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「イノベーションテック」が経営の未来を左右する
経営アジェンダにおける新規事業やイノベーションの重要度と緊急度が高まってきている。構造的に不確実性が高く成功確率が低い新規事業を成功に導くために、今後大きなカギとなるのがイノベーションプロセスの変革、そして「イノベーションテック」の活用だ。
本稿ではイノベーションテックとは何か、具体的にどのようなソリューションが出現しているのかを紹介する。
「ほとんどの新規事業は失敗する」
近年、新規事業に対する課題感は高まっている。
背景には既存事業の本格的な成熟化がある。グローバルに展開している一部の大企業を除き、多くの日本企業は国内を中心に事業展開をしている。
今に始まったことではないが、人口減、少子高齢化、デジタル化、景気の低迷などが長期間続くことで、国内を中心に事業を行ってきた会社は事業の頭打ち、縮小を余儀なくされている。
「新規事業の仕込みはしばらく先で良い」という先送り思考が、いよいよ許されない状況になりつつある会社が増えているのだ。こうした新規事業に対する危機感や関心の高まりは、Googleでの検索数の増加からも見てとれる。
こうした中で、新規事業開発やイノベーション推進に本格的に取り組む会社は、大企業のみならず地方の中堅・中小企業にも広がりを見せている。
しかし、一筋縄ではうまくいかないのが、新規事業の難しいところだ。新規事業は構造的に不確実性をはらむため、成功する確率は決して高くない。
アビームコンサルティングが2018年に780社を対象に実施した調査によれば、新規事業の成功の目安である「累損解消」に至った新規事業はわずか7%である。
裏を返せば、93%の新規事業は投資が回収できず失敗に終わっているということだ。
あくまで平均値なので、新規事業に習熟している会社の成功率はもっと高いと考えられるが、マクロでみれば「ほとんどの新規事業は失敗する」と言っても過言ではない。
新規事業の成功が「千三つ」といわれるゆえんだ。「新規事業をやらないといけない。しかし素手でやると失敗する」。このジレンマに悩むわけだ。
成功の「打率」をイチローレベルに上げるアプローチとは
それでは、どうすればよいのか。
一つは「多産多死」のアプローチ。成功確率が低い前提で数を打つ。たくさん打席に立てば、たまにはヒットや二塁打が出るだろうというアプローチだ。
実際、コンサルティングや経営執行支援をしていても「当社は多産多死のアプローチで取り組んでいる」と話す会社は多い。
しかし、新規事業に投資できるリソース(ヒトやカネ)が限られる中、多産にも限界がある。
一般に新規事業開発は1つのテーマを推進するだけでも相当なリソースと時間が必要だ。ヒトとカネが潤沢な超大企業ならまだしも、一般的な企業においては同時に10以上の新規事業テーマにトライするというのは現実的ではない。せいぜいいくつかだろう。
そうすると、「打率をどう上げるか」ということに向き合わざるを得なくなる。先に紹介した7%という成功確率をイチローレベルの3~4割にいかに引き上げるか。これが課題になる。
新規事業の成功確率を上げるために筆者たちが主張しているのが、イノベーションプロセスの変革である。
これは、新規事業開発のプロセスをデジタルトランスフォーメーション(DX)し、新規事業の成功確率を非連続に引き上げるというアプローチだ。
これについては過去のFEOの記事(イノベーション経営にもDXが求められる時代)に書いているので詳細を割愛するが、新規事業の成功確率を大きく左右する「事業アイデアの筋」と「人材の適性」、さらには「社内外ネットワーク」をデータに基づいてマネジメントするという考え方である。
これまで勘とコツで行われてきた新規事業開発にデータを持ち込み、できるだけ科学的に、客観性を担保しながら進めるというアプローチだが、近年ではこのアプローチの具現化に資するイノベーション領域をターゲットとしたソリューションが次々と出てきている。
当社ではこれらのソリューション群を「イノベーションテック」と総称し、その動向をウォッチしている。同時に、イノベーションのエコシステムを形成するための重要なピースと位置づけ、積極的なパートナーシップを展開しようとしている。
以降では、イノベーションテックとは何か、近年出現しているいくつかの具体的なソリューションについて、詳しくご紹介する。
イノベーションテックの定義
改めて、イノベーションテックとは何かを定義しておきたい。当社が述べるイノベーションテックとは、テクノロジーを活用して、イノベーションの成功確率や生産性を上げるソリューション群のことを指す。
具体的には、新規事業開発において、これまでなんとなく決定されてきたこと(アイデア・ヒト・ネットワーク)や、手あたり次第実施されてきたこと(情報収集・パートナー探索)、推進者に依存してきたもの(イノベーション マネジメント)を定量的に可視化することで、より適切な意思決定を可能にするものである。
イノベーションテックは黎明期であるため、ソリューションが増えてきているとはいえまだまだ数は限定的だ。暫定的に、当社にてイノベーションテックのカオスマップを描いたのが次図だ。
この図が示すとおり、イノベーションテックにはいくつかのカテゴリーが存在する。新規事業立ち上げの準備フェーズ(テーマや人材の選定)を効率化・高度化するもの、事業開発を加速するもの、イノベーション活動全体を効率的にマネジメントするプラットフォームなどだ。
今後、イノベーションテックの市場が拡大するにつれて、各カテゴリーのプレーヤーの増加、新たなソリューションカテゴリーの出現が予想される。
イノベーションテックの事例
ここからは象徴的な、面白いイノベーションテックの事例をいくつか紹介する。
事例① 「新規事業のテーマや人材選び」~VISITS forms、デザイン思考テスト
VISITS Technologiesは過去に紹介しているが(新規事業立ち上げにおける「プロセスイノベーション」という視点)、本稿でも改めて紹介したい。
VISITS Technologiesは、コンセンサス・インテリジェンス技術(CI技術)という独自の合意形成アルゴリズム(日米特許取得済)を武器に、急拡大を遂げているイノベーションテックカンパニーである。
そのCI技術を活かして提供しているソリューションの1つにVISITS formsというものがある。VISITS formsは、評価者の目利き力を考慮しつつアイデアを相互評価し合うことで、多くの人が共感・納得できるアイデアを見つけ出すソリューションであり、筋の良い新規事業アイデアの選定に活用できる。
これまで主観的・感覚的だった新規事業のテーマ選定という領域に、科学的アプローチを持ち込んだという点に新しさがある。
また、VISITS Technologiesはデザイン思考テストというソリューションも提供している。
デザイン思考テストは、昨今注目を集めているデザイン思考力(≒答えのない問いに対する創造力・課題発見/解決力)を定量的に測定できるソリューションだ。すでに累計で35万人以上が受検しているテストだが、新規事業開発において大事だと言われているデザイン思考力の一人ひとりの実力値がスコアで算出される。
これまでは各社とも新規事業開発に向く人材の発掘、選抜に苦労してきたが、このデザイン思考テストを使えば、新規事業開発に適した人材を効率的に炙り出すことが出来るのだ。
事例②「AIで消費者の不満解析」~ ideAI
消費者の声に根ざした新規事業開発が重要であることは誰しもが認識するところであるが、「消費者のどの課題や不満に目を付けるべきか」という取っかかりを見つけるのはなかなか難しい。
Insight TechのideAIはそこに目を付けたソリューションだ。独自の情報ソースなどから入手した膨大なテキストデータをAIで文章解析し、消費者の不満や新規事業につながるアイデアを可視化するソリューションを法人に提供している。
ideAIを活用し、消費者が抱えている課題の中で有望、かつ希少性があるものに多く触れることで、筋の良い消費者課題を起点とした筋の良い新規事業アイデアを見つけることが可能となるわけだ。多くの企業の商品企画会議やマーケター研修の中で活用されている。
事例③ 「出会いからイノベーション」~Sansan
名刺管理クラウドサービスの代表格であるSansanをご存じの方は多いと思う。しかし、同社のパーパスが「出会いからイノベーションを生み出す」であることをご存じの方はどれほどいるだろうか。
Sansanは数年前に上記のようなパーパスに刷新し、以降顧客のイノベーションを促進するための様々な機能、ソリューションを展開している。今後、我が国のイノベーションテックを代表する企業の一角になっていく可能性がある。
例えば、「同僚ナレッジサーチ」という機能では、あるキーワードに専門性の高い(と推察される)社員をクイックに検索、特定することが出来る。新規事業開発の過程で業界知見者を探すのに役立つ。
また「接点マップ」という機能では、ある会社と自社との接点の強さが、部門別×役職別の2軸でヒートマップとして表示される。自社と他社との取引、交流の変化は何らかの事業機会を示唆している可能性が高い。接点マップの変化を定量的に追いかけることで、新規事業につながる新たな事業機会の発見につながるということだ。
事例④ 「包括的にサポート」~IdeaScale
IdeaScale(https://ideascale.com/) は、カリフォルニアで設立されたイノベーションテックカンパニーである(米国では、innovation management softwareと呼称される)。新規事業アイデアの募集・評価から、実装までをトータルでサポートしてくれるサービスであり、トヨタやマクドナルド、NASA、米国連邦政府など、3万コミュニティー、450万以上のユーザーが利用している。
IdeaScaleを利用することで、部門や立場、会社の垣根を越えてアイデアを募集、評価、ブラッシュアップすることが可能になる。様々な立場の人にアイデアを評価してもらうことで、客観性を持ってアイデアの良し悪しを判定することが可能になっている。
例えば、ソフトウェア大手のSAP社はクラウド市場に初めて参入するにあたり、IdeaScaleを活用することで、実際のユーザーを巻き込みながら5千のアイデアを収集、276のアイデアを実際に採用し、市場に導入している。すなわち多産多死のアプローチを、IdeaScaleを活用して高い生産性で行ったということだ(参照:IdeaScale YouTube https://www.youtube.com/channel/UCpl4LGkWLxIrX5O6-cxl5eg)。
IdeaScaleのようなイノベーション活動を包括的にサポートするプラットフォームは日本でも出てきている(株式会社Relicが提供しているTHROTTLE=https://relic.co.jp/)。
今後はイノベーション活動も生産性が重要になるため、こうしたプラットフォームを導入して、イノベーション活動に関する社内の様々なデータをアグリゲートし、データに基づきPDCAサイクルを回しながらやっていくのは十分検討に値するだろう。
イノベーションテックの波が来る
以上、新規事業の成功確率が一般には極めて低いという厳しい現実、それを乗り越えるためにはイノベーションプロセスをDXで変革する必要があること、実際DXのソリューション=イノベーションテックが様々出てきていることを紹介した。
筆者たちは、HRテックの次に来る波がイノベーションテックだと仮説を立てている。日本でHRテックの市場が立ち上がり始めたのは、10年前の2012年頃だ。その後HRテックの市場は拡大し、2022年では1,000億円程度の市場になっている。
現在がイノベーションテックの黎明期だとすると、今後10年ほどかけてイノベーションテックの市場の拡大、普及が進み、その活用の巧拙が企業のイノベーション推進の力を左右する時代が来ると考えられる。
イノベーション推進や新規事業開発に課題を感じている企業は、イノベーションテックをどう活用し、自社のプロセスをどう変革するかを一度しっかり考えてみる価値は十分にあるだろう。フロンティア・マネジメントにもぜひ相談いただきたい。
本稿に関する問い合わせ先
経営執行支援部門
マネージング・ディレクター 岩本 真行
(m.iwamoto@frontier-mgmt.com)
アソシエイト・ディレクター 六車 和浩
(k.muguruma@frontier-mgmt.com)
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