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「ダイナミック・ケイパビリティ」とは?経営戦略論と事例を解説
世の中のトレンドや顧客のニーズは変化・多様化しており、その年に流行したものが次の年には見向きもされなくなっています。SNSの普及によってそのスピードは急激に変化し、多様性も増大しています。企業を経営する上で、現状維持は衰退を意味するでしょう。 そんな中、企業が環境に合わせて変化・順応する必要性を説いた経営戦略のひとつがダイナミック・ケイパビリティ論です。 本記事では、複雑なダイナミック・ケイパビリティ論について理論が生まれた背景や、企業の事例も踏まえて解説します。
ダイナミック・ケイパビリティとは何か
「ダイナミック・ケイパビリティ」とは、急速なビジネス環境の変化に対して企業内外の資源を素早く統合して構築・再構成する、「模倣不可能な適応力」のことです。
「ケイパビリティ」とは、他社と比較して優位性のある“組織的”な能力を指します。
カリフォルニア大学のビジネススクール教授のデビッド J.ティース氏らが1997年に論文誌「Strategic Management Journal(戦略経営ジャーナル)Vol. 18:7」において提唱しました。
ダイナミック・ケイパビリティ論が生まれた背景
ダイナミック・ケイパビリティ論が生まれた背景を解説します。
競争戦略論
そもそもの経営戦略論の出発点は、マイケル E.ポーター氏の「競争戦略論」にあります。
ポーター氏は競争戦略論の中で、顧客が抱く自社製品・ブランドのイメージを、競合他社のものと比べ相対的に高めること(差別化戦略)が重要と説いています。
ポーター氏の考え方は「ポジショニング派」と呼ばれ、業界内における立ち位置など、外部要因が企業の戦略行動を決定すると定義しています。
しかし、同じ状況・同じ業界に置かれているにもかかわらず、異なる戦略的行動を取る複数の企業が成功していることから、ポーターの戦略論は批判にさらされることになりました。
資源ベース理論
ケイパビリティ派の台頭その批判のひとつが「RBV(リソース・ベースト・ビュー)」という理論です。
この理論はB・ワーナーフェルト氏が提唱し、ジェイ B.バーニー氏が取り上げたことで注目されました。
人材や生産設備、特許など、企業が独自に持つ内部資源の競争優位性、つまりケイパビリティが重要だと定義します。
バーニー氏の考え方は「ケイパビリティ派」と呼ばれました。
なおバーニー氏は競争優位性の分析手法として、VRIOというフレームワークを用いています。
VRIO分析のフレームワークは、経済価値(Value)、希少性(Rarity)、模倣困難性(Imitability)、組織(Organization)の4つに区分され、自社の経営資源(人・モノ・資金・情報・組織)について、市場での競争優位性を把握するために用います。
ケイパビリティ派の理論は企業の短期的な競争優位について説明可能ですが、長期的にはそのような資源や能力が逆に硬直性を生み出すことが問題視されるようになりました。
実例として、日本の大手家電メーカーのシャープは液晶技術を固有のケイパビリティと見なして選択と集中を行ってきましたが、それがかえってシャープを硬直化させてしまい、環境の変化に適応できなくさせてしまったことが挙げられます。
そこで外部要因の変化を認識し、内部資源を再構成する考え方が生まれました。
これら2つの考えを合わせたものが「ダイナミック・ケイパビリティ論」です。
ダイナミック・ケイパビリティ論の3つの要素
ティース氏は彼の論文において、ダイナミック・ケイパビリティ論は3つの要素に分解できると提唱しています。
Sensing(センシング:感知)
顧客のニーズの変化や、競合他社の動きなどの観察・分析によって、環境変化に伴う脅威や機会を感じ取る能力です。
この要素はポジショニング派の考えを適用しているといえます。
Seizing(サイジング:捕捉)
Sensingで感知した状況において見出せる機会を捉えて既存の資源やルーティーン、知識をさまざまな形で応用して再利用する能力です。
この要素もポジショニング派の考えを踏襲しているといえます。
Transforming(トランスフォーミング:変革)
新しい競争優位を確立するために組織内外の既存資源や組織を体系的に再編成して変革する能力を意味します。
このTransformingがダイナミック・ケイパビリティ論の要と言えるでしょう。
このように、変化する市場環境に適応するように既存の資源を再利用・再構成し、再編成することによって持続的な競争優位を確立するプロセスが、ダイナミック・ケイパビリティ論です。
ダイナミック・ケイパビリティ論の事例
企業経営においてこの理論がどのような意味を持つのでしょうか?
イーストマン・コダックと富士フイルムの2社の事例を踏まえて解説します。
イーストマン・コダックと富士フイルム 生死を分けた戦略思考
2社とも「写真フィルム」の生産を通して利益を得てきた企業ですが、1990年代にデジタルカメラが普及したことで2社とも経営難に陥りました。
その結果、イーストマン・コダックは経営資源を活用することなく、倒産してしまいました(その後は企業規模を大幅に縮小して再出発し、2013年に再上場)。
イーストマン・コダックの問題点は既存のルーティーンやケイパビリティに固執し、状況の変化に応じた知識や技術などの資産を再構築できなかったことが挙げられます。
一方で富士フイルムは自社の写真フイルム技術を活かし、液晶を保護するための保護フイルムの開発に取り組み、事業転換に成功しました。
現在では美容ヘルスケア分野にも進出して成果を挙げています。
企業外資源の活用したユニクロとビックカメラ
ダイナミック・ケイパビリティ論において、「企業外の資源を活用する」ことも特徴のひとつです。
近年急激に増加する外国人観光客を取り込もうと、「ユニクロ」を運営するファーストリテイリングと、家電量販店を運営するビックカメラがコラボし、開店した商業施設「ビックロ」はその一例です。
ビックロでしか買えないオリジナル商品を販売するなど、独自の戦略に取り組み、両社は売上を伸ばしています。
外部環境の変化を察知し、柔軟に内部資源を変化させることが重要
ダイナミック・ケイパビリティ論の課題として、そのプロセスがルーティーンであるがゆえにイノベーションが起こる可能性が低いことや、通常のケイパビリティとの区別が難しいなどがあげられます。
しかし、日々変化する市場に遅れを取らないためには、外部環境を分析し、内部資源を変化させ続けなければならない点については自明だと言えるでしょう。
外部環境の変化を捉えるためには日々、新たな情報をキャッチアップする必要があります。
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