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インフレ時代を勝ち抜く価格戦略〜価格バンドリング/アンバンドルの活用
近代史上、最大規模のインフレーションが世界経済と国際秩序を揺るがしている。日本においても、エネルギーや原材料価格の高騰を受けて多くの企業が商品・サービス価格の値上げに舵を切っているが、消費者の受け入れ余力は大きくない。本稿ではインフレ時代の生存競争を勝ち抜くための価格戦略について、具体的な企業事例を交えながら論考する。
急激な物価上昇 枯渇する消費者の支出余力
ウクライナ問題をトリガーとした原油価格の高騰、COVID-19の感染拡大を端緒としたサプライチェーンや国際交易の分断、米国によるタカ派の金融政策に伴う米ドル高など、複合的な要因が重なり、世界経済は急激な物価上昇(インフレーション)に見舞われている。
欧米諸国の消費者物価指数(CPI)を見る限り、今回の世界インフレは第2次世界大戦や1970年代の石油危機に次ぐ、近代史上でも最大規模のものだ。
内需停滞でデフレ経済が続いてきた日本でも、急速な円安ドル高を背景に、2022年9月のCPI(生鮮食品除く)は3%台に乗った。
しかし、賃金上昇は物価に追い付かず、中間層以下の消費支出の余力は細る一方だ。
労働組合の全国組織である連合は2023年春の賃上げ率の目標を5%と掲げたが、あくまでもこれは定期昇給(約2%)を含む数値である。真水の賃金上昇率(ベア率)は3%と、連合が交渉に勝利しても現在の物価上昇を抑え込むのに精一杯で、さらにインフレ率が加速した場合はお手上げだ。
消費者の財布を奪い合う値上げ競争は、今後さらに熾烈となる。
電気料金とガソリン価格(第一波)、食品(第二波)と波及してきた価格上昇で、消費者の支出余力は枯渇しつつある。
1979年の第二次石油危機の際は、CPI上昇率自体は1980年に入ってすぐにピークアウトしたが、その後の世界経済の後退(スタグフレーション)が長期化したという苦い経験も忘れてはならない。
複数の商品・サービスをセット販売する手法
今後数年にわたって物価上昇と景気後退が同居する状態が続くと仮定した場合、消費財・サービスに携わる企業はどのような価格戦略を取るべきであろうか。
まず価格決定力を持つ寡占企業の場合、取るべき針路は明確だ。
自らがプライスメーカーとして、値上げによる需要数量へのマイナス影響が最小となる臨界点をマーケティング分析によって割り出して、堂々と値上げを行えばよい。
いわゆる「パワープライシング戦略」だ。AppleのiPhone、ユニクロのフリース、マクドナルドのハンバーガーなどが代表的である。
しかし、これらのトップシェア企業は例外的な存在であり、大多数の企業は価格戦略について悩みを抱えている。
なお、コストプッシュに抗しきれず価格転嫁に踏み切る際には、従来は通じた値上げ手法が通じにくくなっていることに注意が必要だ。
ネット社会化した現在では、価格変更が分かりにくい表記や密やかに行われる容量変更(ステルス値上げとも呼ばれる)は消費者の信頼を損ねるリスクが高い。
インフレ時代を勝ち抜く価格戦略として、マーケティング用語で「プライス・バンドリング(以下、バンドリング)」と呼ばれる手法は注目に値する。
バンドリングは、相互補完的な機能を持つ複数の商品・サービスをセット販売する手法である。ハンバーガー店のセットメニューや、アマゾンプライム会員の複数特典(即日配送、音楽・映像コンテンツ、クラウド利用)などが該当する。
これを応用して、現在のインフレを乗り切る方策を講じることができるはずだ。
メーカー希望価格が上がってしまうナショナルブランド商品(NB商品)と低価格なプライベートブランド商品(PB商品)を組み合わせることで、バスケット(消費者が購入する代表的な財・サービスの組み合わせ)価格の上昇を抑えることができる。
コンビニ大手のセブン-イレブンにおけるPB商品開発のコンセプトは「上質」であったが、22年10月から低価格帯の新PB「セブン・ザ・プライス」の展開を開始した。
バンドリングによって値上げ影響を緩和する施策としては、新しい機能を追加するアップデート時に合わせた価格改定も有効だ(既存/新規サービスのバンドリング)。
単品販売 省エネ型、値下げ型の手法
かたや、「プライス・アンバンドリング(以下、アンバンドリング)」は、インフレ時代にこそ有効な省エネ型、値下げ型の価格戦略だ。
アンバンドル(切り離す)という名の通り、従来は組み合わせて販売されて商品・サービスを分けて単品販売する手法を指す。
「アンバンドル」というカタカナ英語を世に広めたのは、米マイクロソフト(MS)によるWindowsのOS製品とInternet Explorerのバンドリング販売が欧州委員会によって独禁法違反とされ、やむなく「アンバンドル」された事例であろう。
MS社とは異なり、企業側が自発的かつ戦略的にアンバンドリングを行い、隠れていた消費者ニーズを引き出した事例は多い。
最も有名な事例は、理髪店の「QBハウス」だ。
従来の理髪店がセット販売していた散髪、シャンプー、髭剃りなどの要素から散髪だけを取り出して、低価格で提供したことで、QBハウスは多くの消費者支持を得た。
ここ数年の取り組みで筆者の目を引いたのは、大手コンビニのローソンである。
おかずがウィンナー5本だけで、あとは白米のみという「ウィンナー弁当」は、税抜き200円という価格設定もあり、2021年に大きな反響を呼んだ(あらゆる副菜がアンバンドル化されている)。
同年の年始商戦でローソンが提供して大ヒットとなった「100円おせち」も、アンバンドリング戦略の好事例だ。
従来はお重に詰められてセット販売されていたおせちを数十種類、1品目あたり100円で販売したことで少人数世帯の潜在ニーズを引き出すことに成功した。
世界インフレで倹約ニーズが高まるなかにあって、大容量/詰め合わせで販売されていた商品やサービスを小容量/小分けで販売することの提供価値は高まっていくであろう。
ミニマリスト向けブランドの本家本元ともいえる無印良品は、数年前より数種類の米を測り売りするサービスを手掛けているが、こうしたサービスは再度脚光を浴びるかもしれない。
生鮮食品(精肉、鮮魚、青果)のうち、野菜を使い切りサイズで売る手法はかなり普及してきたが、鮮魚や精肉でもより細やかな小分け、量り売りに対応できれば消費者の支持を得られるのではないか。
問われるのは商品・サービス価格をリデザインする構想力
デフレが長く続いてきた日本では、「高くても買ってしまう」商品やサービスにまつわるストーリーが注目され、低価格な商品やサービスが日の目を見ることはなかった。
翻って世界インフレが席巻する現在は、GU、ワークマン、サイゼリヤなど、あえて値上げを行わないことを宣言した企業が注目を集めている。
世界インフレ時代を勝ち抜くには、消費者実態に即して商品・サービス価格をリデザインする構想力が問われるであろう。
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