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インバウンドはどこまで増える?
インバウンド(訪日外国人)は2019年に3,188万人の過去最高を記録し、その後にコロナ禍による急激な落ち込みを経て回復過程に入った。2024年に入ると訪日外国人の数は過去最高を毎月更新しており、年間3,500万人に迫り過去最高に達する勢いだ。消費額は約5.3兆円で、日本経済に少なからぬ影響を与えるまでになった。政府は2030年までに訪日外客数を6,000万人にまで増加させる目標を掲げている。はたしてインバウンドはどこまで増えるのか、またオーバーツーリズムなどの課題にどう対処するかにつき考察する。
2024年9月の年初来の訪日外客数は過去最高
日本政府観光局によると、2024年9月の訪日外客数(※)は287.2万人で、コロナ禍直前の2019年9月の実績を26.4%上回り、8ヵ月連続で2019年の実績を上回った。2024年1-9月の9ヵ月累計では2,688万人となり、2019年同期の実績を10.1%上回り、1-9月の9ヵ月累計としては過去最高だった。
※訪日外客数…観光客数と商用客数、その他の客数の合計値。観光客数が約9割を占める
訪日外客がこのペースで年末まで増え続ければ、2024年の年間(暦年)では計3,500万人程度になると予想され、2019年の過去最高の3,188万人を更新する可能性が高い(図表1)。
韓国とアメリカからの訪日客数の増加が顕著
2024年1-9月の9ヵ月累計の2,688万人の訪日外客数の国・地域別内訳を見ると、韓国が646.8万人でトップであり、2019年同期と比べた増加率も31.1%増とハイペースで増えている。日韓を就航する航空便数がコロナ禍前の水準までほぼ戻ったことが効いている。2位は中国の524.7万人だが、2019年同期と比べて29.1%減少した。コロナ禍により失速した中国からの訪日客数は、2023年8月に日本への団体旅行が再開されて以降回復が続いているものの、そのペースはゆるやかで、コロナ禍前の水準には到達していない。
3位は台湾の458.5万人で2019年同期比22.7%増、4位は香港の197.2万人で同18.7%増だった。韓国よりもハイペースで増加したのが5位のアメリカで、同53.5%増の196万人だった。日本への直行便が増えていることが背景にある。
この他、インド、フィリピンを含むアジア地域や欧州、オセアニア、中東など多くの国や地域からの訪日客が増加し続けている。2019年までは、中国を中心にアジアからの客数増が顕著だったが、現在は来日する外国人の国籍が、アジアのみならずアメリカや欧州に拡大している印象だ。
インバウンド急増の背景
インバウンドの急増が続いている背景には、もともと日本には豊富な観光資源が存在するという事実がある。すなわち、四季があり、寒冷地の北海道から亜熱帯の沖縄まで気候の変化に富み、国土の7割強が山地で起伏に富んだ地形が魅力的な風景を形作り、全体として豊かな自然資源が存在する。
一方日本には長い歴史に裏付けられた数多くの文化・歴史資源があることに加えて、アニメのような現代カルチャーでも世界をリードしている。さらには高度なテクノロジーの国でもある。
また日本には豊かな食文化があり外食産業が発達していて、ミシュラン三ツ星の高級レストランからB級グルメに至るまで選択肢が豊富。しかも安価だ。治安の良さも、外国人にとって日本の大きな魅力だろう。このように様々な観光資源や魅力が潜在需要として存在する。
この潜在需要に加えて、複数の要因がカタリストとして作用することにより潜在需要が顕在化して、インバウンドが急増していると考えられる。複数の要因とは、ビザの発給要件の緩和や日本への直行便の増加、LCC(Low Cost Carrier)の便数増加、円安、相対的な低インフレ、官民から発信されるプロモーションによる情報量の増加と質の向上などが挙げられる。
訪日外国人の旅行支出も増加が続く
観光庁の「インバウンド消費動向調査」によると、2024年7-9月期の訪日外国人旅行消費額は2019年同期比64.8%増の1.95兆円で、2023年7-9月期以降、2019年同期実績を上回る増加傾向が続いている。
訪日外客が増えているので、消費額が増加するのは当たり前だが、1人あたりの旅行支出も同時に増えている状況だ。2024年7-9月期の訪日外国人1人あたりの旅行支出は2019年同期比37%増の22.3万円で、2022年10-12月期以降は20万円を超える水準が続いている。
1人あたり旅行支出が上がった背景には、円安や物価上昇の影響に加えて、滞在期間が長期化している傾向がある。
コト消費の需要が強まる
一方、「2024年4-6月期インバウンド消費動向調査」の中のアンケートで「今回の日本滞在中にしたこと」の質問に対する項目の選択では、「日本食を食べること」「ショッピング」「繁華街の街歩き」の順で選択率が高い。「次回日本を訪れた時にしたいこと」の質問では、「日本食を食べること」「自然・景勝地観光」「温泉入浴」を体験したいと考える外国人が多い。
今後訪日外国人の中でリピーターが増えると予想される中で、旅行支出もモノを買う「モノ消費」だけではなく、日本で様々な体験をする、いわゆる「コト消費」の需要が強まっていくと考えられる。
その観点では、現在日本がインバウンドに提供するコト消費のコンテンツで、不十分な分野が二つある。一つはインバウンド向けのナイトライフだ。日本でのナイトライフを楽しみたいという訪日外国人は多い。しかし日本でナイトライフと言えば都心の繁華街の飲食が中心で、夜は男性ビジネスマン向けのサービスが多く、欧米のカップル単位で行動する人たちには向かない。また美術館や博物館は早い時間に閉館し、ミュージカルやショーなどの開演も早い。
もう一つの分野は、インバウンドの中でも富裕層向けのコンテンツだ。販売対象を富裕層に限定するメリットは、とにかく単価が高いことだ。ありきたりの観光に飽きて、テーラーメイドで唯一無二の体験を望む富裕層は確実に存在する。
政府目標は2030年に6,000万人のインバウンド
少子高齢化が進行する中、日本経済の成長分野として期待されているのがインバウンド需要の拡大だ。2023年の訪日外国人旅行消費額は5.3兆円だった。これは2023年の名目GDP593兆円の0.9%にあたる。2024年1月30日、当時の岸田首相は通常国会本会議の施政方針演説にて、2030年の訪日外国人旅行者数6,000万人、消費額15兆円の達成を目指すとの考えを示した。
フランスのインバウンドはすでに1億人
6,000万人という数字は、2019年の過去最高値の3,188万人の2倍に近いので、達成は困難との印象があるかもしれない。しかしグローバルに目を向ければ、欧米のいくつかの国々にとっては、6,000万人はすでに過去に到達済みの数字だ。
国連世界観光機関(UN Tourism)の統計で「国際観光客到着数」とは、それぞれの国にとってのインバウンドを表すが、2023年に最も多くの国際観光客が訪れたのはフランスで、その数は1億人だった。これにスペインの8,520万人、アメリカの6,650万人と続く(図表2)。なおUN Tourismが集計した国際観光収入、すなわちその国を訪れた外国人の消費総額は、1位がアメリカの1,759億ドル(26.4兆円)で、2023年の名目GDP 27.7兆ドルの0.6%にあたる(図表3)。
観光産業の重要性を早くから認識し、観光資源の活用と保全に積極的に取り組んできたのがフランスだ。フランスが観光産業を発展させようと明確に行動を開始したのは、今から100年以上前の1910年に全国観光局(Office national du tourisme)を設置したときからだ。フランスには様々な観光資源があるが、首都のパリの街並みと建築物の美しさがフランスにとって最大の観光資源だという点に異論は少ないだろう。フランスの行政は、パリの中心の20区内では厳しい開発規制、景観規制、広告規制を課して街並みや景観を保全し、ニューヨークのマンハッタンにあるような超高層ビルは、パリ西部にある再開発地区のラ・デファンスに集約させている。現代フランスの都市景観政策の基盤であるマルロー法は、観光産業の保護・振興のために制定されたわけではないが、結果としてパリの街のブランド価値を守り、毎年多くの観光客を引き付けるのに貢献している。
日本も6,000万人は可能
日本とフランスやスペインとでは観光資源の質が異なり主たる訪問者の地域特性も違うので、単純な比較はできないが、日本の観光資源がこれらの国々と比べて著しく競争力に劣るとは考えにくい。要は観光を重要なビジネスと認識して観光資源を積極的に活用すると同時に、観光資源のブランド価値を損傷させずにさらに高める努力をするか否かの差で、呼び込めるインバウンドの数は違ってくる。
日本では2006年に「観光立国推進基本法」が制定され、観光は21世紀の日本の重要な政策の柱として初めて明確に位置付けられた。2008年には国土交通省の外局として観光庁が発足し「観光立国」を目指した。訪日外国人数の増加を計画し、官民一体となった取り組みにより、2013年に目標の1,000万人を達成した。今後も官民ともにインバウンドを伸ばすとの明確な意思と戦略がある限り、オーバーツーリズムなどのリスクはあるものの、日本でも6,000万人のインバウンドは達成可能と考えられる。
オーバーツーリズムへの対処が今後の課題に
2022年の秋以降、最近に至るこの2年間のインバウンドの急増は、一部の地域でオーバーツーリズムを引き起こしている。オーバーツーリズムとは、人気の高い観光地に観光客が集中した結果、過度の混雑や交通渋滞により地元住民が交通機関を利用できないなどの問題が起きたり、ごみのポイ捨てなどのマナー違反が常態化して地元住民の暮らしに負の影響が出たりする状況に加えて、観光客自身もひどい混雑に辟易(へきえき)して満足度が大きく低下するような事態を指す。
政府はこの事態に比較的早く反応して、2023年10月18日に関係閣僚会議を開き、「オーバーツーリズムの未然防止・抑制に向けた対策パッケージ」を取り決めた。この中で政府は、「持続可能な観光地域づくりを実現するためには、地域自身があるべき姿を描いて、地域の実情に応じた具体策を講じることが有効であり、国としてこうした取組に対し総合的な支援を行う」と述べ、この問題に対しては地方がイニシアチブをとるべきだとの見解を示した。即効性のある解決策がすぐに見つかるような単純な問題ではないが、地方自治体などはこの問題に対して具体的な取り組みを進めている。
- 京都市では、京都を訪れる外国人観光客に向けた日本・京都の習慣やマナーの啓発を目的とするチラシ・冊子・ステッカーの作成や動画配信などを行う。また比較的混雑していない時期・時間・場所の魅力を観光客にPRするとともに、混雑状況をきめ細かに発信(ライブカメラによるリアルタイム映像の発信など)して観光客の分散化を推進(京都市情報館)
- 広島県廿日市市では、宮島への多くの観光客の来訪により発生・増幅する行政需要の経費の一部を、宮島への訪問者の負担とし、2023年10月1日から宮島訪問税の徴収を始めた(1人1回100円)。税の使途は、登山道・トイレの整備や文化財・歴史的建造物の保存など(廿日市市ホームページ)
- 広告代理店大手の電通は、IoTスマートゴミ箱「SmaGO(スマゴ)」を展開するフォーステックと業務提携を発表。SmaGOは、ソーラーで発電・蓄電した電気を使いたまったゴミを自動で圧縮。回収のタイミングをゴミ回収業者に知らせるなどの機能を備える。オーバーツーリズムに伴うゴミ問題や、人手不足への解決策として期待が高まる(電通プレスリリース:2021年8月24日)
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