伴奏者として 「ある素材メーカーの改革」(下)

設備面での課題を徹底的に抽出すべく、全社員の前で言い放ったのが、以下の言葉だ。 「今週の土曜日、皆様には誠に申し訳ないのですが、全社員で工場内の大掃除をしましょう。工場内には投げ入れられたごみや缶がたくさんそのままになっています。一部には、何が置いてあるのか、把握していないエリアもあるようです。そこで、きれいにするだけでなく、工場内の『不思議』を全部拾いましょう。壊れている部分、修理が必要な部分も探してください」

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掃除はすべての基本

掃除

掃除の結果、想定以上の課題が抽出された。そればかりか、ご近所の住民から寄せられていたクレームの数々まで把握できた。

最も驚いたのは、帳簿外の在庫の存在だ。これまで、精緻な実地棚卸をしていなかった会社であったため、誰の足を運ばなくなっていた「未知のエリア」からは、いつのものなのかがわからない大量の素材製品在庫が出てきた。

また、現場の声を集め、設備の更新も進めた。
例えば、原材料を直径3メートルほどの木でできた大きな樽の中に投入し、素材の中に脂を加える「加脂工程」。すでに脂で真っ黒となっている「太鼓」と呼ばれる樽が10台ほど元気に回っている。

しかし、その中の1台は既に穴あき状態となっており、使えば使うほど、大量の脂が周囲に飛び散るありさまだった。

床もぬるぬるとしており、非常に危険な状態だった。新しい太鼓が現場に装着されたのは、それからしばらくのことだった。1つ1つ手作りのため、発注から装着まで少々の時間はかかったが、真っ黒な太鼓の中で、1台だけ「真っ白な」太鼓が誇らしげに回っているのは、見ていて心地よかった。新しい太鼓の姿を見ようと、他の現場からの見物人で周囲はにぎわっていた。

「なんで、買ってもらえたんだ?」
「ちゃんと説明すれば、買ってくれるんだよ」

翌日から、他の現場の要望が数多く寄せられたのは言うまでもない。あの白い太鼓は、改善ののろしであり、目に見えるシンボルだった。

従業員視点の経営改革

朝礼

れらの期間を通じて、この会社にある圧倒的な美点にも気づくことができた。遠目で工場を眺めているだけでは、職人たちの姿はうつむき加減に歩くだけに映っていた。だが、現場に入って彼らの会話を耳にし、額から流れる汗を見た途端、職人たちは一心不乱に働く真摯な姿に映っていた。結局、企業成長や事業改善の原動力は、あくまで、現場力である。

この方々なら、適切な方向を指し示せれば、とんでもない会社に生まれ変わるに違いない、という思いを強くした。

この職場を徹底的に忙しくするために、短期間で適切な課題抽出をして、解決手法を提示、全社員で運用方法を再確認しながら作り上げる、いわゆるPDCAのサイクルを回した。会社として当たり前のことを繰り返し、効率的な作業手順を把握、さらなる改善のサイクルを可能とするものとなった。

課題抽出期間を通じて、計画策定時には浮き彫りにならなかった数多くの問題点が現場から上がる。結果、大幅な設備投資計画の変更など、方向転換を迫られる結果となることもあるだろう。課題抽出には人事インフラの機能が重要なのだが、このような初期の段階でのアクションは、人事インフラの改革のヒントをあぶり出すことにもつながる。

まとめ

伴奏

私は、キャピタリストとして企業を見るとき、最も重要だと考えるのは従業員だ。投資実行後、ハンズオン支援と称して、経営に入って行く時、従業員の満足を意識しない訳には行かない。

金融機関の方々は、数値分析を重視し、評価を下すのを生業としてきた。しかし、これからのファイナンスを考える際、マネジメント側に立った支援体制も併せて構築することが求められる。特に、地元から逃げることができない地域密着型の金融機関の方々に求められるスキルは、相応に高いものとなってくるだろう。

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