスト(担当した投資案件から得られた利益を還元する仕組み)で各担当者の貢献に応える仕組みも考えられる。

地銀ファンドの成功を握る2つの要素

地銀ファンドを成功に導く鍵は何か。

筆者は、銀行が企業オーナーとなり企業を経営するという意識を持つこと、サステイナブルな収益ビジネスとして定着させることへの執念、この2つが最も大事な要素と考える。
銀行法施行規則改正から3年。コロナ禍を経て、巨額のリスクマネーが動き出した。
この巨大プライベートエクイティファンドは、地銀の収益構造を抜本的に変える起爆剤となるかもしれない。

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