ペッキングオーダー理論とは?企業の資金調達の優先順位を解説

企業が成長投資に資金を要する場合や、運転資金と呼ばれる、日々の企業活動を行うための資金などは外部から調達するのが一般的です。 無借金経営を実践している企業もありますが、一概に無借金であることが効率的とはいえず、必要な範囲内における資金調達は、企業が事業を成功させるために重要です。 本記事において紹介する「ペッキングオーダー理論」(Pecking Order Theory)は、企業の資金調達方法には優先順位があるという理論です。 鶏がつつく(pecking)順位・序列にちなんで名づけられたこの理論について、「トレードオフ理論」との違いや、日本企業の実情を交えて解説します。

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ペッキングオーダー理論とは

ペッキングオーダー理論は実証研究を踏まえ、米国企業の多くが資金調達においては、まず内部留保を活用し、不足部分をまず負債(借入や社債)。
そして最終手段として株式発行を行っているという理論です。

1961年にDonaldsonによって、この仮説が提唱されました。
Donaldsonが提唱した仮説を受け、日本でも有名なコーポレートファイナンスの著作を持つStewart MyersとNicholas Majlufが1984年に、情報の非対称性の問題が企業の資金調達活動に与える影響を理論的に分析し、ペッキングオーダー理論が成立しました。

トレードオフ理論との違い

企業価値を最大化する負債(Debt)と株主資本(Equity)の構成比について、負債の比率が高くなれば財務レバレッジが改善するとともに節税効果もあるため、資金効率の改善には寄与しますが、倒産のリスクが高まります。

一方で株主資本の比率が高くなれば、企業の健全性は改善しますが資金効率が悪くなります。

企業価値を最大化させるため、負債と株主資本の構成比の最も適したバランスを実現することを「最適資本構成」と呼びます。

最適資本構成に関し、負債の節税効果と財務的な困難に伴うコストのトレードオフ関係(どちらかを取れば、どちらかを犠牲にしなくてはならない)によって最適資本構成が導かれると考える理論を「トレードオフ理論」といいます。

トレードオフ理論は、企業は最適な負債比率を選択するという考え方で、ペッキングオーダー理論と比較されることが多い理論です。

ペッキングオーダー理論が内部留保を活用し、負債、株主資本という資金調達の順序を説明しているのに対し、トレードオフ理論が負債比率という観点にフォーカスして説明されているもので、どちらが良いとか正しいということはありません。

最適資本構成については非常に奥の深い論点であり、有名なMM理論も含め、現状において普遍的な正解が確認されておらず、各企業が手探り状態で資本構成の最適化を模索している状況といえます。

最適な資金調達の順番とは

冒頭ご説明のとおり、ペッキングオーダー理論では、企業の資金調達は以下の順で行われると説明されています。

  1. 内部留保
  2. 負債
  3. 株式発行

その理由として経営者と投資家の「情報の非対称性」があげられています。

情報の非対称性とは、情報が完全に共有されておらず、一方が有している情報を他方は有していないことから生じる、不均等な情報構造のことです。

資金調達の局面における情報の非対称性は、経営者は企業の内部で自ら経営の陣頭指揮をとっているため、現時点での企業価値(=株価)が適正か否かについて正しい情報をもっています。

その一方で投資家は定期的なIRなどで企業の情報を獲得することはできますが、経営者ほど正確かつタイムリーな情報を持っているとはいえません。

この点、企業経営に関し、経営者は情報の優位者であり、投資家は情報の劣位者であるといえます。

情報の非対称性が生じているとき、投資家にとっては現在企業で計画されている施策の良し悪しを正確に判断することはできません。

そのため、平均的な方法で判断せざるを得ず、結果的に将来的な収益性の高い企業の株価が割安に評価され、反対に将来的な収益性の低い企業の株価が割高に評価されることになります。

そのような状況においては、経営者は現在の株価が市場で本来の価値よりも高く評価されていれば株式発行を優先的に行いたくなり、反対に本来の価値よりも低く評価されていれば株式発行を敬遠したくなります。

ここで、収益性が高いにも関わらず過小に株価が評価されている企業は、新たな資金需要に際して株式発行は行わず、内部留保の活用や負債の活用を優先することになります。

このことから、ペッキングオーダー理論は、特に収益性の高い企業にとっては合理的な資金調達の順序を説明する理論ということができると考えられます。

この情報の非対称性による資金調達の順序については、資金調達における株式市場へのシグナルとして考えることもできるといわれています。

すなわち、株式発行を行うということは、経営者が現状の株価水準が本来的な価値よりも割高で、株式発行による資金調達が得であり、それが最も効率的と考えているということになります。

それは投資家にとっては逆に、本来の価値は現状の株価よりも低いということで、投資するには値しないというシグナルになってしまいます。

事実、公募増資のアナウンスに対して理論上は発行割合に応じた希薄化分の株価下落が起こるはずですが、実際は理論値よりも大きく株価が下落することが確認されています。

こういった事実は、公募増資を行う企業の経営者は、自社の株価が割高に評価されていると考えているという、投資家の判断によるものなのかもしれません。

日本企業の資金調達の実情は

株式での資金調達も可能な日本企業の資金調達についてみてみましょう。

ソフトバンクグループのように、株式市場での資金調達も十分に活用して成長資金を獲得している企業も少なからず存在します。

一方で、日本におけるPO(公募増資)は世界的な水準と比較すると少ないといわれています。

なぜなら、ペッキングオーダー理論に従っているというよりも、むしろ、日本の株式市場が中小規模の上場企業を中心に公募増資を行う環境がさほど整っておらず、公募増資のハードルが高いと考えられます。

また、国内における金融市場は銀行借り入れ(負債)が中心である歴史的背景があり、通常時においては銀行から機動的に必要な金額を低コストで調達できるという状況が影響していると考えられます。

ただ、この負債中心の資金調達は、最近注目されている「資本コスト経営」の文脈においては合理的な判断なのかもしれません。

というのも、資本コストとは負債コストと株主資本コストの加重平均であり、企業が最低限稼がなくてはならない期待収益率のことです。
銀行借り入れを中心とする負債金融環境が低コストで機動的であれば、資本コスト意識の観点からも優先的に負債による資金調達を選択することが合理的です。

そして、借入が大きくなり、自己資本比率が低くなるような健全性に疑問を持たれるような状況においてはじめて、株式調達を検討するといった流れとなるかと思われます。

まとめ

企業による資金調達の「順序」についてみてきました。

ペッキングオーダー理論は、経験的に観察される企業の資金調達手法について、情報の非対称性といった観点や最適資本構成の形成という観点から考察することができ、大変示唆に富む理論だと考えられます。

ここでもご紹介させていただいた、最適資本構成や資本コスト経営については、現在においても未だ定まった理論体系が形成されておらず、実務面においては各企業の財務担当中心に試行錯誤の中で検討され、学術界が実務面の実績をエビデンスとして実証研究を行っているという印象です。

各社各様の背景が存在しますが、自社にとっての最適資本構成を今一度検討し、効率的な財務運営を考え直してみてはいかがでしょうか。

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