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アメリカで上場企業が減る理由。日本はこれからどうなる?
日本では上場企業数が一貫して増えている一方で、イギリスやドイツ、アメリカといった主要先進国では上場企業数が大幅に減っていることはご存じだろうか。減少の背景には、上場企業に対する規制強化のほか、株式市場の代替として「資金調達の手段」に成長している投資ファンドの存在がある。昨今の日本企業を取り巻く環境は、上場企業数が減った各国と酷似してきている。日本でも上場企業数が大幅に減る時代は果たして始まるのだろうか。
2000年代以降、主要先進国で上場企業数が大幅に減少
日本では長年、「上場企業数の増加が経済全体の発展に資する」と評価されてきた。なぜなら、上場企業へのリスクマネーの供給こそが株式市場が果たす大きな役割だからだ。
2023年現在も、日本の上場企業数は増えている。しかし、過去四半世紀の間に「主要先進国で上場企業数が激減した」という事実は日本ではあまり知られていない。
下図は、イギリス、ドイツ、アメリカ、日本における上場企業数の推移だ。各国で上場企業数の水準が大きく異なるため、縦軸は各国で異なる。
2001~2021年という20年間で、これら3カ国の上場企業数はそれぞれ40%以上減ったことがわかる。
これまでも主要先進国で起きた出来事は高い確率で日本でも起きてきている。
では一体、これら3カ国において上場企業数が減った原因は何だったのか?
「コスト増」が上場企業数減少の一因
まず挙げられるのは、上場の維持や新規上場(IPO)に関わるコストの増加だ。コーポレートガバナンスコード(CGC)の導入や情報開示の負担などが代表例だろう。
イギリスでは1992年、CGCの原型となる「キャドバリー報告書」が提示された。2010年には日本の手本にもなったCGCが策定された。
ドイツでは1997年、欧州版NASDAQを目指したベンチャー企業向け株式市場「ノイア・マルクト(NM:Neuer Markt)」が設立された。しかし、インサイダー取引や粉飾決算が続発し、2003年にNMは廃止され、ドイツ証券取引所は「透明性基準」を導入した。
アメリカについては、日本取引所グループの「JPXワーキング・ペーパー」が詳しい。エンロン事件などの企業会計不祥事の規制を目的にした2002年の「SOX法(Sarbanes-Oxley act=サーベンス・オクスリー法)」や、リーマン・ショックの再発防止を目的にした2010年の「ドッド・フランク法」など、金融業界の規制は順次強化されていった。
また、中小規模の投資銀行の減少でIPOコストも上昇した。2018年平均で、引受手数料は1,000万米ドル(約14億円。以下いずれも1米ドル=140円換算)、弁護士等費用は410万米ドル(約5億7400万円)にのぼる。
資金調達の代替として成長する「投資ファンド」
日本取引所グループのワーキング・ペーパーはもう一つ重要な指摘をしている。
それは、「上場の代替機能の拡大」である。具体的に言えば、PEファンドなど投資ファンドの急増である。
※PEファンド=プライベートエクイティ・ファンド。機関投資家や個人投資家から集めた資金で事業会社などの未公開株を取得し、その企業の経営に関与する。そのうえで企業価値を高めて株式を売却し、利益をあげることを目的とするファンドのこと。
1980年のアメリカでは、PEファンド社数は24社、運用資産は10億米ドル(約1400億円)だった。それが2016年には社数は3,000社、運用資産は8,250億米ドル(約115兆5000億円)にまで拡大している。
アメリカの場合、PEファンドのEXIT(売却)先は50%が事業会社、40%がPEファンドだった。IPOのEXITは10%に過ぎない。こうして上場企業数は激減した。
世界の資金移動を見てみると、上記3か国の上場企業数の減少を説明するような事象がある。下図は、貿易規模と海外直接投資規模の対GDP比推移である。
長期で見れば、貿易と直接投資はシンクロして右肩上がりだ。しかし、1990年代後半からは、貿易の動きとは独立して、直接投資が短期間で大きく跳ね上がる局面が複数ある。
アジア通貨危機の1990年代後半、サブプライム問題やリーマン・ショックの2000年代後半などが顕著である。この時期、国境を跨いだ資本移動が活発に行われた。
金融危機はキャッシュリッチな経済主体に投資機会を提供し、国を跨いだ資本移動を促す。国を跨いだ資本は、カントリーリスクを考慮して投資先に高い利回りを期待することになる。
母国以外からの資本は、その国の文化や歴史を忖度しない。カントリーリスクを上回る利回りを期待して、経営者に合理的行動を示唆し、場合によってはそれを自ら行うことになるのだ。
「グローバル化した資本」が上昇企業数の減少に拍車をかける
「規制強化による上場・IPOコストの上昇」という素地があり、「グローバル化した資本の増加」が主要国での上場企業数を減少させた。これが筆者が推測する「上場企業数が減った原因」だ。
イギリス・ドイツでも上場企業の外国人持ち株比率が上昇している。また、グローバルに活動するPEファンドの存在感も大きくなった。M&Aが一般化し、重要な経営の選択肢となっている。
機関投資家が巨大化し、流動性の高い企業の株式への投資が促され、それら企業の株価評価は上がる。一方で、流動性の低い企業への投資は劣後され、株価評価は低迷する。
株価評価が低い企業はアクティビズムの標的になる。すると、アクティビズムからの逃避を求めて、同業他社や投資ファンドに買収されることも一般化していく。
投資ファンドに買収された企業の多くは事業会社に売却される。別の投資ファンドに売却される場合もある。いずれにせよ、再上場する確率は10%に過ぎない。
まとめ:日本の上場企業数はこれからどうなる?
ここまで見てきたように、主要先進国では上場企業数の減少が観察されている。一方で、日本の証券市場改革は「中小の上場企業」を対象とした傾向があり、欧米とは似て非なる動きに見える。
重要な事は大企業やそれに準ずる企業の統合・非上場化の増加ではないだろうか。中小上場企業が株式市場から追放されたとしても、日本経済が活性化されるわけではない。
大企業の再編は生産性を高めるだろう。また、再編過程で大企業に偏在していた優秀人材も労働市場に出てくる。彼らが他社やスタートアップに貢献し、新陳代謝が加速する。
主要先進国で進んだ「当局による規制強化」や「投資ファンドの巨大化」は、いずれも日本でも始まっている。上場企業の株主構成を見ても、外国人持ち株比率は上昇しているのだ。
劇場型報道の中で東芝は上場廃止になった。ベネッセ、シダックス、大正製薬など著名企業の非上場化も報道されている。「上場企業数の減少」という機は熟しているのではないだろうか。
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