「根幹揺るがす、人手不足より深刻に」

人材難

「ライバル店の時給が10円上がった。対抗したくても、今いるパート従業員の時給を据え置きたいので、迂闊に上げられない」、「求人広告の成果が一向にあがらない」--。最近、クライアントから人手不足と採用に関する悩みを、頻繁に聞くようになった。

人材難、採用難が加速している。

直近10年の有効求人倍率と最低賃金の推移を見ると、2018年の全国の有効求人倍率は1.61倍で、バブル期のピークだった1.40倍(1990、1991年)を越える水準となった。

最低賃金も全国平均で時給900円を超える水準まで上昇しており、このトレンドは収まるところを知らない。(1990年は最低日給4117円、1日8時間労働の時給換算で514.6円)

有効求人倍率の推移

最低賃金の推移

出所:労働政策研究・研修機構ホームページのデータよりフロンティア・マネジメント作成
https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/timeseries/html/g0301.html
https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/timeseries/html/g0403.html

このかつてない次元の人材難、採用難は、今後企業経営にどのような影響をもたらし、どこに行きつくのか。

まず目につく取り組みは、外国人、主婦、シニアといった層の活用だ。かつて企業が労働力として期待していなかった層だが、あらゆる店舗でよく見かけるようになった。

また、システムや設備投資で省力化したり、特定のスキルを持つ新卒人材に高額の報酬を提供して人材の囲い込みを図ったりするなど、すでに人手不足の影響は企業経営に様々な変化をもたらしている。

しかし、この変化はまだまだ序章に過ぎない。

労働市場の環境変化は、今後さらに企業に変革を促すだろう。特に小売、介護、流通業界などに代表される労働集約型ビジネスへの影響は甚大だ。従来のビジネスモデルの維持が限界に達しつつあり、パラダイムシフトの転換点を迎えているのではないか。

だからこそ、この人材難、採用難の時代に対応するために、経営として「労働生産性経営」を意識するべきだ。

高まる「労働生産性経営」の重要性

労働生産性

「労働生産性経営」とは、前述のような周辺業務を効率化したコスト削減だけでなく、労働生産性の改善に重きを置くことだ。労働コストに見合った付加価値が出せているかどうかを常に検証し、これまで続けてきた顧客サービスやビジネスモデルそのものの見直しも含めて考える経営のことだ。

「労働生産性の改善」は真新しい言葉ではなく、労働集約型のビジネスにとって重要なKPI(事業の達成評価指標)のひとつとして長く重視されてきた。

ただ、これまで労働生産性の改善をうたった取り組みのほとんどは、「労働生産性=付加価値額(粗利益)/人件費(人時)」と表したときに、いかに無駄の少ない労働力で既存サービスの業務をこなすかというという観点、つまり分母(人件費)の削減が中心だった。

例えば、バックオフィスなどの周辺業務や本業の業務でも、発注や補充といった顧客サービスに直接影響ない部分は、ビジネス・プロセス・アウトソーシング (BPO)などの外部委託化、あるいは物流やシステムを活用したビジネス・プロセス・リエンジニアリング(BPR、業務プロセスの改善)が主流だった。

このような取り組みが今後もAIやIoTなどによる技術革新によってさらに拡大していくことは言うまでもない。しかし、「労働生産性経営」とは周辺業務の効率化だけでなく、当たり前のように続けてきた顧客サービスやビジネスモデルそのものを見直すかどうかの判断も必要になる。

典型的な例が、コンビニエンスストアの24時間営業問題だ。

コンビニは深夜時間における労働力確保を前提として、顧客に「いつでも、どこでも開いている」という利便性を提供し、それが当たり前のように消費者に認知されてきた。

しかし、労働力確保の前提が崩れることで24時間営業というビジネスモデルそのものを見直さざるを得ない状況になっており、“無人コンビニ”のような新たなサービスを試みている。

一時期話題になったヤマト運輸の値上げ問題やスーパーのセルフレジも、サービスを提供する人員が確保困難になってきている点で、本質は同じ問題だ。

このように今まで当たり前だと思っていた顧客サービスが、当たり前を維持できなくなる時代になることを経営は意識するべきだ。さらに、既存のサービスを今一度点検し、そのサービスは人件費に見合う付加価値につながっているのか、見つめ直す時期にある。

付加価値を高めることとは、人件費や労働環境の整備の原資を確保することだ。結果として競争力のある賃金を支払うことで、優良人材の確保が可能となる。さらにその優良な人材が付加価値を高めるサービスを提供する「正の循環」を生み出せているかどうかが、企業経営の最重要課題のひとつと言っても過言ではないだろう。

では労働生産性を高めるためにはどうすればいいのか。具体的な処方箋を提示したい。

すきま時間

働き方の変化

最初に挙げるのは必然な仕事の間に存在する「すきま時間」だ。

例えば掃除、洗濯などのやらなければならない家事が終了し、子供を送り迎えに行くまでのちょっとした時間や、前のアポイント先から次のアポイント先の約束を待つためにコーヒーショップで過ごしている時間だ。

特に子育てをする世代にとって、単位あたりの時間は非常に貴重だ。
これまでは、わずか1~2時間では企業サイドが求める労働力になり得なかったが、採用難、人材難の影響が加速すると、このすきま時間が貴重な労働力に変化するはずだ。

すでにICTの発達で自宅にいながら様々な仕事ができる環境も整いつつあり、すきま時間は顧客接点のない業務で活用され始めている。今後は顧客と物理的に同じ空間にいなければならない仕事においても活用が進むだろう。

例えばワタミの宅食においては、「まごころさん」と呼ばれる、顧客にお弁当を届けるスタッフがいる。

これまでは一定数量届けないと採算が合わない制度になっており、「まごころさん」の確保に苦労していた。

しかし、直近では少ない時間でも働けるパッケージを作ったことで「まごころさん」の増員に成功している。

すでに中国では、他人の用事の依頼を受けて代行する「跑腿」(パオ・トゥイ、『御用聞き』『使い走り』の意味)というサービスが普及している。代表的なアプリの「UU跑腿」では、同じ都市の1時間圏内で、買物代行、送付代行、受取代行など、忙しい人がちょっとした用事を代行してもらうサービスを展開している。

働く側は少しだけ働きたいときに、アプリを見て提供できそうなサービスを選んで働くというマッチングアプリだ。このように技術の進化と価値観の変化が連動すれば、日本国内でもこうした合理的な動きは当然起こりうる。

また別の視点から見ると、そもそもすきま時間を活用するために逆転の発想で取り組む企業も出ている。

その典型が「企業内保育園」の設立だ。企業内に保育園があると従業員は送り迎えを気にせずに時間が確保しやすくなり、仕事に対する自由度も格段に上がる。

従来だと「企業内保育園」の設立は、相応のコストがかかり、労働力を確保するメリットと比べれば合理的ではないという判断がされていた。そうした理由で、一部の大手企業のみの導入に留まっていた。

しかし人材難や採用難が深刻になるほど、労働力や優秀人材確保のメリットの方が高まり、合理的になる時代が来る。

これまでの話は子育て世代の事例が中心だが、シニア人材の活用も同様だ。長時間労働を強いるのが難しいシニア人材に対し、将来に向けてコストをかけて働きやすい環境を作ることが合理的であるかどうか、経営に判断が求められると筆者は考える。

※「すきま時間」についてはフロンティア・マネジメント代表・松岡真宏著「時間資本主義の時代 あなたの時間価値はどこまで高められるか?」(日本経済新聞出版社)に詳しく記載されております。

ありえなかった協業

協業

最後は、競合企業同士の「ありえなかった協業」だ。

今までは明らかに、自社のノウハウや利益構造などの情報流出、あるいは競合先がメリットを得ることで顧客を奪われるリスクを恐れて、協業し得なかった取引先や競合との協業が、背に腹は代えられず今後進むと考えられる。

例えば、郊外のショッピングセンターで、それぞれのテナントが販売員を融通し合ったり、特に人口減少の著しい地域において人材難、採用難の影響に加え、業務効率が減少することを回避するため、1人が複数のサービスを担ったりすることだ。
例えば、ヤマト運輸の配達員がゆうパックの配達を兼務するような取り組みだ。

また、顧客との協業という視点もある。既に進んでいるのは、外食企業のセルフサービスだ。タッチパネルでの「注文」、ドリンクバーでの「調理」、自動券売機での「精算」、フードコートでの「配膳」--。これらは外食企業が過去に自前で対応してきたサービスを顧客といわば「協業」し、自分達はメインの業務に集中して対応するようなものだ。

これらには、導入当初は顧客に戸惑いもあったかもしれないが、今では顧客サイドも当たり前のように受け入れている。

今後人材難、採用難が進むことで、企業の競争力の源泉となり得る業務以外の部分において、過去にはありえなかった顧客や競合先、取引先との協業がさらに進むことを常に意識しておく必要がある。

そして、これらを仲介して協業を推進する第三者が現れることも忘れてはならない。

このように人材難や採用難が進むことで、企業は厳しい環境や様々な変化に向き合わざるを得ない。

忘れてはいけないのは、自社だけでなく、競合も含めて全ての企業が同等に影響を受けることだ。

言い換えると、昨今では人材難、採用難にいち早く向き合うことが、競合に対し優位性を発揮できるチャンスになりうる。ぜひ上記の二つのキーワードを意識しつつ、大胆な「労働生産性経営」に取り組んでいただきたい。

関連記事

コロナ下のM&A推進とは ~Opportunity-Takeと活用アイデア

緊急事態宣言の解除を受け、皆様の中にはwith/Afterコロナ戦略の本格検討に乗り出したリーダーも多いはず。この記事では、M&A推進に係る1つのアイデアとして、切り売り対象の経営資源をターゲットとした、他用途への転用案を紹介したい。

サプライチェーン攻撃とは?概要、リスク、被害事例と対策方法まで解説

自社のセキュリティ対策が万全であっても、サイバー攻撃を仕掛けられ、個人情報や機密情報が流出・漏えいする被害事例が多発しています。 それが、取引先企業や関連会社を踏み台にして、連鎖的な攻撃を仕掛ける「サプライチェーン攻撃」です。実際に、セキュリティ意識の高い世界的軍需企業が、サプライチェーン攻撃のターゲットとなり、不正アクセスによる情報漏えいの被害に遭った事例も存在します。 サプライチェーン攻撃の仕組みを知り、委託先の企業と連携し、緊密なセキュリティ対策を行う重要性が増しています。本稿では、サプライチェーン攻撃の特徴や脅威、対策方法について、実際の被害事例をもとに解説します。

「7割経済」時代の事業再生 Withコロナ ㊦「再生型M&A」

コロナ後の「7割経済」においては、めまぐるしく変化する経済環境への対応が求められる。事業再生も、開始時期を従来以上に早期化させるとともに、その手続きにかかる期間も短縮させる必要性がある。㊦では、具体的な打ち手として、「再生型M&A」の活用を提言したい。

ランキング記事

1

「選択と集中」の誤算㊤ 大いなる誤訳

2020年3月1日、「経営の神様」と呼ばれたジャック・ウェルチ氏が死去しました。 1990年代後半、経済危機の最中にあった日本で、ウェルチ氏の存在はひときわ強い影響力を持ち、その言葉は「格言」として広まっていきました。しかし、最も有名な「選択と集中」という言葉に関しては、ウェルチ氏の意思が「誤訳」されて伝わっていました――。 フロンティア・マネジメントの代表取締役である松岡真宏が、機関誌「FRONTIER EYES vol.23」(2018年11月)に掲載した記事を再掲いたします。

2

ASEAN トピック「コロナ鎖国」に強いアセアン諸国 食料・エネルギー自給率を比較

コロナウイルスの猛威により、世界中が「巣ごもり状態」、いわば世界中が「鎖国状態」という前代未聞の状況となった。中国では他の地域に先行して生産活動に復調の兆しとの知らせも聞こえるが、地球規模の影響は長期化する可能性が高く、体力の弱い国の財政破綻の可能性すらありうる。一方、近隣ASEAN諸国に目を向けると、食料やエネルギーの自給率の面では、案外強いことに改めて気づかされる。

3

村上春樹さんから学ぶ経営②~作品に潜む成功へのヒント~

前回予告いたしましたように、「村上春樹さんから学ぶ経営」を、シリーズでお届けして参ります。今回のテーマは、「差異化」です。まずは次の一文をお読みください。

4

理想のコーポレートガバナンスを考える上で重要な「エージェンシー理論」とは?

多くの企業が、株主の利益を守るため企業経営を監視し、統制するコーポレートガバナンスを推進しています。 コーポレートガバナンスを考えるうえで有効なのが、ハーバード大学のM・C・ジャンセン氏らの論文で有名な「エージェンシー理論」(プリンシパル=エージェンシー理論)です。 コーポレートガバナンスの目的を達成するためには、まずエージェンシー理論の視点に立ち、経営者と株主の利害関係をとらえなおす必要があります。 本記事では、エージェンシー理論の意味やポイントを解説します。

5

「7割経済」時代の事業再生 Withコロナ ㊤バブル後30年の変化

コロナと共に生きるWithコロナ時代は、「7割経済」と言われている。これは、多くの産業で「コロナ前の水準に業績が回復することはない」ことを意味する。これまでの事業再生は、「経営改革を伴う再生計画を実行すれば、いずれ売上高も回復していく」という基本前提に立っているが、その前提が大きく崩れる。Withコロナ時代はこれまでとは異なる手法、事業再生の「ニューノーマル」が求められる。

人気のキーワード